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第101話 二人の笑みが重なるとき

一台の魔馬車がガルドリアの街中を駆け抜けてた。


魔馬車の中には、杖の上端に両手を添え、憮然とした様子で座っている片眼鏡をかけたモルード伯爵がいた。


ガルドリア西部アシュベルトを統治する貴族で、アークリオス三世の従兄にあたる者である。


「暴動を鎮圧したのだから、なんの問題もなかろう。なんで吾輩が、わざわざ、アークリオスの元へ報告しに出向かなければならんのだ」


モルードは、苛立っていた。


それは、1っか月前に勃発した市民の暴動に起因する。


「だいたい、吾輩の趣味のためにちょっとだけ税金を上げただけなのに、下々が余計な暴動をおこしおって。まったく、はらただしい」


その時の状況を思い出すと怒りがこみあげてきて、杖の先で床を叩く音がなり始めた。


「おかげで、アークリオスへ釈明をしなければならなくなったではないか」


しばらく、トントンと杖の音がなり続けていたが、ふと思い出したような顔つきをすると、


「まぁ、良いか。謁見の間へ参れば、あのラグニアに会えるではないか。あの美貌を垣間見れるのだ。良しとしよう」


と言って、鼻の下が伸びていた。


「よし、早くアークリオスの元へ参るぞ!魔馬車のスピードをあげよ!」


その掛け声に、御者が鞭を振るい、魔馬車の速度が上がった。


暴走に近い速度で石畳を叩く蹄の音が、静まり返った街に不吉に響き渡る。


その直後であった。


「あ……っ!」


建物の陰から、一人の幼い女の子が転がるように通りへ飛び出してきた。


御者が慌てて手綱を引くが、加速した魔馬車はすぐには止まれない。巨大な車輪と魔馬の蹄が、逃げ場を失い硬直した少女へ容赦なく迫る。


「危ないッ!」


周囲にいた者たちの鋭い声が響いた瞬間、沿道の影から一人の人影が矢のように飛び出した。


人影は少女の体を抱きかかえると、路地へと滑り込むように転がり、間一髪で魔馬車の直撃を回避した。


「ヒヒィィィン!」


激しいいななきと共に、魔馬車がようやく急停車する。


「……大丈夫か?」


フードを深く被った救助者が、腕の中の少女に静かに問いかけた。少女は震える肩を抱きしめられながら、涙を浮かべて見上げる。


「う、うん……。お姉ちゃん、ありがとう……」


安堵の空気が流れたのも束の間、停車した魔馬車の窓が勢いよく開け放たれた。中から顔を出したのは、顔を真っ赤にして片眼鏡を歪ませたモルード伯爵である。


「ええい、御者! 何を止まっておるか! 吾輩の時間をこれ以上奪うつもりかッ!」


モルードは路地裏の二人を汚い物でも見るかのように睨みつけ、杖を突き出した。


「おい、そこな虫ケラ! 吾輩の魔馬車を止めた罪は重いぞ! 轢き殺されなかっただけ感謝し、二度とその薄汚い面を吾輩に見せるな!」


罵声を一方的に浴びせると、モルードは乱暴に窓を閉めた。


再び御者が鞭を入れ、魔馬車は何事もなかったかのように王宮へと走り去っていった。


それを見送った周囲の住人たちが、こらえきれない怒りを吐き出すように小さな声で囁き合う。


「……またモルードだ」


「子供を殺しかけておいて、あの言い草かよ」


「アシュベルトの呪いだ。あんな奴、いつか天罰が下ればいいのに……」


住人たちの怨嗟の声が渦巻く中、少女を助けたフードの人物がゆっくりと立ち上がった。


彼女は、遠ざかっていく魔馬車の後ろ姿をじっと見つめている。


フードからは、ストレートと思われる長い白銀の髪とエルフ特有の長くとがった耳が、その姿を現していた。


そして――彼女が腰に差した短剣の銀色に輝く柄にそっと触れると、フードの奥で、その口角がわずかにつり上がった。




ガルドリアの玉座の間――




「どうしても、奴を使わんとダメなのか?」


ふてぶてしくふんぞり返っているアークリオスが玉座の間にいた。


「はい。ラグナメアからの新しい魔獣召喚装置は、膨大な魔素を必要とします。これまでのように囚人を何人も投入するには時間がかかり、オルギー殿の、急ぎ召喚せよ、との条件をクリアできなくなるでしょう。そうなると、公約に背くことになり、ラグナメアが我が国への介入のスキを与えかねません」


膝をつき、頭を伏したままのアルデオリス侯爵が答えた。


「あれを使わねばならんのか……。だがあれは、いろいろ使いようがあると思っていたのだが……背に腹は代えられんか」


アークリオスは、身体を前に乗り出し、親指の爪をかじりながら言った。


「ありがとうございます。では、さっそく魔獣召喚に取り掛からせていただきますので、私はこれにて失礼いたします」


アルデオリスは、玉座に座っているアークリオスを一度見上げると、再び、首を垂れた。


次の瞬間、スッと立ち上がると、マントを翻し、アークリオスを背に玉座の間を立ち去って行った。




囚人の収監所――




一人の看守が、ある牢屋の前で足をとめると、眼前の囚人に声をかけた。


「いよいよ、時が来た」


そう言って、後ろに控えていた部下へ顎で指示を出すと、その部下が牢屋の前に出て鍵を取り出した。


「囚人番号471号、いや、ゼルヴァス十傑・魁翼かいよく、ドラゴン族のログレイド!出ろ!」


看守が言い放ったその先には、両手両足を重たい鎖で頑丈にまかれた状態の一人の屈強な男が座っていた。


男は、ゆっくりと顔を上げると、その鋭い眼光がひかり、静かにほくそ笑んでいた。




――この出来事のしばらく後、エルシアの森とドルムの里に出現した神クラスの魔獣。


それは、強大な魔素を用いなければ、決して召喚されることのない存在であった。


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