第100話 明日をつくる渾身の一撃!
突風により、立ち込めていた土煙が消えていった。
その後に浮かび上がった光景は、地面に頭がめり込んでいる魔獣とその上空に浮遊しているアマトの姿であった。
「「アマト様っ!!」」
ルノアとエメルダが上空を見上げ、歓喜の声を上げる。
ルダルもアマトの姿を見て、静かに笑みを浮かべる。
アマトは三人の無事を確認したが、その姿は凄惨だった。
ルダルは、肩を激しく上下させ、削り取られた疲弊を隠せていない。
エメルダは、棍棒を握りしめたまま金縛りにあったように硬直していた。
ルノアに至っては、震える手で槍を杖代わりにし、その瞳からは自信が消え失せている。
(ルノアとエメルダ……心が折れかかってるな)
アマトはその絶望を静かに見届けた後、ようやく、獲物を定めるように眼下の魔獣へと冷徹な目を向けた。
その時、アマトの精神空間で、大の字に捉えられているゼルヴァスが、ため息まじりに首を振る。
『全く……お前のその異次元の力には関心を通り越して呆れるばかりだ』
『褒めてるか?』
アマトがほくそ笑んで返した。
『バカヤロウ!グラントの能力封印のアイテムを纏っているのに、ティターンズ相手に緊張感がなさすぎだ!相手がたまたま三下の神だったから無事に済んだんだ!反省しろ!』
ゼルヴァスは怒りが収まらないようである。
『あぁ、わかった。わかった……今度から気をつける。それにしても、グラントのアイテムは本当にすごいな。ここまで俺の力を封じてくれとはな。こんな吹き飛ばされたのは、こっちの世界に来てから初めてだ。思わず気が遠のいちまった』
アマトは、反省どころかどこか嬉しそうに話した。
『お、お前、俺様の話を聞いていたか?反省してないだろ!』
アマトの態度にゼルヴァスがブチ切れたところに――
『まぁ、いいじゃない。全然、傷を負っていないみたいだしね。アマトちゃん?』
アマトの精神空間でゼルヴァスの横に座っていたティアマトが、呑気に入り込んできた。
『あぁ、そうだな。傷ひとつない』
アマトがニヤリと答えた。
『お、お前たちという奴は……』
ゼルヴァスが、さらにブチ切れそうになった時、
『それより、こいつをどうやって倒すかだな』
アマトが頭を地面にめり込ませてもがく魔獣を睨みつけた。
『そんなもの、グラントのアイテムを解除して、小石をお前が投げれば一発だろ!』
話を逸らされ、腑に落ちないゼルヴァスが苛立ちを吐き出すように叫んだ。
そんなゼルヴァスに対して、アマトが言い切る。
『……それではダメだ。あいつらの姿を見たろ。ルダルはともかく、ルノアとエメルダは心まで削られてる。ようやく自信が芽生えてきたって時に、俺がひとりで終わらせてみろ。あいつらに残るのは、拭いきれない敗北感と無力感だけだ。……ここはあいつらと連携して勝つ。それが、あいつらの明日を作る唯一の道だ』
『うっ……』
ゼルヴァスは反論できずにいた。
その時、
「アマト様……」
現実世界でルダル、ルノア、エメルダがアマトの元へ飛んできた。
「アマト様、良かった……」
「お、俺はずっと無事だと思ってたぞ」
ルノアは涙目で、エメルダは顔を赤らめて言った。
「あいつは、強力な魔素防壁を張っていて、攻撃が届きません。しかし、あれを破れれば、いけます」
もがいている魔獣を見つめながらルダルがアマトへ伝えた。
アマトがしばらく黙ると、
「わかった。俺が魔素防壁をなんとかする。だから俺が合図したら、お前たちで最高の一撃を魔獣に放ってくれ」
と言って、魔獣の方へ動き始めた。
「「アマト様ぁ!」」
アマトの力強い言葉に、ルノアとエメルダの眼がハートに変わる。
ルダルは、笑みを浮かべアマトを見送ると、
「お前たち、ぼさっとしてるな。三方から攻撃するぞ。配置につけ」
ルノアとエメルダに檄を飛ばす。
二人は、その声にビクッと反応すると、
「「お、おう」」
と我に帰る二人の顔から、一瞬で浮ついた色が消えた。
アマトの背中を見つめる彼女たちの瞳には、戦士としての強い光が宿る。
(……アマト様は、オレたちを信じて道を作ってくれるんだ)
ルノアが震える手で槍を握り直し、自分に言い聞かせるように呟いた。
(……いつまでも、守られているだけじゃいられない。……今ここで応えなきゃ、女が廃る)
エメルダも、愛用の棍棒を強く抱きしめ、不敵に笑う。
二人は互いに頷き合うと、迷いのない足取りでそれぞれの配置へと駆けていった。
魔獣の元へ向かうアマトの精神空間では、
『おい!アマト。どうするつもりだ?』
と、ゼルヴァスがアマトに問う。
『忘れたか?グラントが俺のアイテムをくれた時に語ったことを……』
グラントがアマトにこのアイテムを渡したときのこと―――
「アマト殿、一つ話しておきたいのじゃがな」
とグラントがアマトに近寄って来た。
「このアイテムは、望み通りお前さんの力を弱体化させる。じゃがな、恩人であるお前さんをみすみす危険に晒すわけにもいかん。だからもう一つ、機能をつけさせてもらった。相手の力も無効にするという奴じゃ。こうしておけば、攻撃を受けた時にも、最悪の事態は免れるはずじゃ」
「そうか。それは助かるな。ありがとう。グラント。しかし、あんたはなんでも作れるんだな」
アマトが感心すると、グラントが返した。
「そんなことはない。このアイテムの力は、アマト殿の力があってのものじゃ。力を無効化させるのに、アマト殿の膨大な魔素力を使っているのでな。普通の者では、このアイテムは使えん」
「そうか」
「もう一つ、伝えておきたいことがある。このアイテムは所詮アイテム、消耗品じゃ。負荷による劣化がいずれ起こってくるはずじゃ。そして、最後には壊れる。このことを忘れんでおいてくれ」
「わかった」
―――
『そうだったな』
『あぁ、だからさっきの攻撃も無傷ですんだ』
『確かにな……で、アイテムで魔素防壁を無効化するつもりか?』
精神空間でゼルヴァスが、アマトの視界を映し出すモニターの中の魔獣を睨みながら言った。
『あぁ、そうだ』
『だが、どうやる?』
『魔素防壁の核みたいなのがあれば、そこを叩きたいんだがな……』
アマトが魔獣の目の前で浮遊しながら様子を伺っていた。
『そんなの簡単じゃない。ミィナちゃんに魔素の流れを見てもらえばいいわ』
ティアマトが不意に発した言葉に、アマトとゼルヴァスが目を見開く。
『『それだ!』』
アマトとゼルヴァスの声が精神空間で重なる。
アマトはすぐさま、“幻扉”を起動した。
しかし、いつもならミィナの元へ繋がる扉が現れなかった。
グラントのアイテムによる抑制下では、本来の通信機能でしかなかったのだ。
『……ミィナ、聞こえるか!』
遠方にいたミィナの脳裏にアマトの呼びかけが響いた。
『アマト様!』
『こいつの魔素防壁の核を叩きたい。ミィナ、お前の眼であの魔獣の魔素の流れを見て探ってくれ』
その通信の最中。
ドォォォォォン!!
地響きと共に、地面にめり込んでいた魔獣がゆっくりと巨躯を震わせた。
その濁った瞳に、凄まじい逆上と憎悪が灯る。
「おのれ……異世界人っっっ!!」
魔獣が起き上がり、神級の魔素を撒き散らしながら、凄まじい密度の魔素防壁を展開した。
ミィナが遠くにいる立ち上がった魔獣を見つめながら言った。
『……そちらへ参ります。 近くまで行けば、必ず核を捉えられます!』
ミィナの声に迷いはなかった。
『……わかった。頼む』
短く、だが絶対的な信頼を込めてアマトが応えて、”幻扉”を切った。
そして、ミィナは隣で呆然としている老技師を振り返った。
「グラントさん。……ちょっとあちらに行ってきますね。後を頼みます」
「は……? あちら、だと? バカを言うな、あんな死地にあんたのような者が……!」
慌てて制止しようとするグラントをすり抜け、ミィナはにっこりと最高の微笑みを残して、迷いなく戦場へと駆け出した。
グラントは、伸ばした手を空中に止めたまま、口をパクパクとさせて立ち尽くす。
戦場では―――
ガシィィィーーーン
魔獣がアマトに攻撃を繰り出していた。
「アマト様、この猛攻だとあいつに取り付けないですね」
アマトの護衛のために、持ち場を離れて魔獣の攻撃を受け止めているルダルがいた。
「お前がここに来たら、攻撃は大丈夫なのか?」
アマトも魔獣の攻撃を交わしながらルダルに聞いた。
「あの二人なら問題ありません。魔素防壁さえなくなれば必ず倒せるはずです」
ルダルは、疑うこともなく答えた。
「そうか。なら俺がそのチャンスを是が非でも作り出してやる」
そう言って、ニヤリと笑みを浮かべるアマト。
そこへ、
「アマト様!」
ミィナが上空から声をかけてきた。
「ミィナ!奴の魔素防壁の核はわかったか?」
アマトが魔獣の攻撃を交わしながら叫んだ。
「もう少しお時間をください!」
ミィナが必死に魔獣の魔素の流れを捉えようとしていた。
「任せたぞ!」
アマトはそう短く応じると、ルダルに向けて鋭い視線を投げた。
「ルダル、聞け。俺が囮になって奴の目を引きつける。その間にミィナに魔獣の魔素の流れを見極めさせる。俺はその集中地点に直接取り憑くつもりだ。多少の攻撃を喰らっても俺なら倒れんが、取り憑いた瞬間、一点に集中するから無防備になる。そこを狙われる。……その間だけ、何が何でも時間を稼いでくれ」
「わかりました。その間、奴の指一本触れさせません」
ルダルは迷うことなく頷いた。
「よし。行くぞ!」
アマトは不敵な笑みを浮かべると、猛烈な勢いで加速し、魔獣の正面へと飛び出た。
「来い、神崩れやろう!」
凄まじい密度の神気がアマトを押し返そうとするが、彼はあえて回避の機動を最小限に抑え、魔獣の憎悪を一点に引きつけ続けた。
「異世界人めぇぇぇーーーっ!!」
逆上した魔獣が、大気を引き裂く咆哮と共に豪腕を振り下ろす。
アマトはその巨躯の懐へと、弾丸のような速度で突っ込んだ。
「ミィナ!」
「……捉えました! 喉元です!そこに集中しています!」
ミィナの声が響いた瞬間、アマトは空中で身を翻し、ミィナの示した一点へ飛び込み、そこへ右手を叩きつけた。
「うぉぉぉーーーっ!」
アマトが魔素を増幅させる。
それに共鳴するかのように身に纏っていたグラントのアイテムが輝き始め、魔獣の核が崩れ始めた。
だが、宣言通りアマトの動きが完全に止まった。
その無防備な背後を、魔獣の両腕が狙い澄ましたように襲う。
「そうはさせない!」
そこへルダルが割って入った。
全神経を研ぎ澄ませたルダルが、振り下ろされた魔獣の腕そのものへ渾身のスキルを叩き込む。
ガキィィィーーーンッ!
スキルの衝撃で魔獣の腕が大きく弾かれた。
その時だった――
絶対の防御を誇った魔素防壁が、硝子細工のように粉々に砕け散った。
「……今だッ! やれ!!」
アマトの喉を震わせる号令が戦場を支配した。
「「おおおおおおおっ!!」」
「ダブル雷矢!!」
「土塊!!」
配置についていたルノアとエメルダの渾身のスキル。
防壁を失い、剥き出しになった神の心臓部へ、二人の最高の一撃が寸分の狂いもなく吸い込まれていった。
グワァァァーーーッ!
魔獣の叫び声が響く。
そして――
「おのれ……異世界人……」
魔獣が苦しみながら声を上げる。
その目は、アマトの姿を捉えていた。
「お、おまえ……フィリア……の系統めがぁぁぁ!!」
断末魔の叫びと共に、次第に魔獣の巨躯は内側から崩れていく。
「「「!?」」」
魔獣が放った名前に驚く三人娘。
「フィリアだと!?」
ルダルが思わず声を発した。
アマトもその名前を無言のまま聞いていた。
そして、魔獣の体は崩壊し続け、霧散していった。
静寂が戻った広場で、アマトは静かに右腕を下ろした。
アイテムの表面には、微かな熱と、グラントが予言した通りの僅かな軋みが刻まれている。
「……やった……。やった!オレたちやったよ!アマト様!」
「ふっ!俺には朝飯前だったさ!」
駆け寄ってくる二人の笑顔と、静かに頷くルダル。
そしてミィナもアマトのところへやってくると、
「アマト様、お疲れ様でした」
と笑顔を見せた。
「あぁ、ミィナ、よくやった」
アマトも微笑み返した。
『三下の神とはいえ、本当に倒しやがった……』
精神空間のゼルヴァスは驚きを隠せないでいた。
そこへ、
『ゼルヴァスちゃん。それは当然よ。だって、アマトちゃんの仲間だもの。えっへん』
なぜか得意げなティアマトが、満面の笑みで声を上げた。
『あぁ、あいつらなら倒せると思ってたさ』
アマトは、ふっと満足げに目を細めた。
『だがアマト、忘れるなよ。今の負荷で、そのアイテムの寿命は確実に縮まったぞ』
(……構わないさ。その時が来たら、またあいつらと超えればいいだけだ)
アマトは心の中で短く答え、魔獣の霧散して行った方向の遠方に目を向けた。
少し離れた場所にいたグラントが、戦いの最後を見届けていた。
「なんて奴らじゃ……あの強大な魔獣を倒しおった。ミィナの言った通りじゃったわ」
そして、一人、嬉しそうに呟く。
「もう、わしらゼルヴァス十傑をとうに超えとる……」
その声と同時に、気を失っていたルーイン、ジルク、ドルマが目を覚ました。
傍らでは、ルクピーが、未だ眠りの中にいるリーファにそっと寄り添っている。
その小さな体を抱きながら、リーファの顔は、過酷な戦いの後とは思えないほど、穏やかな笑みを浮かべていた。




