第315話 赤提灯の出店 前編
ここは大樹の森の都、西地区のアーケード商店街の一角。
ここに、毎週他国から足しげく通う才覚溢れるある女史の物語。
ーーー 豆腐好きなドワーフ女史の視点です ーーー
いつもの通り、週に一度のある日の修行の時、師匠からこんなことを言われました。
「アマンダ、出店やってみるか?」
「え!? で、出店ですか?」
師匠の突然の提案に心底驚きました。
「ああ。
今度、武鬪大会が開かれるだろう?
その会場で出店を募集していてな」
「あ、武鬪大会の会場ってコロシアムのことですよね?
その建設にウチの職人達も使っていただける、ということでした」
カザフ王国国王ビダン様の弟のフォルテ大使が勝ち取ってきた仕事です。
さすが王族です。
ドアン様しかり、王族の方々は優秀ですね。
「そのコロシアムでの出店だ」
「でも、それは希望者が多いのでは?」
「それがね、なんと鈴木次郎様からのお墨付きなのよ」
師匠の奥様のスイレン様だ。
「え!? 盟主様の!?」
そういえば、師匠は盟主様の護衛もしてた方だ。個人的な繋がりも強いのだろう。
「それなら余計に私では力不足です。師匠のお顔に泥を塗ってしまい兼ねません」
「いや、鈴木次郎様も「気軽にやってね」と仰ってた。期間も短いだろうし。
おまえも、有給休暇も貯まりまくってるって言ってたじゃないか。それを使えば良いんじゃないか?」
確かに、今までの私は休みをほとんど取らず、政務に没頭してましたから、有給休暇なんて取ったことはありません。
盟主様のご提案の週休二日制の実践を私が行った折に、業務のシステムを大幅に変更したおかげで、自分自身で無駄に激務にさらされていたことに気付きました。
何でも自分でやらないと国が回らないと、勘違いしてました。もっと部下を信頼すべきでした。
「アマンダちゃんは真面目な性格だから、有給休暇をかなり貯めてたんじゃない? 1ヶ月くらいはありそうね」
「…………」
「ん? なんだって?」
師匠とスイレン様のお顔をまともに見れません。
「…………1年と少しくらい……です」
「「はあ?」」
だって、宰相まで登り詰めるまでバリバリ働きまくってましたもの。それで、宰相に成ったら成ったでさらに激務になりました……あ、いえ、それは自分自身のせいですね。
「アマンダ、おまえ、有給休暇をもっと使え。
身体を休めろ。
料理をするには健康体でなければならない。でないと、ちょっとした味の変化もわからなくなるぞ」
あ、それはわかります。
風邪をひくと味がわからなくなりますものね。
「どっちにしろ、大会期間中は有給休暇使いなさいよ。
ああ、前後2~3日は余分に取ってね。
準備や後片付けもあるし、完全休息も取らないと」
「は、はい」
女将さんには逆らえません。
「それで、あの……出店で出すお料理はどんなものなんですか?」
「うん?
まだ決めてないぞ」
「ポップコーンなんて手軽で良いじゃない?
ほら、映画館やレジャーランドだと定番だし」
「俺は反対だな。
あれはポロポロこぼすし、会場を汚し兼ねない」
ぽっぷこーん? ポロポロ?
「えぇ~!?
キャラメル味なんて美味しいのにぃ」
きゃらめる?
よくわからない言葉が多い。きっと、師匠達の故郷のお料理なんでしょうね。
「あ、あの~……。
お豆腐なんていかがでしょうか……?」
「あんたも好きねぇ。
豆腐料理はバリエーションが豊富だけど、炒めにしろ煮物にしろ、器が必要なものばかりじゃない?
観戦向きとは言えないわね」
そうか、スイレン様の言う通りだ。観戦しながら手軽という観点が抜けてた。
「……いや、そうでもないぞ。
豆乳の段階から手を伸ばせば、悪くない選択かも知れん」
豆乳! 知ってます!
お豆腐の原料なんですよね。これに凝固液を入れてお豆腐が出来上がるっていう。
それから三人で色々話し合いました。
と言っても、私はほとんど居るだけの存在でしたが。
◇◆◇
そして、今日は出店で出すお料理の試食会です。
豆腐料理の更なる世界が広がる訳ですね。とっても楽しみです。
「まずはコレからだ」
師匠が最初に出してきたのは…………コレ、お豆腐の厚揚げですよね? それを串に刺してる。
上に乗ってるのは大根おろし。
「定番ね」
スイレン様の仰る通り、ワ風料理では定番のお料理。
では、遠慮無くいただきます。
パクッ。
外側がカリッとして……ほふっほふっ。熱々でした。
その熱さを大根おろしが冷ましてくれる。
それに、思ったより噛みごたえがある。
ああ、以前に頂いた豆腐ステーキと同じ食感です。
ジュワッ。
さらに、中のお豆腐からおダシの旨みが広がって来ます。
揚げ出し豆腐だったんですね。
「凝ったことしたわね。
揚げる前の豆腐にダシを染み込ませたのね」
あ、そうか!
普通の揚げ出し豆腐は、先に油で揚げてからダシつゆに浸すのでした。これは順序が逆。
「これなら観戦しながら食べやすかろうし、ポタポタ溢れにくいだろう?」
師匠、すごく考え抜かれてる。
「あっさりだけじゃつまらないし、こっちは上に乗せるのを変えただけのもある」
さっきの厚揚げ串に赤いソースが掛かってる。
これも一口いただきます。
パクリ。
ほっほっほふ。これも熱々でした。
それに、このソース。酸味と旨味が混ざった絶妙なお味。しかも、ほんのり甘い。
「師匠、このソース何ですか?」
「あれ? アマンダは初体験だったか?」
「トマトケチャップよ。
この都では定番の調味料ね。
でも、それだけじゃない。
この甘味は……ハチミツを垂らしたんだわ」
「ちっ、俺のセリフを盗るなよ」
さすが、女将さん。ずばり言い当ててるのですね。
「これは良いですね。
子供も好きそうなお味です」
それと、とまとけちゃっぷなる調味料も輸入しなくては!
「アマンダちゃん、まぁた役人の顔が出てるわよ」
「え!? そ、そうですか?」
慌てて両手で頬を揉みほぐす。
女将さんは本当に鋭い方です。
ポーカーフェイスで慣らした私の変化を、ことごとく見抜いてきます。
「こっちは大人向けだな」
師匠がもう一つ同じ赤いソースの厚揚げ串を出してくれました。
……!?……!!!?
辛っ!
見た目同じなのに、凄く辛いです。
「……これはダメね。
チリソースを混ぜたんでしょうけど、子供がさっきのと間違えて食べてしまう恐れがあるわ」
あ、仰る通りだと思います。
「やっぱりそうか。
旨いと思ったんだけどな」
美味しいは美味しいですよ。
「美味しいとは思うわよ。
でも、子供は無料で入場出来るそうだから、親子連れも多いと思うのね。
ホットドックと同じ要領で良いんじゃない?」
「ケチャップとマスタードの併用か」
「それなら見た目でわかりやすいし」
それから、とまとけちゃっぷとマスタードの併用版も出してくれました。
うん、これなら赤と黄色ではっきりわかりますね。
これも、きっちり試食させて頂きました。美味しかったです。
「さて、お次は……」
師匠が更なるお料理を準備しています。
今日は、お豆腐料理でお腹いっぱいになりそうです。
でも、まだまだ続きます。楽しみ♪
カザフ王国のアマンダ宰相のお料理修行の場でした。
赤提灯の店の新之丞は、弟子の修行の一環として、アマンダさんに出店を任せる模様。
新之丞の奥さんの睡蓮も久しぶりの登場となりました。あ、彼女も同じ村の出身で、隠形鬼の一人です。
出店のメニューは、アマンダさんの一言で豆腐料理に決まったようですね。
はてさて、どうなることやら。
さて、次話は、この後編に続きます。
お楽しみに。




