第309話 グラナリー領防衛戦 決着
グラナリー領に広がる平原の戦場も陽が傾き始める。
そして、戦士達は……。
ーーー 三人称です ーーー
ヒルコとクリムト帝国軍第一師団のマッシュ千人長の闘いが始まった。
カァンッ。ヒュヒュヒュ、カンカンカン。
マッシュが接近戦を挑み、連続攻撃で強化骨を突き刺しに来るが、ヒルコはそれらを全て触手で払い除ける。
いや、よく見てみれば、正確に"パリィ"しているようだ。
ヒルコは普段から次郎の模擬戦をよく見学している。そこから学んだのかもしれない。
ゾブッ。
「「ヒーちゃん!?」」
だが、見よう見まねの段階の域を出ず、マッシュの足先から出ている強化骨が突き刺さる。
ドシュ、ドシュドシュドシュッ。
ヒルコもただやられるだけではない。被弾すると同時にいくつもの触手がマッシュを捉える。
シュオォォ。
「グオオッ」「ピピーッ」
二人同時に痛みに悶える声が聞こえる。
両者の被弾した箇所から、白い湯気のようなモノが漏れ出て、肉が焼ける嫌な匂いが立ち込める。
「っく……。
まさか、オレと同じ能力か!?」
「ピピピッ」
そのまさかである。
マッシュは、身体強化の変種で強化した骨を攻撃に使うだけでなく、その先端からオーガの強力な胃酸を分泌することが出来るのである。
一方、ヒルコも触手の先から溶解液を流し込むのは得意技であった。
ダッ。ダッ。
両者は即座に距離を取る。
「これは面白い。
よもやスライムがオレと同じ能力者とは。
……本気を出さざるを得んな」
そう言ったマッシュが再び力み出す。
ギリギリギリッ。
骨の軋む音と共に背中から突起物が生えてくる。
そして、変化はそれだけに留まらない。
マッシュの肩も胸も脚も鋭く先の尖った骨が突き出てくる。
オーガの人体は人間のそれとさほど変わらないはずだが、マッシュの強化骨はあり得ない位置からも突き出ている。
「ふぅー。
完全体に成るのも久しぶりだ」
今のマッシュの姿はオーガと認識出来ないであろう。
まるで、新種の人型魔物に見える。
ヒルコの身体にも変化が起こる。
段々と身体の体積が膨らんでいく。
普段のヒルコは人間の頭ほどのサイズだが、今のヒルコは幼児の身長と同じくらいに変化した。
これは、負傷箇所を小さくして、痛みの軽減を浅くしようと画策した為。
ヒルコは元々再生能力があるが、傷口がまだ癒えていない。それだけマッシュの胃酸が強かったのだろう。
それはマッシュにも言える。
骨強化を行う度に己の骨が皮膚を突き破ってくるので、自然と自己治癒能力も高まっていた。
そんな両者だが、互いの傷が未だ癒えない。それだけ、両者の胃酸と溶解液が強力なのだろう。
互いに身構える両者。
ザッ。
先に動いたのはヒルコ。
地を蹴り、マッシュに突進する。
それに合わせて右拳を突き出すマッシュ。
クンッ。
マッシュの拳が触れる直前、何もないはずの空中でヒルコが左へ方向転換する。
バシッ。 バシッ。 バシッ。
ヒルコが空手の三角飛びのように空中を跳び回る。
以前のスライム戦(第35話)で見せた空中殺法だ。
ヒルコの跳び回る速度がさらに速くなる。
ジュ。
時折、マッシュの皮膚に触れているようだ。しかも、きっちり強化骨の無い箇所だ。
「ウオオッ!」
マッシュは闇雲に手足を振るがヒルコを捉えることが出来ない。
マッシュは身体のあちこちが抉られてぼろぼろの状態だ。
「ピュ、ピュ……もういいか」
プルルと震わせると、ヒルコの身体がさらに膨らんでいく。
幼児サイズから子供サイズへ、そして人の大きさを超えてさらに大きく。
もうすでに直径が5メートルを超えるサイズに到達している。
そして、おもむろにマッシュへと覆い被さるヒルコ。
ブル、ブルル。
時折身体を震わせ、ヒルコの身体が徐々に萎んでいく。
「あの巨体のオーガを消化したの?」
さすがの夜霧も驚いている。
「ピューイ。終わったよー」
ヒルコがポヨンポヨンと跳ねながら近づいて来る。
「おかえりにゃ、ヒーちゃん」
「ヒーちゃん、おかえりでありんす。
でも、最初から飲み込んでしまえば、すぐに終わったのでは?」
ヒルコの帰還を喜ぶ二人だったが、タマモはもっと早い決着が出来たのでは?と問いただす。
「だって、パパが経験値を積んでおけって言ってたし」
ヒルコは、あえて相手のフィールドに合わせることによって、戦闘経験を積み重ねようとしたらしい。
「んじゃまあ、次に向かうにゃ」
アヤメが皆を促し、さらに奥へ向かおうと視線を前方へ移す。
トットットッ。
その目に映ったのは、一人先行する絡新婦の夜霧。
「ああー!
夜霧ちゃん、ズルいにゃ」
「すぐに追いかけるでありんすよ」
「ピューイ」
三人はすぐさま夜霧を追って駆け出す。
アヤメとタマモは、本来の四つ足の獣の姿なので、かなり速い。ヒルコもタマモの尻尾にしがみついているところは、抜かりがない。
だが、夜霧も絡新婦本来の姿の為、高速で駆け抜けている。
「約束通り、譲ったわよ。
でも、敵将は譲ってあげない。
私が仕留める」
お先にーと手を振る夜霧の後方を追う三人。
「待てー!」「待つでありんす!」「ピュピューイ!」
絡新婦の八つ脚が繰り出す速度もかなりの高速だ。
そして、ついに最奥まで到達した。
「あらぁ。
出遅れたか……」
先に到着した夜霧が目にしたのは、敵将であるクリムト帝国軍第一師団長ギレンと狼獣人のハヤテ及びその妻鬼女の橋姫が相争う姿であった。
◇◆◇
タッタタ、タッタタ。
「追い付いたにゃ!」
「ふぅー。絡新婦って速いでありんすねぇ」
「ピューイ」
ハッハッハッと呼吸を整えるアヤメとタマモ。
ビュオオォッ。
その夜霧含む四人が目にしたのは、第一師団長ギレンの毒霧を橋姫が発生させた竜巻が巻き込んでいる状況だった。
霧が晴れて視界が明瞭になったギレンは、一歩踏み込もうとした体勢を無理矢理留める。
(ヤツが、狼獣人が居ない!
何処に行った!?)
警戒して背後も確かめるギレン。
と、その時、頭上から大剣が降ってきた。
ガイィンッ。
ギレンはなんとかそれを弾くことに成功。
「上か!?」
上空に向かって身構えるギレンだったが、ハヤテの姿はそこに無い。
バキッ。
鈍い音と共にギレンの背中に衝撃が走る。
ギレンの背後からハヤテの大振りの大剣が打ち込まれていたのだ。
「ったく。
ドアンのじーさんも余計なギミックなんぞつけやがって。
俺あ、二刀流なんかやったことねえってのによ」
この状況には少々説明が必要であろう。
まず、橋姫の竜巻が発生する直前にハヤテが跳び上がり、上空から大剣を投げつける。
毒霧が晴れてきて、ハヤテがギレンの頭上高くに跳び上がったのを確認した橋姫は、竜巻の一部の風の方向を操作してハヤテをギレンの背後に着地させるよう画策。
投げ放った大剣とは別の大剣でハヤテはギレンを背後から急襲。
そして、背中に手をやり、痛みに踠くギレンを尻目に地面に突き刺さった大剣を拾い上げたハヤテは、手にしている大剣と組み合わせる。
ガチン。
どうやら、ドワーフのリーダーのドアンがハヤテの大剣をいじったらしい。大剣を二分割出来るように。
ハヤテの大剣は、大柄なハヤテの肩幅よりも幅広であり、分割されても通常の大剣より大きい。
「この程度の者に、これ以上旦那様のお手を煩わせるのも忍びません」
足音も無く、ギレンに忍び寄る橋姫。
「良いぞ、ヤッても」
「はい」
ギレンは力を振り絞って立ち上がる。
「ハハハ。
女の方から近づいてくれるとは、好機!」
ズブッ。
大剣を振り上げたギレンの首に橋姫の手首まで突き刺さった。右腕のみ鬼化した貫手で。
「ごぼっ……ぐぼ」
ギレンが何か言っているようだが、口腔内が血溜まりに溢れ、聞き取れない。
橋姫はその状態から右腕を振り上げる。
ブチブチブチィッ、ヒュー……ドン、ドン。
そこにはギレンの首が転がっていた。
「アイツは橋姫を魔術師と勘違いしてたからなぁ。
でも、鬼の橋姫はいつ見ても綺麗だ」
「まあ。
旦那様の剣舞も素敵でしたよ」
「ちょっと凄いものを見せられたわね」
夜霧が言っているのは、二人の連携技のことだ。
「そうにゃあ~。
この二人の連携は、ちょっとやそこらは真似出来にゃいもんにゃ」
「全く、声も掛けず、目も合わせないのに、お互いが次に何をやるのか、わかりきってるでありんすからね」
「ピュピュピー」
◇◆◇
「よし、敵将を獲ったぞ。
サトリ、みんなに知らせて」
遠見の術でハヤテと橋姫の戦闘を確認した次郎は、サトリに伝達する。
『かしこまりました』
サトリの存在感が失せ、次郎と護衛の後鬼がその場に残る。
「あとは、このまま殲滅していけば良いでしょう」
「ああ。
残るは西砦平原の方だな」
次郎と後鬼は、遥か南の空へ視線を流す。
鬼女の橋姫が強い!
そして、旦那のハヤテとの連携が凄まじいものでした。
ここにグラナリー領防衛戦が決着。
さて、次話は、残る西砦平原の戦場の模様をお届けします。こちらは一話で決着つきませんので二~三話に分けます。
お楽しみに。




