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第307話 第二師団の撤退

 西砦平原の戦場においてクリムト帝国軍第二師団が撤退を開始した。

 大樹の森国軍は、敵兵を減らすべく追撃戦に移行する。

ーーー 三人称です ーーー


 ドッドド、ドッドド、ドドドドドッ。

 オーガの集団が勢いよく駆け出す。

 親衛隊のオーガが西砦に向かっている。軽い振動を伴っていた。


「なんじゃぁ?

オーガ共、いきなり走り出したぞよ」

「ふん。

早々に逃げ出すとは情けない」

 西砦平原に派遣された玄武(げんぶ)と雲外鏡(うんがいきょう)である。

「逃げる者は放っておいていい。

今は一匹でもオーガの数を減らすことを優先」

 二人と共に居るのは、雪ん子達を率いている雪娘の椿(つばき)だ。

「そうじゃな。嬢ちゃんの言う通りじゃな。

オーガを減らしておこう」

 雲外鏡(うんがいきょう)がそう言うと、一番近場のオーガが五体、宙に舞っていた。

 雲外鏡(うんがいきょう)が術で10メートルほどの高さに転移させたのだ。

「みんな、行くよ」

 椿(つばき)が雪ん子部隊に声を掛けると、地面に氷柱がいくつも生じる。高さ2メートルほどある先の尖った氷柱だ。

 ドカドカドカッ。ザクザクズブリ。

 空中に放り投げられた五体のオーガ全員に見事氷柱に突き刺さる。

 だが、オーガ達はまだ蠢いている。

「オーガっていうのはしぶといねえ。

身体のあちらこちらに穴が空いているのに、動いてるし。

何より吠え声がうるさい」

 人化した状態の玄武(げんぶ)が両手の剣を握りしめる。

「フッ」

 シュルシュル。

 ザクザク、ドカッ、スパンッ。

 玄武(げんぶ)の両腕が伸び、10メートル先の氷柱に貫かれているオーガの首を跳ねる。

「お婆、凄い。

ろくろっ首みたい」

「そ、そうかい?

お嬢ちゃんに褒められると悪い気はしないねえ」

「ふん。

婆(ばばあ)が照れても、ちっとも可愛くないわい。

それに、ろくろっ首は人間に気味が悪がられる日本の妖怪じゃぞ」

「ふふん。

爺(じじい)が妬んで何か言っておるのぅ」

「なんじゃと!?」「貴様こそなんじゃ!?」

 雲外鏡(うんがいきょう)と玄武(げんぶ)の二人が睨み合う。

「お爺、お婆、喧嘩はダメ。

ほら、少しでもオーガを減らすんでしょ?」

「そ、そうじゃった。

これは戦(いくさ)じゃった。個人の諍いなぞしとれんのぅ」

「すまぬ、お嬢ちゃん。

こやつには後でたっぷりと言い聞かせるとして、今は計略に則ってオーガの数を減らそうぞ」

 雲外鏡(うんがいきょう)、玄武(げんぶ)、雪ん子部隊は一緒くたになってオーガを討伐していく。


「それにしても、まさか本当に撤退を始めるとはな」

「ふふん。

鈴木様が立案した戦略じゃぞ。こうなることは自明の理じゃ」

「次郎様は戦(いくさ)の神。

あの方の言う通りにしていれば、負けはない」

「いったいどこまで見通してらっしゃるのだ……」

 玄武(げんぶ)は、次郎を個人の武を極めた現人神(あらひとがみ)と思っていた。対戦したのはたった一度だけであったが、その時にそうと十分に感じられた。

 だが、今回のことで、それだけでない、さらに恐ろしい存在であることが認識出来た気がした。

 この戦場に居ない大樹の森の盟主と言う大いなる存在に敬意を払う玄武(げんぶ)であった。


「お婆。ほら、次行くよ」

「おお、済まぬな。我(ウォ)もすぐ行く」

 玄武(げんぶ)は椿(つばき)に声を掛けられ、ふける思いを振り払い、椿(つばき)達の後を追う。


◇◆◇


「うわっ、ド、ドラゴンだ!」

 オーガ親衛隊の前に居た多種族混成部隊の誰かが叫んだ。

「地竜だけじゃない。飛竜も居るぞ…………うわあぁぁぁ……」

 また多種族混成部隊の誰かが警告するが、その者が翼竜の鉤爪に捕まり、空中へと連れ去られた。

 ズウゥン、ズウゥン。

「で、でかい」「巨竜だ!」「に、逃げろ!」

 ティラノサウルスの姿を認めた者が一斉に逃げ出す。

「グアァァンッ」

 が、ティラノサウルスが一声吠えると逃げ惑う者達の身体が硬直した。

「クルルクォッ」

 そこへ燃え盛る火の玉が空から降ってきた。

 ボシュッ。ゴオオォォッ。

「ギャアアッ」「熱い熱い!」「身体が動かない!」

 ティラノとフライの連携攻撃だ。

 その対象は、オーガに次いで強靭なオークやリザードマンであろうが、素早さが特長のコボルトであろうが、ティラノの衝撃波を食らった者達は等しくフライの火炎に焼き尽くされていく。

 竜隊の攻撃は、それだけではない。

「行け行け」「やっておしまい」「ほら、そこ!」

 ラプトルに跨がったドラド族が襲いかかる。

 バキッ。ドカッ。ガブッ。ザクッ。ズシャァッ。

 ラプトルは爪や牙で、ドラド族は剣や槍で混成部隊に攻撃していく。

 オークやリザードマンには、5組でワンチームを形成し、連携で仕留めていく。


 その様を馬上で見渡している者が居る。

 将軍の正義(まさよし)だ。

「サトウ将軍、こんなところに居て良いのかしらぁ?

奥さんが心配じゃないのぉ?」

「将軍は全体を見なければならんのじゃ。

奥方も心配じゃろうが、任務を優先されとるんじゃ。

軽々しく口を挟むものでないぞ」

 ドラド族のエリシャンテとその祖父オルテガである。二人共ラプトルに跨がっている。

「ハハハ。

本音を言えば是が非でも駆け付けたいところなんですけどね。

相手が妖(あやかし)の鬼なんですから」

「ほほう。

オーガでなくオニ族と言う噂は本当なんじゃな」

「なら、余計に心配じゃない」

「いや、そこには前鬼(ぜんき)様と馬頭(めず)様が派遣される手筈になっています」

「そうか……。

あの闘鬼のゼンキ様が」

 オルテガは、前鬼(ぜんき)を闘鬼と称しているようだ。


 オルテガも他の者達同様、前鬼(ぜんき)と模擬戦をしてみたかったが、なかなかタイミングが合わず、ついぞ実現出来なかった。

 前鬼(ぜんき)は多忙とはいえ、ちょくちょく軍事訓練場で皆の指導をしている。

 いずれは相まえるものと思っていたが、そうはならなかった。

 前鬼(ぜんき)が軍事訓練場に現れる時は、オルテガがラプトルや翼竜達の面倒を見ている最中だったり、土木工事に借り出されていたり。

(これはワシの闘技者としての本能故か?)

 強者は強者を知ると言う。


 前鬼(ぜんき)は格闘指導が非常に上手い。次郎を始め、大樹の森の住民達もそれでかなり上達した。

 手加減が非常に上手いのだ。

 ただ、最近は次郎への指導で気が抜けなくなってきていた前鬼。模擬戦で負傷することが多くなっていた。両者共に。

 次郎も手加減の上手い部類だが、前鬼(ぜんき)との対戦では手を抜く余裕は一切なかった。

 なので、最近の模擬戦では、結界使いのアヤメと鎌鼬のキキの立ち会いはもとより、後鬼(ごき)も立ち会うようになったのだ。

 それで次郎はより伸び伸びと対戦出来るようになった。

(前鬼(ぜんき)のやつ、まだまだ手加減してるな。こっちは全力なのに。

……後鬼(ごき)ママを制圧したって話も頷ける)

 大樹の森の盟主である次郎ですら、前鬼(ぜんき)に大いに負けこしてる。

 模擬戦で前鬼(ぜんき)に辛うじて優位に立てた次戦では、また叩き伏せられていた次郎。

(やっぱ、父親ってのはこうじゃなくちゃ!)



 オルテガは、前鬼(ぜんき)と対戦することはなかったが、次郎とは対戦出来た。

 結果はオルテガの負け。それも初手のパンチ一発で失神してしまったのだった。

「つつぅー!?

いやぁ、効きましたわい」

 気がついたオルテガの最初のセリフがこれだ。

「ご、ごめん。

つい、普通に打っちゃった」

 次郎は、「はじめ!」の号令と共に飛び込み打ちを放っていた。

 右手前のサウスポースタイル、次郎の本来の構えから放つ強力な右ストレートだ。それをステップで飛び込み、前足が地に着く前に前手が相手の顔面を捉える。もちろん、ノーモーションだ。

 普段の次郎なら仲間内でここまでしない。下手したら脳挫傷を負わせ兼ねないからだ。

「いやいや、盟主様の強さが垣間見れた気が致しますぞ」

 オルテガは、対戦した瞬間は次郎がノーモーションの為わからなかったが、その時の次郎の姿勢や己の格闘人生の経験から、ほぼ正解を導きだしていた。

 次郎もオルテガと対峙した瞬間、その闘気を感じ取り、思わず手が出ていた。今になって内心の冷や汗が止まらない。

「ホッ。

グローブを着けていて良かった~」

 今の次郎はオープンフィンガーグローブを装着している。ドワーフ工房に特注したものだ。訓練とはいえ、次郎や前鬼(ぜんき)の打撃は相手に大ケガを負わせ兼ねない為に製作してもらっていた。

 グローブの他にも肘や膝、そして足の甲まで覆うレッグガードのパッドの入った防具を装着している。

 これは、自身の防具と言うよりも、相手の負傷を減らす意向がある。


「これは……おそらく、突き、でしたか?」

 座り込んだままオルテガが確認する。

「ああ、うん。

それよりも診療所に行こう、オルテガ」

「いいえ。

衝撃が多少残っておりますが、しばらくすれば治まりましょう。

それよりも、本当なら突きの後も連続攻撃があったのでは?」

 オルテガは自身の状態よりも、次郎の格闘技(わざ)が気になるようだ。

「突きの後……?

ううーん、どうだろ?

蹴りかもしれないし、投げかもしれない。また突きだったかも?

……それは相手の動き次第だから、なんとも言えないなぁ」

 確かにその通りだと、オルテガも思った。オルテガも次郎と同じく、相手の動きによって千差万別の攻撃手法を持っている。

「これは愚問でしたのぅ。

たった一突きで終わらせてしもうたワシの未熟さがいかんかった。

しかし、盟主様。また手合わせ願えますかな?」

「もちろん。

オルテガとの対戦は、僕自身の修行にもなることがわかった。

でも、前鬼(ぜんき)と対戦するのはしばらく避けた方が良いかな?

前鬼(ぜんき)は僕以上に手加減が上手いけど、初手合わせの時にオルテガの闘気を浴びたら僕と同じ状態になるかも?」

 前鬼(ぜんき)の無意識の全力の突きが入ったら…………次郎は想像するだけで背中に冷たいものを感じる。

「オルテガはヒットマッスル……攻撃用の筋力は相当鍛えてるけど、防御用の筋力っていうか、身体作りを二の次にした感じと思えたけど」

 オルテガは強すぎて、鍛え方が片寄ったようであった。オーガですら、単独で屠れる力量の持ち主だ。

 それが、大樹の森に来てからというもの、己の力量を軽く凌駕する者達が結構居る。

 妖(あやかし)達を除外した原住民にもちらほら居るのだ。エルフのナターシャしかり、狼獣人のハヤテしかり……。

 オルテガ本人は、己より強者と相対することなぞ初めてのことで喜んでいたが、次郎はそれだけではいけないと言う。

「闇雲に戦うだけではいけない、と……?」

「いや、悪いとかではないけど、戦いの中で反省点が見つかったなら、それを修正していく努力をしていかなきゃ」

(そうじゃった。

盟主様はワシよりも年齢を重ねておいでだった。

年上の金言は聞くに値する)

「ワシはこれからどうすれば?」

「オルテガは"剛よく柔を制す"スタイルだと思う。

逆に"柔よく剛を制す"と言う言葉もある。

オルテガは身体をよく鍛えてある。その上で筋肉や関節を柔らかく動かすのが、良いんじゃないかな?」

 次郎は、耐久力を上げよ、と言う助言のつもりのようだ。

「なるほど。

大変ありがたいお言葉をいただけました。

今後も精進致します」

「また、対戦しようね~」


 あれから三度ほど次郎と対戦出来たオルテガ。

 二度目の対戦では、突きや蹴りの応酬だったが、最後はタックルで失神した。

 三度目の対戦では、次郎の投げ技を何度も食らい、大地に寝そべること幾度も。

 四度目の対戦では、次郎の打撃技と投げ技をミックスした攻撃を喰らった。しかし、失神することはなかった。

 オルテガは、被弾の衝撃を上手く逃がす身体に鍛え直したようだった。



「ゼンキ様の戦う姿を見てみたかったのぅ」

「お祖父ちゃんはそればっかり」

「何を言うか。

戦神の本気で戦う姿じゃぞ。

闘技者として、見たいに決まっておろう」

 祖父と孫が言い合っている。

「前鬼(ぜんき)様の本気は、今まで見たことありませんね」

 前鬼(ぜんき)に立場が近い正義(まさよし)ですら、前鬼(ぜんき)が本気で戦う姿を見たことが無いと言う。

(前鬼(ぜんき)様が本気で戦うような敵が現れることがない方が、我々にとってはありがたいな)

 正義(まさよし)は、ここからでは見えない戦場の様子を伺うように、遠くに視線を通す。

 雲外鏡(うんがいきょう)や玄武のフォローを受けながら、雪ん子達も活躍しています。

 また、ドラド族を含む竜隊も同様です。

 佐藤正義(さとうまさよし)君はこんなところに居たんですね。奥さんを心配しながらも、任務を優先するところは元自衛官らしいですね。


 さて、次回の掲載は一回お休みとさせていただきます。

 戦闘シーンばかり続いて、作者の筆が進まないのが原因です。ごめんなさい。

 なので、次話の掲載は翌週の月曜日ということになります。ご了承ください。

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