第306話 水術講義
グラナリー平原の戦場では銀狼師団が戦っている。
その中には、魔法部隊が存在する。
ーーー 三人称です ーーー
バシャンッ。
タッ、タッ、タッ、タッ、ダダダダダッ。
「グッ、なんだ!?」「これでは目が開けていられんぞ」「何より、鬱陶しい!」
オーガの集団に細かな水滴が襲う。
オーガ達には、まるでそこに強烈な台風が生じたようにも感じられた。
ただし、暴風を伴わない嵐があれば、と言うことだが。
ヒュンッ。ヒュヒュヒュヒュヒュッ。
横殴りの強烈な雨に紛れて、弓矢の一斉射出が解き放たれる。
サク、サク、サク、ザクッ。
中には風魔法の風刃や土魔法の石礫が含まれているようだ。
銀狼師団のヘイズル率いる魔法部隊だ。
彼らは遠距離攻撃の魔法を持っているが、弓矢も装備している。また、腰に剣も履いている。
「良いようだな」
「はっ、これはマガミ様」
ヘイズルの隣に、いつの間にか真神が立っていた。
「しかし、オーガほどの強敵だと魔法では決定打になりにくいのが現状です。
私にもっと強力な魔法が使えれば……」
ヘイズルは、水魔術師である。
水魔術師は、戦闘においては非力とされ、ゴドー王国時代では補給部隊専門要員としか認識されていない。
ヘイズルも大樹の森国に来てからは、魔法の修行を重ねてきた。弁才天の術を見てから刺激を受けたのだ。水魔術師でも最強になれる、と。
対人戦闘では圧勝を誇るが、対オーガ戦では有利に運ぶことは出来ても、決定的な打撃を与えられず、忸怩たる思いを募らせている。
「だが、今の水滴弾はなかなか良いと思うのだがな」
真神に褒められた水滴弾は、ある魔法の技を開発中の副産物として生まれたものであった。
◇◆◇
ヘイズルは、水術を使える妖達に聞いて回ったことがある。
「水魔法で一番強力な術は?」と。
ある者は「陸上での溺死の実現」だと言い、ある者は「それは敵を呑み込む濁流」等々と。
妖達は、実に様々な水に関する術を体験談と共に語ってくれた。
(「陸上での溺死の実現」は、私が師団長に見いだされた際の術のことだろう。
だが、オーガは例え口元に命中させたとしても、ブレス一発で水弾を吹き飛ばしてしまう。
「敵を呑み込む濁流」に関しては、私の魔力量では実現不可能だな。
それこそ水の女神様(弁才天のこと)の部隊の方達でないと無理な話だ)
ヘイズルは、あろうことか、アヤメとタマモにまで聞いたことがある。
「はぁ? 水術にゃ?
おまえは大妖のあたし達にまでそんにゃことを聞いてくるにゃ?
遠慮ってものを知らぬヤカラにゃ?」
「まあまあ、アヤメ。
強くなろうとするのは良い気概ではありんせんか。
延いては、次郎様の為にもなりましょう」
「そうにゃんだけどさ」
ヘイズルは、アヤメの発する圧に呼吸が止まる思いをしたが、タマモの仲裁で息を吐き出すことが出来たのだった。
「水術ねぇ……。
あることはあるでありんすけど、次郎様の許可が無いと教えることも出来んすね」
「め、盟主様ですか!?」
「呼んだ?」
「にゃ!?」「きゃ!?」「わわ!?」
彼らの背後から声を掛けたのは5歳児姿の次郎。
「そんな驚かなくても……」
「突然、声掛けられたらびっくりするにゃ」
「話題の本人が登場するのですもの」
「それに、気配もありませんでした」
三人が三人共胸に手を置いて息をゆっくり吐き出している。
「ごめんごめん。
あ、でも、存在感が薄かったのはこの子のせいかも?」
そう言った次郎の頭の上には、ヒルコがちょこんと居座っている。
「ピュ?」
次郎は、頭の上のヒルコを撫でながら続ける。
「最近、ヒルコはぬぅとよく遊んでるんだよね。
遊びで隠形の術とか教えてもらってたりして?」
ぬぅは任務が無い時は、近所の公園で子供達をあやしているが、単独で狩りに出掛けることもある。
その日も西の森へ向かったぬぅ。
そこで出会ったのは魔猪。成獣のようで少々でかい。
もちろん、そんなことで怯むぬぅではない。
魔猪の猪突猛進を正面から迎え待つぬぅ。
いつもの如く、重力操作で魔猪の頭を地面に叩きつけ、地に埋もれさせる。
そこで、ぬぅは端と思い至る。今日は一朗太と一緒でないことに。
トドメをまだ刺していないが、その後どのように運ぼうかと悩むぬぅ。
「ピュピューイ」
「グルルッ」
突然現れたヒルコを警戒し唸る。獲物を横取りされてはたまらない、と。
「ピュピュ?
ピュピューイ、ピュピュ、ピューイピュ?」
「ガルル?
グァググ、グルル。
…………ミャオン」
「ピューイ」
ヒュヒュッ、ザクッ。
二人が何かしら会話したと思ったら、ヒルコが数本の触手を伸ばし、魔猪のトドメを刺す。
その後、身体の体積を膨らませ、魔猪に覆い被さる。みるみる内に縮こまり、ものの1分ほどで元の大きさに戻ったヒルコ。
「ピューイ…………ゲフ」
「ミャミャアン?」
「ピュ」
ヒルコのゲップを聞いて、『大丈夫か?』と訪ねるぬぅに色好い返事を返すヒルコ。
その後、二人で都の食肉解体所に向かい、仕留めた魔猪を吐き出すヒルコを見て職員達が驚いていた。体長30メートルに達する大物であったからだ。
それから、大樹の森で度々目撃されるヒルコとぬぅの二人。仲が良さそうとの報告付きで。
「えぇー!?
鵺と遊んでるでありんすか?」
「まあまあ。
ぬぅも好きで鵺に成った訳でもにゃいだろうし。
あたしは、同族の猫又と見るようにしてるにゃ」
「嘘仰い。
貴女がぬぅに声掛けてるところなんて、見たことも無いでありんす」
「た、たまたまにゃ」
「あ、ぬぅだ」
「ひゃ!?」「きゃ!?」
アヤメとタマモの二人がすぐさま次郎に抱きつく。
古参の妖ほど、鵺を警戒しているようだ。
「ごめん~。嘘」
バシ、バシ。
二人に肩や背中を叩かれる次郎。
「て、て……。
ごめんて。
あ、で、結局僕に何か用があったの?」
二人に叩かれた箇所をさすりながら、次郎が問う。
「いたずらっ子にはお仕置きが必要にゃ」
「まあ、それはさておき。
こやつが強力な水術は無いか、と聞いてきたでありんすよ。
あちきが教えてもらった水術を次郎様の許可無く教えるのも問題がありんすでしょ?」
そう聞いて腕を組む次郎。
「ヘイズル。
オーガ対策か?」
「は、はい。
今の私の術ではオーガに決定打を入れられないので……」
「この間の樹海戦で、単独でオーガを討伐したんじゃないの?」
「あれは、私の魔法と言うより、ドワーフ工房の武器の威力のおかげでした」
(それは総合力で優ってたんだから良いと思うんだけどな。
…………魔術師としてのプライドか)
「う~ん…………。
ま、いっか。
教えても良いけど、むやみに人に仲間に向けないこと。絶対だよ」
「は、はい、もちろん。
魔法は人に向けるものではありませんから」
ヘイズルは、喜び勇みながら返事をする。
「んじゃ、軍事訓練場へ行こうか」
「「「はい」」」「ピューイ」
軍事訓練場の奥まで来た一行。
「ヘイズル。
水圧ってわかる?」
「はい。
蛇口のひねりを大きくすれば勢いが増しますよね」
「そうそう。
で……」
次郎が近場の蛇口に歩み寄る。
軍事訓練場のあちこちに水の魔石を嵌め込んだ蛇口を設置してある。訓練中の者の脱水症回避の為に施したものである。
インベントリから取り出したホースを次郎が取り付ける。
キュキュ。 ジャー。
そして、おもむろに蛇口をひねって水を出す。ただし、手洗いや水飲みに適した量だ。
次郎はホースを掴み、水撒きのように散水する。
「ヘイズルは魔力量が多くないって言ってたけど、これくらいの水量は出せる?」
「ええ、それくらいは容易いです」
ヘイズルは頷き返す。
「OK。
で、水量はこのままで、こうすると」
次郎は、ホースの先をつまみ、勢いよく散水する。
「さらに絞れば……。
アヤメ、手伝って」
「はいにゃ」
アヤメがホースの先を結界で覆い、一点のみ水の出口を確保する。
ジャー…………ピュー、ピ、ピ、ピッー。
「お、さすがアヤメ。良い具合だ」
次郎の持つホースから出る水は、かなり細く1ミリも無いほど。
そして、5メートル先の岩を穿つと、その岩肌を削り、徐々に穴が空いていく。
「うん。
水魔石一個だとここまでかな。
アヤメ、もう少し穴を細めて。
あと、ホース全体を結界で固めてね」
次郎はインベントリに貯蔵してある水とホースを繋げる。
シュ、シュオオォォッ。
次郎は水圧の反動を抑える為、成人姿に変化する。
スパンッ。
突如、岩が真っ二つに。
「アヤメ、もう良いよ。ありがとう」
「どういたしましてにゃ」
蛇口を元に戻して、ホースもインベントリに仕舞う次郎。
「ざっとこんなもんだよ。
実際に今の要領で、タマモはオーガ数百体を討伐したんだ」
「す、数百……」
「当時は習いたてで未熟でありんした。
今ならもう少しはイケルと思うでありんす」
「ヒューヒュー」「あたしも負けてられにゃいにゃ」「ピュピューイ」
やんややんやとタマモを囃し立てる次郎、アヤメ、ヒルコの三人。
「で、コレの肝心なのは、3千気圧以上の加圧とマッハ3以上の速度で出すこと。
あとは、研磨剤みたいなものを混ぜ込むとより良いけど……」
「「「???」」」
次郎以外の全員が首を傾げていた。
「研磨剤のことはまだいいよ。
まずはその前の……」
次郎は、軽く物理の講義をしてみたが、途中で諦めたようだ。
「とにかく、ものすごく圧力を掛けて、超高速で打ち出すこと。
以上!」
(感覚派のタマモでも、苦手な水術で出来たんだ。ヘイズルも努力してもらうしかないな)
次郎自らの講義?を受け、ヘイズルはそのウォータージェット加圧に幾度も挑んだ。それこそ、魔力尽きるまで毎日毎日。
だが、満足するまでの威力が出ない。
森の木を切断することは出来たが、岩を切ることは出来なかった。
ヘイズルにもわかっていた。
圧力と加速力の両方が足りないことに。
「どうしたものかなぁ。
一点照射は止めて、いっそバラしてみるか?」
この時、新たな術を開発したヘイズル。
水滴弾と名付けたものの、本人は不満顔であった。
◇◆◇
「ふむ。
その圧力とやらは己で努力するしかないが、貴様も我が眷属の一員となった身。
速度はなんとかなると思うが?」
真神に言われ、ハッとするヘイズル。
(そうだった。
いつまで第10師団の感覚で居るんだヘイズル。
今や大樹の森国軍の一員ではないのか!?
誇り高き銀狼師団の)
その瞬間、ヘイズルの意識のどこかで何か音がした気がした。
「やってみます!」
そう言ったヘイズルは、魔法部隊の猛攻の中で未だ蠢くオーガの首の一点に集中する。
ピ、ピ……シュオオォォッ。
ヘイズルの指先から水が吹き出す。
それは徐々に細く細くなっていく。
そして、その指をホンの数ミリ横に動かす。
スパンッ。
オーガの首が跳んだ。
「なんだ。出来るではないか」
「で、出来ました!
真神様のおかげです!」
真神の方を向いて、盛大に喜ぶヘイズル。
「だが、まだまだだな。
威力が後ろのオーガまで届いておらん」
「はっ。
さらに精進致します!」
ここに原住民最強の水魔術師が誕生した瞬間であった。
~~~ 余談 ~~~
出陣前の大樹の屋敷の会議室。
「鈴木様」「鈴木次郎様」
雲外鏡と玄武が次郎に詰め寄る。
「椿の嬢ちゃんは、どうしてもグラナリー防衛戦の方ですかな?」
「ううーん……。
椿ちゃん本人が僕の護衛したいって言ってたからね。
本音を言えば、雪ん子達を率いてもらいたかったけど」
「ならば、我がお嬢ちゃんごと雪女の子供達を護ります故、我をお嬢ちゃんの傍に配置頂けませぬか?」
雲外鏡と玄武は、椿と一緒に居たいようだ。
「ユキ。
雪ん子達の引率者は誰にするの?」
「そうですね。
椿が居ないとなると…………力量的にスミレが適任でしょうか」
「そっか……」
次郎は、ユキの発言の間を読み取り、本来は椿を引率者にしたかったものと推測。配置替えを決断した。
その後、落ち込む椿を三人娘が慰めていた、とかなんとか。
この物語の中では、妖術、気術、魔術を全く別種のものとして存在させています。
なので、妖は魔力を持たないので魔法が扱えませんし、原住民の魔術師には妖術が扱えません。
妖術と魔術は、似て非なるものです。
さて、次話は、西砦平原の戦場に移ります。撤退指示が出たクリムト帝国軍第二師団の追撃模様をお届けします。
お楽しみに。




