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第304話 狼と鬼女

 グラナリー平原の戦場では、大樹の森国軍の猛者達がある一点を狙って進攻する。

 敵のクリムト帝国軍第一師団長ギレンの首を狩る為に。

ーーー 三人称です ーーー


 グラナリー平原の戦場。

 クリムト帝国軍第一師団が落下した崖下。


「いよぉ。会いたかったぜぃ」

 一人の狼獣人がオーガの師団長ギレンの前に現れた。

 その狼獣人が背負う身の丈もある大剣が目を惹くが、ギレンはその佇まいや筋肉の躍動感に注目する。

「ほほう?

獣人風情が、とも思っておったが……。

おまえ、ヤル方だな」

「そうかい。

(まだまだ、ジロー様の領域には届かねえか。

あのお人は、強そうと感じさせず、結果として強さを示すもんな。

俺様もまだまだ修行が足りんな)

ちなみに、タイマンじゃねえけど、文句はねえよな」

 ハヤテは、内心の葛藤を隠しながらも不敵に笑う。

「フフン。

これは戦争だ。ルールなぞあるものか」

「だとよ。

橋姫(はしひめ)、こっちにおいで」

「私(わたくし)は端からそのつもりでございましたよ」

 ハヤテの背後から、着物を纏った黒髪の美女が現れる。

「こいつぁイイ女だな。

さっさとおまえを倒して楽しませてもらおうか」

 ギレンが淫費(いんぴ)に笑う。

「ったく。

おまえらは、どいつもこいつも同(おんな)じ反応するな。

だが、橋姫(はしひめ)がイイ女ってのは同意するぜ」

「まあ、旦那様ったら」

 戦場にもかかわらず、二人の間に桃色の空気が流れる。


 シャ。

 ギレンが腰の大剣を抜き放ち、構える。

「では、行くぞ」

「おおよ」

 ハヤテも背中の大剣を横水平に構え、身を低くする。

 カッ、ボンッ。

 初動は、ハヤテとギレンの踏み出しから始まったが、攻撃の初手は橋姫(はしひめ)の火炎であった。

 フッ。

 ギレンは、眼前に突如発生した火種を認識した瞬間、頭を下げて、その火炎をなんとか躱す。反応が速い。

「おりゃあ!」

 だが、そのわずかな動きがハヤテの攻撃を許す。

 ガアァン。

 ギレンは大剣を縦に構え、ハヤテの横薙ぎを受ける。

「なかなか重い打ち込みだ。

だが、それだけだな」

(獣人にしては威力がある。

だが、警戒すべきは女の火魔法の方だな。

通常のファイアボールと違って、突然発火した。

これほどの美しい女を抱いてみたかったが、やむを得ん。女の方から始末する)

 不敵に笑うギレンだったが、警戒レベルを一段上げたようだ。


 ハヤテは、二撃三撃と連続で打ち込んでいく。

 ギレンも大剣で防御しつつ、ハヤテの打ち終わりの際に三撃ずつ打ち返す。

 それを難なく躱していくハヤテ。

(くっ。何なのだ、コイツの素早さは?)

 ギレンはオーガのりょ力でハヤテの攻撃を受け止めているが、ハヤテの防御は受け止めることはせず、躱しに徹している。

 ハヤテは、大剣を上手く使い、わずかな動きでギレンの打ち込みを反らしていく。

 そして、ハヤテが大上段で大剣を振りかざす。

 ギレンが己の大剣を横水平に持っていき、防御の構えを取る。

 が、ハヤテの攻撃が来ない。

 "何故か"ハヤテがその場でしゃがんでいた。

「なにっ!?」

 ビュオオオォォッ。

 ギレンがそう思う間もなく、ギレンの上半身のみ暴風が吹き荒れた。

 その風の威力は激しく、ギレンも仰け反ってしまう。

 ゴンッッッ。

 ハヤテの低い姿勢のままの横薙ぎがギレンの左足にヒット。しかし、切断は叶わなかった。

 ギレンの頑強な骨と筋肉の鎧を纏ったその足でも痛みを覚えたらしく、ハヤテを睨む。

 ゴンッ。

 ギレンの後頭部を大岩が炸裂。

 その衝撃にたたらを踏む前に……。

 ズブッ。

「グオッ!?」

 何かがギレンの左目を貫く。

 急いでそれを引き抜き、残った右目で確かめるギレン。

「こ、氷の槍だと……!?」

(この女、火魔法だけでなく、風魔法に土魔法、さらに希少と言われる氷魔法まで使うのか。

油断した。

よもや、モミジと同じく多種多様の魔法の使い手だとは)

 ここまでの戦闘で費やしたのは、二拍の呼吸の間しかなかった。

 凄まじい連続攻撃の嵐である。

 しかも、夫婦であろう二人の襲撃者は、有利な状況で畳み込んで来ない。じっくりギレンを観察しているのだ。

 建国当初から第一師団長を任されているギレンの背筋に冷たいものが感じられた。

(ここまで追い込まれるとは。

クリムト王と対峙した時以来か……)


 クリムト帝国軍の師団長は、全員、クリムト王と闘ったことがある。

 勝てば王の座を手に入れることが出来るのだ。

 だが、誰一人としてクリムト王には敵わなかったのだ。

 挑戦者達は全力で挑み、そして敗れていった。オーガとしての怪力を持ち、様々な魔法まで使ったにもかかわらず。


(ワシにクリムト王の半分でも力があれは、コヤツらなぞ……。

いや、反省は闘いが終わった後いくらでも出来る。

今は、一歩でも女との距離を詰めるべき)

 ギレンは、ハヤテを牽制しながら、橋姫(はしひめ)の方へと進んでいく。

 牽制とは言っても、ギレンの一太刀一太刀が人間の身体を両断出来る力が込められている。


 ギレンが一振するごとに、汗が飛び散る。

 ギレンが大量の汗をかいているのだ。

(もう汗が出たか。

それだけこの男が厄介な証拠だ。

だが、却って好都合)

 汗まみれのギレンがニヤリと笑う。


「っとと」

 珍しく、ハヤテの足がもつれた。

(こりゃあ、毒か?

このオーガの汗が毒素を持ってるってことかい)


 ハヤテは、疾駆(はやがけ)村の長修行の旅に出た際、爪に毒を仕込んだコボルトの群れと対戦したことがある。

 コボルトを三体仕留めたことで、群れは撤退していったが、ハヤテは全身に傷を負ってしまった。

 とはいえ、致命傷には程遠いかすり傷ばかりなので、近場にあった川で洗い流すつもりで川縁にしゃがみこむハヤテ。

 その時、目眩に襲われた。だけでなく、倒れ込んでしまった。

 幸い、仰向けにひっくり返った為、水の中に顔を突っ込まなくて助かった。

 だが、ハヤテの苦しみはここから始まった。

 全身に痺れと痛みが走り、目眩も治まらない。

(や、薬草……)

 旅の必需品である薬草の類いも持っていたが、何の毒かもわからないので、的確な解毒薬も定かでない。

 獣人の本能なのか、低下した思考力でも薬草を口に運んだ。そして、這いずり回りながら、川の水をがぶ飲みする。

 ハヤテが口にしたのは下剤。

 決して狙って口にした訳ではないが、これが功を奏した。

 水をがぶ飲みし、排泄する。フッと意識が戻った際に、また下剤を飲む。この繰り返し。

 ハヤテは三日三晩苦しみ抜いた。

 そして、立ち上がったハヤテが呟く。

「ぜってぇ、この借りは返す!」

 その二日後、森深くにあったコボルトの集落が全滅した。その遺体は二十数体に上った。

 それから毒耐性を得たハヤテ。


(毒に強い俺様がふらつくほど、コイツの毒が強いんだな。

コイツは俺様が仕留めなきゃなんねえな)

 ハヤテは幾度か大剣を握り直す。

(よし。力は入る)

 足の親指に力を込めてみる。

(足も大丈夫だ)

 ググッ。

 ハヤテは、足の親指に意識を置いて、大地を蹴り出す。

 ガァン。

 ハヤテの剣撃を大剣で受け止めるギレン。

 クルッ。

 ガアァンッ。

 ハヤテの回転斬りだ。

 ガン、ガン、ガンッ。

 二撃三撃と連続でギレンを襲う。

 剣の技量も高いギレンなら、回転で背後を晒す瞬間を狙ってハヤテを突き刺すことが出来よう、とも思ってしまうが、そう容易いことではない。

 Kー1等の格闘技において、バックハンドブローをヒットさせるシーンを見たことがあるだろうか。

 あれも、敵に背面を晒すと言うことでは同じだが、何故当たるのか?

 それは、自らが喰らってみるのが一番理解出来るのだが、まず、背を向けた敵にドキリとする。この時、敵の目線が見えないので、次の行動を予測出来ない。

 敵が振り向いた瞬間から一拍遅れて、それまで後ろ手だったのが前手に変わり、それが己の意識外から伸びて来て、自身にヒットしてしまう。

 加えてハヤテの繰り出す回転斬りは、一撃ごとにその軌道が違う。

 また、たまに、勢いづいた回転を無理矢理脚力で止め、逆方向からの攻撃もあるのだ。

 今のハヤテの技量は、獣人最強の位置にあった。


(くっ。

一歩も動けん。

コイツの剣の技量はワシでもなんとかなる程度だが、こちらの攻撃が全く当たらない。

これが毒状態のやつの動きなのか?

しかも、コイツは次に何をやるのか、予測がつかん)

 ギレンは、久しぶりにゾッとする思いを、なんとか振り払う。

 そのギレンの身体から、水蒸気のようなものが立ち上がり、霧の中に包まれていくハヤテとギレン。

(これでヤツの視界も奪った。

そして、この毒の霧は魔術師の女にも届くはず)

 ガアァン。

(何故、こちらの位置がわかるのだ?

視界は1メートルも無いのに!)

 ガン、ガン、ガンッ。

 ハヤテは毒霧発生前と変わらず、攻撃の手を弛めない。

 自らの毒霧で見通しが悪くなったギレンの方が必死で防御に回っている。先ほどと違い、攻撃する間も見当たらない。


(せ、千人長達はどうしたのだ?

何故、フォローに入らない!?)

 例え、千人長達が駆けつけたところで、ギレンの毒霧の中に飛び入ることは不可能だ。そんな単純なことも思い付かないほど、ギレンは焦っていた。



「あらぁ。

出遅れたか……」

 獣人最強の戦闘力を持つハヤテに大妖の橋姫(はしひめ)がフォローに回る。

 この二人のコンビプレーは、大樹の森国軍においてもかなりの上位に当たるのかもしれません。

 一対一の対戦では、ハヤテよりも上位の者達がゴロゴロ居ますが、橋姫(はしひめ)との連携技を繰り出すと順位がガラリと変わるのでしょうね。


 さて、次話もグラナリー平原の戦場のお話が続きます。

 お楽しみに。

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