第301話 まかない飯 中編
隠形鬼一家の晩餐が始まる。
本日のメニューは、焼き飯、海の魚の塩焼き、具だくさんの味噌汁、漬け物。
ーーー うどん店主の視点です ーーー
「ミャ、ミャミャミャン♪
ミャンミャン、ミャン♪」
ヌゥちゃんの鼻歌はリズミカル。
ご機嫌らしい。
「ヌゥちゃん、お魚は獲れた?」
二人で湯船に浸かりながら、聞いてみる。
「ミャ!
ミャミャアン、ミャミャ。
ミャアン、ミャオン」
なんとなくだけど、上手くいったらしい。
「今日の晩ごはんだから、期待してるね」
「ミャオン」
自信満々で、ペロリと鼻頭を一舐めして頷くヌゥちゃん。
「じゃあ、湯船から上がろう。
お腹空いちゃった」
ザバッ。
二人分のお湯が溢れたので補充しておく。
キュ、キュ。ドバァ。
青と赤の二つの蛇口が並んでるのだけど、赤の蛇口からお湯が出るの。反対に青は冷たいお水。
凄い魔道具。
ウチの店にも着けてるからわかるけど、他国のお貴族様でもなかなか持ってないと思う。
ドワーフ工房の作品だ。
ドワーフの国のカザフ王国にも輸出してるんだって。
クーガーさん達初期ドワーフの技術力が突出してるんだろうなぁ。
おっとっと、ヌゥちゃんを拭いてあげないと。風邪引いちゃうといけないものね。
ガラッ。
お風呂の扉を開けると、ふわっとお魚の焼ける良い匂いが。
ぐうっ。
やだっ。お腹鳴っちゃった。
ヌゥちゃんが笑って見てる。
仕方ないじゃない。いっぱい料理作って、お腹ペコペコなの!
ぐううっ。
「ヌゥちゃんだって」
うふふ。二人して大いに笑った。
「お風呂、お先にいただきました」
「ぬぅちゃんも気持ち良かったかい?」
「ミャオン」
「そうかい、そうかい。
んじゃ、あたし達も入ろうかね」
「む。
ワシはそれよりも先に飯の方が……」
「何言ってるのさ。
ずっと釣りして帰ってきたんだろ。
潮気がこびりついてるじゃないか。
先に風呂入って流さなきゃ」
スズさんの嗅覚は敏感。
それがお料理の腕にも影響してるんだろうなぁ。
バシン。
「ほらほら、さっさと行くよ」
スズさんがイチさんの大きな背中を叩いて良い音が響いた。
「痛いなぁ。
わかった、わかった。行くよ」
ホント、夫婦仲が良くて羨ましい。
「コニー。
下ごしらえはしといたから、残りの魚を焼いといておくれ」
「わかりました」
コンロの方を向くと、炭釜の方のコンロに網が敷いてあった。魚の焼き跡があったから、こちらで焼けということね。
お肉やお魚を焼く時は、専らこちらを使う。
炒め物や煮物に使うコンロの他に、この炭釜のコンロまである。
台所がとても広い。
そして、調理に関わるありとあらゆる物が揃ってる。その充実度は、ある種、ウチの店よりも上だ。
修行当初は、どこに何が入っているのか、覚えるのも大変だった。
そう、スズさん一家は大金持ちなの。家族三人が三人共稼ぎ頭。
三人は、軍の特殊部隊に所属していて、イチさんはその隊長さんらしい。
お仕事の内容は機密事項だらけで一切教えてくれないんだけれど、きっと危険な任務なんだろうなぁ。
でも、その稼いだ金額を惜しみ無く台所周りと食費に費やすのも、スズさん達らしい。
「よし、お魚焼いちゃおう」
調理台にスズさんが下ごしらえしたお魚が山積みになってる。その数、10匹以上。
すでに焼き終えたお魚は二十数匹以上ある。
マアジやメバルが多い。みんな塩焼きが美味しい春のお魚だね。
うん。もう内臓を取り除き、塩を振って臭みを取り除いた後だ。後は焼くだけの状態。
スズさん家では、お魚は開かず、丸のまま焼き上げる手法。炭火で焼くから、芯まで火が通るんだって。
ええと……なんだったかな?
えん……えん…………そうだ、遠赤外線の効果だ。
お師匠メモ帳をエプロンのポケットに仕舞い込む。
お魚も全部焼き上がり、二人もお風呂から上がって、食卓にお料理が並び終わった。
凄い光景。
私の前に、丼に山盛りのチャーハンと焼き魚。具だくさんのお味噌汁とお漬け物。
凄い量だけど、私は食べきれるどころか、たぶん、お代わりもすると思う。
普通の成人女性の倍は食べるから平気。それでもイチさんからは、「相変わらず、少食だなぁ、コニーは」なんて言われるの。
私が結婚するなら、イチさんみたいにいっぱい食べる人が良い。少なくとも、私より食べる人が。
一方、スズさん達三人は、私のよりも遥かに大きな丼に山盛りのチャーハン。焼き魚は一人一匹ずつだけど、食卓の中央に焼き魚が山積みされてるから、食べた人から自分で取る方式。
誰からともなく、自然と手を合わせる。
ヌゥちゃんはピンっと姿勢を良くしてる。
「召し上がれ」
スズさんから食事開始の声が掛かった。
「「いただきます」」「ミャオン」
ガッガッガッ、ガツガツガツ。
みんなで一斉に食べ始める。
その勢いに私も負けていない。
最初の頃は、圧倒されてまともに動くことが出来なかったが、今では三人のペースに食らいついてる……はず。
最初にお代わりをしたのは、やはりイチさん。
そのイチさんがチャーハンを自ら装いながら、
「おまえの焼き飯は、相変わらず旨いのぅ」
「何言ってんだい。いつもと変わらないさ。
でも、ありがとう。
そう言ってもらえると、作り甲斐があるってもんさ」
これだ。
イチさんは必ずスズさんに「美味しい」って言う。そして、スズさんもそれに対してお礼を返す。
これが私の理想の夫婦像。
おっと、ヌゥちゃんの丼が空になりそう。
「ヌゥちゃん、お代わりする?」
モグモグ、ゴックン。
「ミャオン」
ちゃんと飲み込んでからお返事をするヌゥちゃん。偉い偉い。
みんな、焼き魚そっちのけでチャーハンを掻き込んでる。……私もだけど。
だって、ここ大樹の森の都産のお米が美味し過ぎるんだもの。
最近は他国と交易が盛んになってきたと言う話をよく聞くようになったけど、お米だけは輸出してないんですって。
それはそうよね。だって、国民のほとんどの主食になってるし、私も大好き。
他国に輸出して、自分達の食べる分が少なくなっちゃうと困るもんね。
ダイクン王国時代の主食はパンだったけれど、今は断然お米派。
あ、都の白パンは、とてもふわふわでもちっとしてて美味しいよ。
それでも、やっぱりお米の方が上。
うどん屋の店主が言うことじゃないけど。
ヌゥちゃんにお代わりを装ってあげる。
空の丼だけでも重いよぉ。
でも、大丈夫。
普段、お店で湯切りを何度もこなしている私なら。
…………くっ。今日はチャーハンの鍋振りのし過ぎで左腕がプルプルしちゃう。
けど、右腕が健在だから、素早く盛る。
ふぅー。なんとかなったぁ。
「はい、お待たせ」
「ミャオン」
ヌゥちゃんにお代わりを渡すと、すぐさま猛烈な勢いで掻き込んでる。
私も食べ進めようっと。
チャーハンはもとより、焼き魚も具だくさんのお味噌汁もお代わりして平らげた。
うぅぅ。
お腹パンパンで動けないぃぃ。
「「「ごちそうさまでした」」」「ミャアン」
でも、食後の謝辞はしっかり行う。
私も大樹の森の住民ですもの。
本当なら、弟子の私が後片付けをしなくちゃいけないんだけど、いつもイチさんとスズさんがやってくれちゃう。
「まったく、あんたって娘は。
毎度毎度、限界まで食べてひっくり返ってるね」
「す、すみませ~ん」
「ま、あれだな。
実直なことは良いことだ。
コニーはこのままで良い」
「ミャミャアン」
三人に笑われてる。
「だって、スズさんのお料理が美味し過ぎるのがいけないんです」
「あらあら、叱られてるんだか、褒められてるんだか」
あっはっはっは。
みんなで大いに笑った。
「時にコニー。
そろそろ、ウチの娘にならんか?」
「え!?」
イチさんから重大な意見が!
私は大樹の森の都に避難する前のダイクン王国では孤児だった。その日その日の食事を得るのも儘ならない日々を過ごした。それはもう大変な生活だった。
国がオーガ達に襲われた時は生きた心地がしなかったけど、ここに避難してから生活が一変した。
避難民としての生活でも毎日御飯を食べさせてくれた。お腹いっぱいになるくらい。
住まいだって、避難民全員にアパートの個室を提供してくれた。そこにあった暖かいお布団にくるまると、オーガの襲撃も徐々に忘れることが出来て、ゆっくり眠れたの。
しばらくして、落ち着いた頃、行政庁の職員さん達がお仕事を斡旋してくれた。
手に職なんてものなんかありもしない私に、配達員の仕事がもらえたの。都のあちこちにある意見箱の投書を大樹のお屋敷に届ける仕事。
何でも、その投書は直接盟主様がご覧になるらしい。
お給料は高くもないけど、安くもない。けれど、生活するには充分。生活用品を買い揃え、三食以外におやつだって買えた。
その配達のお仕事の途中で、よくヌゥちゃんを見かけた。いつも公園で子供達をあやしていたの。
で、しょっちゅう撫でさせてもらってた。
だって、大きな大きな猫さんなんだよ。ツヤツヤで綺麗な毛並み。猫好きにはたまらない。
ヌゥちゃんの方も、最初は『なんじゃ、コイツ?』って顔してたけど、1ヶ月もしたら、「ミャオン」って可愛く鳴くじゃない。最初は「グルルッ」ばっかりだったのに。
その内、ヌゥちゃんに袖を引っ張られて(噛まれて?)、イチさん達のお家に案内されたの。
そこで、私の運命が決定づけされたのよ。
「でも私、もうすぐ成人になるし……」
「なーに言ってんだか。
そりゃ前の国の基準だろ?
ここじゃ、成人は18歳からって決まってんだ。
あんたが敬愛する鈴木次郎様がお決めになったこと。
あたし達からしたら、お子ちゃまもお子ちゃまよ」
「子供は大人に甘えても良い」
え? 今でも十分に甘えています。
「おまえはアンバランスだ。
素直なところもあるが、変なところで頑なだ。
もっと柔らかく考えても良い」
「おお、旦那が横文字を使ったよ」
「うるせぃ」
「で、でも、私なんかが……」
「それもだ。
おまえはすでに店主だ。一国一城の主になっている。
もう少し、自分に自信を持て」
でも、それはイチさんやスズさん、ヌゥちゃんのおかげで出来たこと。今でも頼りっきりだし。
「……嫌なの?」
「ミャオン?」
そんな悲しそうな顔しないで。
イチさんまで眉が下がっちゃってる。
「嫌な訳ない!
……でも、私……親なんて会ったこともないから、どうしたら良いかわかんない」
ふわっとスズさんが抱きしめてくれる。
「あたし達にとことん甘えて、ワガママ言ってりゃ良いんだよ」
今度は、イチさんがスズさんごと抱え込んでくれる。
「そうだ。
おまえは遠慮がちなところがある。ワシはそれがちと寂しい」
ヌゥちゃんも頭をこすりつけてくる。
「ミャミャミャン。ミャアンミャオン」
私達は家族なんだって言ってるのが、何故かわかった。
深呼吸して三人をしっかり見る。
「あ……う……。
ふ、ふつつか者ですが、よろしくお願いします!」
そして、その日から私達は家族になった。
~~~ 余談 ~~~
「イチさんがお父さんで……」
「おう」
「スズさんがお母さんな訳でしょ」
「良いねぇ。お母さんって呼ばれるのは」
「…………ヌゥちゃんは、私のお姉ちゃん?」
「ミャミャミャン」
ぬぅが首を横に振る。
「だって、ヌゥちゃんの方が私より歳上でしょ?」
「年齢のことを言ってるのか?
そんな気にするもんじゃないな。
何せ、ぬぅはワシらよりも歳経た妖だからなぁ」
「え!? そうなの!?」
「女の歳を追及するのは良くないよ。
ぬぅちゃんは常に末っ子の位置なのさ。
本人もそれが満足らしいし」
「ミャオン」
妖の家族構成は複雑怪奇。
さぬき屋店主のコニー。
妙齢の女性をイメージしてた方、すみません。ソバカスの可愛い少女でした。
妖と異世界住民がどんどん家族になっていくのは嬉しいことです。
さて、次話は、このお話の締めくくりです。
お楽しみに。




