第296話 弁才天降臨
大樹の森国軍がクリムト帝国軍と激突する。
ーーー 三人称です ーーー
グラナリー領の南の平原。
オーガが吠える。
「グオオオッ!」「グアアアァッ」「ガアアアァッ」
ズドドドドッ。
オーガ達の吠え声よりも大地を揺るがす駆け足の方が耳に響く。
「「「唵っ」」」
オーガを先頭にした集団の上空から、短い詠唱が響き渡る。
ゴッゴッゴッゴゴゴォッ。
烏天狗に率いられた天狗達の妖術により、突如、大地が割れ、オーガ達が10メートルほどのクレパスに落下していった。
しかし、オーガは持ち前の頑丈さを発揮して、ほぼ被害は無い。
ただし、他の種族はそうもいかない。
始まったばかりの戦争の初手で、戦意高く突撃体勢のまま駆け込んでいたのだ。その上、オーガに次ぐ体格と強靭さを持ったオークとリザードマンが殿を務めていた為、突如開かれた崖に気づいた者達もろとも押し込んで落下していった。
「うわああぁっ」「嫌だ。落ちたくな……」「ぎゃあぁぁ」
殿部隊の先頭に居たオークとリザードマンの部隊長が気づき、オーク部隊とリザードマン部隊の大半はクレパスへの落下は阻止出来たようだ。
また、素早さと身軽さが信条のコボルト部隊も難を逃れていた。
「ほう?
コボルト部隊も残ったか。
まあ良い。それも問題無い」
次郎が遠見の術で確認した上で呟く。
「後鬼。頼んだ」
続いて、後鬼に指示を出す次郎。
「かしこまりました」
そう返事をした後鬼は、しゃがみこんで片ヒザの姿勢を取り、手のひらを地面に翳す。
…………ゴ……ゴゴ…………ズウン…………ゴ、ゴ、ゴゴゴゴゴゴ。
次郎達の居る地面が徐々に隆起していく。
土遁の術だ。
だが、後鬼の術は規模が違う。
味方の軍勢全てを押し上げ、クリムト帝国軍を見下ろせる位置、つまり坂の上に居る状態を造り出したのだ。
「よし。
ジーン、行け!」
次郎が軍扇を振り下ろす。
「銀狼師団、突撃!」
「「「おおっ」」」
銀狼師団の兵士達が相棒の眷属狼と共に一個の塊となって、クリムト帝国軍に襲いかかる。
だが、最初に接敵するのは最強種族と吟われるオーガの部隊だ。
果たして……。
◇◆◇
西砦平原の最西。
ドッ、ドドッ、ドドッ。
「ブルルルッ」「ブモオォッ」「フーフー、ブモッ」
猛々しい魔雄牛が惹く戦車が、クリムト帝国軍第二師団の最後方部隊に猛スピードで襲いかかる。
戦車隊に並走する河童隊も魔雄牛に一切遅れることなく追随しているのも脅威だ。
ドカッ。
やがて、戦車隊がクリムト帝国兵を弾き飛ばす。
魔雄牛の前に円柱形の突起が付いた頑丈な装甲が設置されており、頑強なそして凶悪な装甲戦車となっている。
また、対象物と衝突した際は、首や肩周りに衝撃吸収パッドが施されており、魔雄牛には一切の被害は無い。
敵部隊の様々な種族が装甲戦車の餌食になっている。
小柄なゴブリンの中には、バンパーのように突き出ている装甲部を屈んで躱していく者も居たが、獰猛な魔雄牛の蹄に引き潰されていった。
また、河童隊と遭遇した者達も似たような惨状に陥っていた。
ある者は槍で喉元を突き破られ、ある者は感電して身体中の穴から煙を吹き出し、またある者は突如として現れた岩石を避けきれずに首から上を消失してしまった。
「なんだい。
あたい達がやることが無くなっちまうじゃないのさ」
戦車に乗っている閃光団のサラが吠える。
「サラ、そういきり立つな。
我らの出番はもうすぐだ」
「そうでやんすよ。
オーガの集団はもうすぐそこに居やす」
閃光団の連中は戦車に分乗しているようだ。
戦車が最後方の部隊をつきぬけ、円陣で師団長の紅葉を守るオーガの親衛隊に迫る。
オーガもただ黙って見ている訳ではない。
円陣の後方に居るオーガ達が魔法を唱え出した。
ブオオォッ。ゴオオォッ。ビュウウゥッ。
炎が噴射され、岩石が射出され、強風も吹き荒れる。実に様々な魔法の演舞である。
「「「破っ」」」
再び、上空から裂帛の気合いが降り注ぐ。
天狗達の妖術で様々な魔法攻撃が空中に巻き上げられ、消え去っていく。
多少の魔法が戦車隊に届いたようだが、それも結界に弾かれる結果となった。
「ひええっ!
わかっちゃいやしたが、こう正面から来る魔法攻撃は来るもんがありやすね」
「テング様々だな」
カウマンとブレイドが胸を撫で下ろす。
「あっ!?
オーガの連中、飛翔魔法を使い出した。
あたいは、テング様を援護するよ」
投擲の英傑サラがナイフ投げの体勢に移行する。
「サラ、戦車の防衛も忘れるなよ」
そう、閃光団の主目的は、戦車の防衛だ。なので、サラ以外は短弓を装備している。
「忘れるもんか、よ!」
サラがナイフを投擲する。
ヒュッ。 ザク……ドカンッ。
そのナイフが飛翔し始めたオーガの一体に見事命中し、接触直後に爆発する。
「ぐわっ……あああぁぁ」
サラのナイフが刺さったオーガは、胸に命中したようで、大きく抉れ、肋骨が見えたまま、落下していった。
「アレ、また威力が上がってないか?」
「何でも、オーガ専用の強化版らしいっすよ」
ブレイドとカウマンの両者の背筋に冷たいものが走る。
サラの特製ナイフは、初期ドワーフのクーガーの作だが、今回は対オーガ戦ということで、嵌め込む魔石周りを同じく初期ドワーフのケルビンが仕上げていた。
元々強力な魔法発動ナイフが、魔石の情報解析が得意なケルビンがテコ入れすることにより、さらに凶悪な威力を備えることが出来たのだった。
「ほほう?
閃光団のサラ殿の援護か。なかなかやるな。
同朋の天狗達よ、原住民に遅れを取ってはならぬぞ」
「「「おうっ」」」
愛宕山太郎坊の檄に天狗達も気合いを入れる。
すぐさま、飛翔したオーガの元にたどり着く天狗達。
ある者は装備した槍を突き刺し、オーガの肉体の中から燃焼させる。
ある者は自ら産み出した矢羽根を無数に射撃し、オーガをハリネズミの如く変貌させる。なお、その矢羽根には毒があるようで、ターゲットのオーガは落下しながら口から泡を吹き、地上に衝突しても全身がビクッビクッと震えている。
またある者は、純粋な格闘技術で挑み、右爪先でオーガの喉元を突き、左爪先の水月蹴りで肝臓を破壊している。
ちなみに、この技は地上ではなし得ない。空中を自在に滑空出来る天狗ならではの技術だ。天狗独自の二段蹴りと言えよう。
天狗対オーガ戦は、空中では天狗達が圧倒的だ。
「あ、あ、ああぁぁ……。
私のオーガ達が……私の親衛隊が潰されていく」
第二師団長の紅葉が悲哀の叫びを発する。
が、ただ嘆くだけではないようだ。
悲しみを浮かべた目が段々と釣り上がり、怒りに震えながら牙を剥き出す。怒髪天を衝くと言う言葉通り、紅葉の長い髪が立ち上がり、風も無いのにユラユラと舞い上がる。
「佐藤正義ぃ!
貴様だな、この惨状を産み出したのはっ!」
紅葉が吠える。
その声は轟音と化し、戦場全体に響き渡る。
「人の夫を気安く呼ばないでよ」
紅葉とその前を護衛していたオーガ達の前の空間が揺らぎ、ぶれ始める。
バシャ。
まるで姿見鏡のような水鏡が現れてはすぐに消え去り、地面に水溜まりが滴り落ちている。
そこに美しい女神が登場していた。
弁才天だ。
別名、市杵嶋姫命と言う。大陸から渡って来たが、日本ではかなり旧い神である。
「貴様は……あの時、正義と共に居た女だな?」
紅葉が激しく睨む。
「そうよ。
それに、夫の名を気安く呼ばないでって言ってるでしょ」
「正義がこんな女を選んだって言うの?」
「あら、嫉妬?
ふふん。
彼が貴女を選ぶ訳無いわ。
そんな気性の荒い女を」
「ああーん?
誰の気性が荒いですって!?」
弁才天と紅葉の間に見えない火花が飛び散る。
「おおっと。
ちょっと踏み入れ難いなぁ」
戦車隊の隊長ケインが手綱を引いてないのに、魔雄牛の足が止まってしまう。
親衛隊のオーガ達も紅葉の護衛のはずが、弁才天と紅葉の間に挟まれていた者も意識せずに徐々に後退りしてしまっている。
まるで、二人以外は何人たりとも踏み入れてはならない聖域がそこにあるかのようであった。
「これは……奥方様に加勢しなくちゃならない状況なんだが、何故か入り込めない」
ブレイドが苦しそうに発言する。
「何らかの物理的障壁があるんじゃないのかい?」
「そんなもんは無いでやんすよ。
が…………はぁ。
後で団長がサトウ将軍に怒られてください」
カウマンとサラだけでなく、ケインまでもがすがるような眼差しでブレイドを見つめる。
「お、俺か!?」
ケインを含め、戦車に乗り込んでいる閃光団の団員達も一斉に頷いている。
「ってことで、あたい達は周りのオーガ共を駆逐していくよ!」
サラの発言で、閃光団が一斉に戦車から飛び降りる。
「じゃあ、戦車隊は後方に引っ込みますね。
戦車隊、回れ右。後方へ進め」
ケインの号令で戦車隊が本陣へと後退していく。
「あ、おい、ちょっと待て!」
ブレイドが慌てて引き留めるが、戦車隊は後退していくし、閃光団の団員達はオーガに向かっていく。
「カウマァン! サラァ!」
「ほらほら、団長も自分の仕事をする!」
ブレイドがカウマンとサラに吠えるが、サラに叱咤されてうやむやにされてしまう。
「ったく、覚えておけよ」
ブレイドも不承不承ながらも戦車から飛び降り、オーガに向かっていく。
弁才天と紅葉が対峙。
そこには何人足りとも踏み込めない領域が発生しています。
でも、正義はまだ現れません。何やってるんでしょうね?
ちなみに、ドラド族は戦車に搭乗しています。陰ながら頑張っています。
さて、次話は、グラナリー平原戦の模様をお届けします。
お楽しみに。




