第295話 閑散とする街並み
大樹の森の都。
大樹の葉が少し寂しげに揺れている……。
ーーー ソフィアの視点です ーーー
がーん、ですわ。
いえ、わかってはいたのです。
この静かな惨状。
今日の休日に、妹のポーラとアーケード商店街にお買い物に参りましたの。
普段、平日でも賑わっているアーケード商店街がシンと静まり返っています。
今、国の重要人物の皆様がこぞって戦争に出掛けられてるのですものね。
悲しいことに、その中にアーケード商店街の店主や従業員が含まれているのが、この閑散とした街並みを生んでいる訳でございます。
そう、臨時閉店しているのです。
特に美味しいと評判なお店ほど閉店率が高いのです。
「がーん……でございますぅ」
「こら、ポーラ。淑女が使う言葉ではありませんよ」
「ご、ごめんなさい、お姉様。
でも、でも、だってなんですものぉ」
ポーラの気持ちは痛いほどよくわかります。
以前(第226話)に一度、このような状態もありましたが、今回の出兵はさらに多くの兵隊さん達が出陣してしまったのです。
「……戦争ですもの。仕方ありませんわ」
「皆様、無事で帰ってきて欲しいです」
「ええ、本当に。
でも、今回は盟主様もご出陣なさっているわ。
だから、きっと大丈夫」
戦時記録を読み返してみると、盟主様がご出陣なさると誰も死者が出ていませんの。これは奇跡としか言い様がございません。
盟主様が神様だと言う噂が絶えないのもわかります。
「さあ、私達は私達で、お買い物に参りましょう」
「はい」
ポーラを促して、アーケード商店街に踏み出します。
北門をくぐってすぐの疾駆庵に目をやると、イートインコーナーが閉鎖されておりますが、持ち帰りの販売所は営業されていました。
店主のハヤテ様と奥様のハシヒメ様は従軍されているのに。……ハヤテ様、前もって仕込んでいらしたのね。さすがはアーケード商店街No.1でございますわ。
帰りにフルーツ大福でも買って行きましょうか。
「新鮮なお魚が買えなくて残念でしたね」
そうなのです。漁師の皆様も戦争に赴いてらっしゃいました。
「私は干物が買えて嬉しいですよ、お姉様」
「そうね。干物、美味しいものね」
ポーラと二人、ニッコリとします。
「代わりに、お肉やお野菜はたっぷり買えましたもの。十分です」
ポーラの前向きさを見習わないといけませんね。
それに、ポーラの買い物の手際の良さと言ったら、本当に素晴らしい。
お肉やお魚を最初に買って、荷物になるお野菜を後にする順番も良いのですが、買い物袋の詰め方まで鮮やか。そして、最後に卵のパックを一番上に。
念の為、買い物袋を軽くポンポンと叩いて確認する徹底振り。さすがは幼少期からメイドの英才教育を受けているポーラ。
「ふんぬっ」
淑女NGのセリフも、たまには聞き逃して差し上げますわ。
「ポーラ。私も持ちますわ」
「いいえ。
お姉様は非力ですから、ポーラにお任せです」
それでも、片手を差し出してヒョイヒョイとすること数回。
「はぁ~。
仕方ありません。では、お肉とお魚の干物をお願い致します」
お野菜の方が重いと思うのですが、たぶん譲る気はありませんね。
お姉ちゃんは、お肉とお魚で我慢致しますわ。
「お腹空きましたね」
お昼に近づいた頃、ポーラが呟きました。
「そうね。お昼食べて行きましょうか?」
「賛成ですぅ」
「今日やっていそうなお店と言えば……」
店主がアヤカシの方ではなく、従業員も普通の人が居るとなると……。
「「さぬき屋」」
二人の声が揃っていて、思わず二人して笑ってしまいました。
「では、ランチに参りましょう」
そうして、さぬき屋の前まで参りましたが、店前に行列が出来ているじゃありませんか!?
普段も行列店として有名ですが、いつもよりも多い。従業員の方も店外に出て行列の整理をしていらっしゃいます。
ああ、そうですわね。
他のお店が臨時閉店されているから、必然的に集中してしまいますわよね。
時計を確認すると、お昼の12時少し前。それでこの状況ですか。
いえいえ、まだマシな方かもしれません。
「ポーラ、急いで並びますよ」
「はい、お姉様」
行列の最後尾に「最後尾」というプラカードを掲げている従業員さんのところへ行って、二人で並びます。
もう20人以上が並んでいます。
お昼前で良かった、と思った時です。
ガラガラ。
お店の扉が開いて、お客さんが出て来られました。
これでまた一歩前進出来ますわね。
「おや?
ソフィアさんにポーラさん。
こんにちは」
と思っていたら、エフェクト参与でした。
「これはエフェクト参与。
ごきげんよう」
「エフェクト様、ごきげんよう」
「君たちもランチかい?」
「ええ。
でも、お昼前なのに、こんなに並んでいるとは思いもしませんでしたわ」
「いや、全然マシな方だよ。
君たちが退店する頃には、この倍以上になっているだろうさ」
この倍以上ですか!?
これから、出兵期間は気をつけなければなりませんね。
「今日は新メニューがあった。
あの女店主、なかなかヤルな。
この機会を狙って投入したんだろう。宣伝になるしな」
じゃ、っと片手を挙げてさっと去っていかれるエフェクト参与。
「お姉様。
新メニューですって。楽しみだなぁ」
そうね。楽しみね。
少しずつ前に進んで、店前のショーケースの前まで来ました。
「あれ?
ショーケースの食品サンプルに新メニューなんてありませんよ?」
ポーラがショーケースの前で首を傾げています。
「ああ、食品サンプルの職人さんのドワーフ工房の方達も、工兵として参戦されているのでしょう」
「残念ですぅ。
早く戦争終わらないかな」
本当にポーラの言う通りですね。
行列に並んで10分ほどが過ぎて、ようやく私達の順番が参りました。
さすがは、おうどん屋さんですね。回転が早い。
「「「いらっしゃいませー!」」」
明るく元気な声に迎えられます。
「すみません。
混んでいるので、お席はこちらが指定させていただきます。ご了承ください」
「構いませんわ」
混んでいるのですもの、仕方ありませんわ。
従業員さんの案内で二人掛けのお席に着きました。
普段は四人掛けテーブルですが、真ん中でセパレート出来る造りとなっておりました。
これもクーガー様のお仕事なんですね。ヤリますわね。
「お姉様、お姉様。
早速、新メニュー発見です」
ポーラが指し示すメニューは、グラウンドメニューから分離した一枚ペラのメニューとなっていました。
分かり易いですわね。
それを拝見すると、「かけうどんと親子丼のセットメニュー」とありました。こちらには絵が描かれていました。
「ええと、なになに。
プリプリの鶏肉を玉子でとじたどんぶり?
あ、下に白ごはんがあるんですね。
美味しそう」
絵でよく分かる演出ですね。フフッ、湯気まで描かれています。
「「これにしましょう!」」
うふふ、また声が揃ってしまいました。
新メニューを注文してから、さほど待たされることなく注文の品が参りました。
商品はトレーに乗っているようです。
そこには、いつものおうどんがあり、隣に蓋をされた丼。その奥に小皿に盛られたお漬け物も。
丼の蓋を上げると、ブワッと湯気と共に芳しい香りが鼻腔をくすぐります。
とっても良い匂い。おうどん屋さんのお出汁の香りです。
「早速、いただきましょう」
「「いただきます」」
両手を合わせる食前の儀式は欠かせません。
まずは、親子丼から挑みます。
左手を丼に添え、レンゲスプーンで上に乗った玉子と白ごはんを一緒に掬います。
パクリ。
あ、玉子と白ごはんを掬ったつもりが、舌がそれ以外のものを検知しています。
モグモグ。
なんと言うことでしょう。
玉子の中に鶏肉と玉ねぎも含まれていたなんて。
お味は全体的に甘く煮てあり、とても優しい感じですね。
その中でも、鶏肉がしっかり主張してきます。
そして、玉ねぎの存在。薄切りにされた玉ねぎがとても甘いのです。
そんなに甘いのに、白ごはんと混ざると一体感が生じる……。
気がつくと、二口三口と親子丼ばかりを頬張っていました。
そうだ。一旦落ち着こう。
添えられたお漬け物に箸を伸ばします。
ポリポリ。
「そうか……。
お出汁と砂糖って合うんだ」
ポーラが呟いています。
今、この娘の頭の中には様々なレシピが思い浮かべられていることでしょう。
さて、今度はおうどんです。
まずはレンゲスプーンでスープを掬い、一口。
うーん。優しいお味が口いっぱいに広がります。
続いて、おうどんを啜ります。
スルスル。
ついクセで音を立てずに啜ってしまいます。
おうどん屋さんでは、音を立てて啜るのがマナーと知ってはいますが、貴族令嬢の習慣が抜けませんわね。
でも、このおうどん、本当に美味しい。
つるっとした感触に口の中が喜んでいますが、噛むともちっとした感触が顎まで喜んじゃいます。
これはこの店でしか味わえません。
「この麺だけ売ってくれないかなぁ?」
ポーラの呟きが止まりません。
「ううーん……。
ちょっと難しいかもしれませんが、一応、今度お願いしてみましょうか?」
これだけ美味しいおうどんですもの。私達以外の人達もそう願っていると思われます。
「は!? え!?
聞いてらしたんですか?」
ふふっ、ポーラったら。
「一般市民のご意見として拝聴させていただきましたわ」
「お、お恥ずかしい……」
いいえ、それも立派な市民の声ですわ。
それはさておき、残りのお料理にしっかりと取り組んで参ります。
「「ごちそうさまでした」」
妹と二人、しっかりと手を合わせて頭も下げます。このお料理に関わる全ての方々に感謝を込めて。
お会計を済ませて、早々に退店致します。
「「「ありがとうございましたー♪」」」
お店を出てびっくり。
「うわわっ!
凄い行列ですね」
ポーラの言う通り、そこには綺麗に並ぶ人達の行列が二重三重に蛇行していました。
50人以上は居るような気が致します。
「エフェクト様の仰った通りになりましたね。
私達はマシな方でした」
本当にその通り。
「さあ、お姉様、帰りましょう」
「ポーラ、ちょっと待って」
そう言って、二軒先の鞄屋さんに入っていきます。
店員さんとやり取りをしてから、ポーラの下に戻って来ます。
「はい、これ」
ポーラに今買ってきたものを渡します。
「???
……あ、コレ、ナップサックじゃありませんか」
ポーラがそれを広げて驚いています。
「さすがに毎回お買い物が多いのですもの。
少しは楽にしませんと」
「わあ、ありがとうございます。お姉様」
ポーラに喜んでもらえて嬉しいわ。
「私とお揃いですのよ。ほら」
私のナップサックも見せる。
「あっ。
私のナップサックにニャンコちゃんの刺繍で、お姉様の方はワンちゃんなんですね♪
早速、詰め替えましょう」
さすがポーラ。
ナップサックへの詰め替えも素早く済ませ、卵パックだけは手提げ袋へ。
「しまったなぁ。
これならもう少しお買い物出来ましたね」
「あら、ダメよ。
これからフルーツ大福も詰めなきゃいけませんもの」
「やったぁ♪」
淑女らしさを…………。
コホン。今日はまあ良いでしょう。
「ワンワン、ニャンニャン♪」
可愛らしくステップを踏むポーラを見ていたら、何も言えなくなりました。
さあて、最後のお店に向かいましょう!
ソフィアさんとポーラちゃん姉妹は、相変わらず仲が良いですね。
西地区のアーケード商店街の弱点は、メジャーなお店の経営を妖達がしていることかもしれません。
でも、東地区のデパートは繁盛していると言う、ある種のバランスが取れている状態でもあります。
さて、次話は、再び戦場に舞台が移ります。
そして、また一人の大妖が降り立ちます。
お楽しみに。




