第292話 開戦間際
北部にある穀倉地帯を目指し、ゴドー王国の工業地帯を避けて大きく迂回する集団。クリムト帝国軍第一師団だ。
だが、待ち受けるのはゴドー王国軍ではなく、次郎率いる大樹の森国軍だ。
ーーー 三人称です ーーー
大樹の森国の新領地である穀倉地帯、改めグラナリー領より100km南。
ちなみに、名付けは次郎。
穀倉地帯を単純に英語化しただけという理系脳のセンスの無さである。穀倉地帯=granary。
「あと数日で目的地だな」
クリムト帝国第一師団長のギレンだ。
「それにしても遠いな。
まっすぐ進めばもっと早く到着出来たものを」
千人長のオーガが溢す。
「仕方あるまい。
ここより東にゴドー王国の工業都市があるのだからな。出来るだけ気づかれぬ方が得策だ。
宰相のヤザンの案でもある」
「面倒くせえから工業都市ごとぶっ倒しゃ良いだろうに」
「そう言うな。
クリムト王の意向でもある。
ゴドー王国の最北部まで敵兵を走らせろ、とのことだ」
「そんなので違いがあるのか?」
「正直、ワシにもよくわからん。
わからんが、それが戦略と言うものなのだろう」
第一師団長のギレンは、オーガらしいオーガで、知略よりも武力を重んじる武人だ。
反面、宰相のヤザンが立てる戦略に素直に従い、連戦連勝を続けて来ている。
頭を使うのは自分以外がやれば良い、と言うオーガらしい師団長である。
「それに第二師団も西砦から出陣して、こちらに合わせて進攻することになっておる。
二面作戦と言うやつだ」
「お、それは俺にもわかる。
敵が半分になるってやつだな」
軍略上、そう単純な訳でもないが、攻められれば防衛に動き出すのは明白。
ただし、ゴドー王国をターゲットにしたのならば、クリムト帝国側のミスだ。
彼ら第一師団の向かっている穀倉地帯は、すでに大樹の森国が占領してしまっているからだ。
その情報をクリムト帝国本国が入手出来ていない。
「何にしろ、間もなくだ。
戦いがワシを呼んでいる。ククク……」
◇◆◇
「クリムト帝国軍が、行軍距離であと四日の位置に来ました」
烏天狗が次郎に報告する。
「よし。
こちらも出陣することにしよう。
真神、ジーン、頼むぞ」
「「はっ」」
真神とジーンが頭を垂れ、出陣準備に掛かる。
クリムト帝国軍の動きは、天狗達の飛行調査により、当初より把握していた大樹の森国。
それこそ、第一師団が出発した頃からつぶさに観察されていた。
当初は、ゴドー王国の工業都市を目指しているものと思われていたが、進行方向がやや西寄りに迂回していた為、目的地がグラナリー領であることが判明。
大樹の森国軍は、銀狼師団を主体とした野戦の構えである。その数およそ3,500。
グラナリー砦には1,500の兵士が守りを固める。
対するクリムト帝国軍第一師団は12,000の兵。
この師団も通常の編成よりも多い。
通常の師団では、約2,000体のオーガとその他の種族が4,000~5,000体で構成されているが、この第一師団では、オーガが4,000体以上居る。全師団の中で最もオーガの数が多いのだ。
「ジーン、今回は我も出陣する。
が、遊撃として動くので、一旦は我のことは忘れよ」
真神がジーンに述べる。
「了解致しました。
銀狼師団全体のことはおまかせください。
相手がオーガであろうとも、怯む者など誰も居りません」
グラナリー領はジーンが治める領地と言うこともあって、ジーンに怯む要素は一切無かった。
「銀狼師団、出陣!」
「「「おおっ!」」」
兵達の喚声が辺りに響く。
◇◆◇
二日後、両軍はなだらかな平原で合いまみえることとなった。
銀狼師団は眷属狼の加勢もあり、倍の6,000以上の兵数となっているが、それでもクリムト帝国軍第一師団の約半数だ。
ただし、天狗隊と獣人隊が応援として駆けつけている。
また、絡新婦の夜霧と夜露、大蜘蛛の徹夜も初参戦している。そして、蜘蛛人間族も彼らの指揮の下、参戦していた。
「とうとう戦ね。
みんな、私達の力をお見せするチャンスよ。
張り切って行くわよ」
「「「はい。フラウ様」」」
「フラウ。
気負い過ぎ無いようにね。
普段通りの力を出せば良いから」
夜露が嗜める。
「皆、深呼吸をすると良いぞ。
夜露姉さんの言う通り、普段の力を発揮出来ればオーガにも十分通用する。
ボク達はそのように訓練してきた」
徹夜が言葉を繋げる。
「ええ、ええ。地獄を味わいましたとも」「私、途中でお花畑が見えました」「私は亡くなったお母さんが手を振ってるのを見たわ」「私も天国に居るはずのお祖母ちゃんが『こっちに来ちゃダメ!』って追い返してくれたの」
「とにかく、私達は生きてここに居るわ。
蜘蛛人間の存在意義を存分に示しましょう!」
どうやら、夜露達の施す訓練が相当厳しかったようだ。
普通、厳しい訓練を強いる教官には恨み辛みが募るのが常なのだが、蜘蛛人間族の彼女達にはそういうことは無かった。
実は、彼女達の訓練が終了すると、夜露と徹夜が夜霧に挑む模擬戦が始まるのであった。
その模擬戦の壮絶さと言ったら……。
夜露や徹夜の手足が飛ぼうが、腸が飛び出しようが、夜霧に一切の手加減は無かった。
「あ、あ……ヨツユ様のあの美しいお顔が!」
「半分無くなってる!」
蜘蛛人間達が如何に悲鳴を上げようが、夜霧は容赦しない。
「よ、夜露姉さん、少し下がってて!」
「あ、あんただって、脚が全部千切れてるじゃない!
私はまだ戦えるわ」
「ボ、ボクだって、両腕が健在さ。槍で突くことは出来る」
「甘い」
夜霧は、安全の為に作られたはずの訓練用模擬槍で徹夜の喉を突き、首の後ろまで突き抜けていた。
ゴボッ、ゴボボボッ。ぐはっ。
徹夜が何か喋っていたが、血溜まりに噎せ、言葉にならない。
それでも、徹夜は辛うじて妖術を放っていた。
風に土砂が舞い上がり、鋭い石礫と化し、夜霧を襲う。
ヒュルルルゥ。ズザッ、ズザザザザッ。
夜霧も槍で石礫を払うが、それが思いの外細かいので、全てを躱し切れない。
カンカンカン、タン、タン、パシッ。
「徹夜、よくやったわ」
徹夜の妖術が目眩ましになったようで、それに紛れて夜霧が夜霧に急接近する。
バシンッ。
すでに左腕を亡くし、右腕で槍を支えていた夜霧は、左腕の代わりに、左目辺りの顔面が無いにも関わらず、口で咥えて後ろ手とし、見事、夜霧の腹部を穿ったのであった。
「ぐふっ。
夜霧、徹夜、見事なり!」
夜霧が悶えながらも、二人を褒める。
ドサッ。
夜露は、夜霧の宣言を聞いて安心したのか、そのまま倒れ、失神していた。
「よし、これまで」
夜霧が終了を告げる。
それを聞いて、徹夜も這いずって来た。
「ごぼっ。
でも、夜霧姉さん。
そこは丹田の位置じゃ……?」
「しっ!
黙っておきなさい。
貴方達が初めて私から一本を獲ったのよ」
夜霧は、天狗一門でも一二を争うほどの気術の使い手である。当然、防御も優れている。
夜霧は、気絶した夜露を抱き寄せ、同時に徹夜も包容する。
「貴方達が成長していて、とても嬉しいわ。
さすが私の家族ね」
端から見て、非常に凄惨な場面のはずが、家族が抱き合う微笑ましい光景にも見えてしまうのは、美男美女揃いの妖の成せる業か。
そして、この状態が日々続いていたのであった。
もちろん、病院から軍事演習場内の診療所に詰めざるを得なかったキキとエリシャンテのため息が止むことは無かった。
絡新婦の訓練は厳しいものだった。そして、模擬戦はさらに凄まじいものであった。
夜霧は容赦ないですね。そうでありながらも、愛情も深い。妖の純粋さが溢れ出ていますね。
さて、次話は、ゴドー王国の最西、西砦にも目を向けてみましょう。
お楽しみに。




