第291話 禁断のでぃっぷ
ところ変わって、大樹のお屋敷。
今日も大樹の森の都には、心地好いそよ風が吹く。
ーーー 雪娘椿の視点です ーーー
今日も大樹のお屋敷に参りました。
次郎様にお夕飯を作って差し上げる為に。
と言っても、まだまだ主菜を作らせていただける段階ではないのですが。
もっともっと経験を積んで、いずれは主菜も作ってみせるのです。
ちょっと早めに厨房に到着しました。
わたしは一番の新参者ですから、一番最初に居ないといけないと思うんですよね。
本番前に落ち着く時間も欲しいですし。
あら? 厨房に誰か居る?
「誰にも見つかってないだろうね、リント君」
「はい。この時間はキッチンに誰も居ません。
ゴキ様達もまだ現れないはずです」
厨房の作業台に屈んでいるので、姿は見えにくいのですが、あの声は次郎様とリント?
「よしよし、まずは潜入に成功したぞ」
「今日は何をするのでしょうか?」
「フッフッフ、良い質問だ。
それは……」
あ、見えた。
次郎様が何か踊ってる?
なんか両腕を左右に振って、両手を前でクロスした思ったら後ろにのけ反ってる!?
危ないって思ったら、すぐに姿勢を戻して右手を天高く掲げてる。
それで終わりかと思ったら、正面向いて堂々としたポーズをお取りになっていた。
それに、「蒸着っ!」って何?
何かの儀式かしら?
「ただいまからディップの儀を行う」
次郎様が声高らかに宣言なさる。
「で、でぃっぷ、ですか?」
「そうなのだよ、リント君。
それはちょっとしたことのように思えて、実は味覚を司る神経に刺激を与え、我々を虜にする代物である。
ただし、下手をすると普通に戻れない危険性もはらんでいるので、要注意なのだよ」
「な、なんか、恐ろしげでもありますね」
「うむ。十分に気をつけたまえ」
こうやって、幼児姿の次郎様を見るのも良いですね。とっても可愛らしいです。
「んじゃ、早速取り掛かろうか」
「はい」
二人の切り替えの早さにちょっとびっくりしました。
二人とも立ち上がって、次郎様は成人姿に変化なさるし、リントと一緒に手を洗ってる。
何かお料理を作るのかしら?
「あ、あの~」
いつまでも黙っているのも申し訳なさそうなので、声を掛けます。
「「!!!」」
二人して、そんなに驚かなくても……。
「つ、椿ちゃん!?」「ツバキ様!?」
驚かすつもりはありませんでした。
「い、いつからそこに?」
「あ、えーと……。
誰にも見つかってないだろうねってところから……」
一瞬で次郎様のお顔が真っ赤になっていました。
「蒸着シーンを見られたぁ~」
「ジロー様、大丈夫です。
婦女子にはわからないことですから(ボクもですが……)」
成人姿の次郎様が照れてらっしゃるのもお可愛らしいですぅ。
「ええい、こうなったら!」
次郎様が突然わたしの肩を抱き寄せました。
お胸がドキドキします。
「椿ちゃんも仲間に入れる!
……ってことで、椿ちゃんも手を洗ってね」
「……あ、はい」
次郎様の抱擁はすぐに解かれてしまいました。残念。
「何をお作りなさるのですか?」
手を洗いながら、聞いてみる。
「うーん、作るってほどでもないんだよなぁ」
「ジロー様、鍋は三つで宜しいでしょうか?」
「OK。
椿ちゃんにはチーズソースを、リントにはチョコソースを作ってもらおう。
それぞれコンロの前に立ってね」
言われるがままコンロの前に立ちます。
「椿ちゃんは、鍋にバターを入れて、溶かしたら火を止めてから小麦粉混ぜてね。
ダマが無くなってから、牛乳を数回に分けて流し込んで、その都度混ぜ込むんだ。火は止めたままで良いよ」
まずは言われた通りやってみよう。
「リントの方は……」
次郎様がリントの指導に向いちゃった。
でも、わたしはわたしで目の前に集中する。
混ぜ混ぜ。
混ぜ混ぜ。
またまた混ぜ混ぜ。
「おっ、良い感じだね。
今度は弱火に掛けて、トロミがつくまで混ぜ込もう」
わっ、次郎様に褒めていただいた。
椿は頑張りますよ。
リントの方のチョコソースも気になるけど、そっちにまで気が回らない。
「うん。
トロミがついたね。
チーズを入れようか。
チーズは一度に入れて良いから。
全体が混ざるようにかき混ぜて」
まだまだ混ぜ混ぜします。
チーズが焦げちゃわないかと心配しましたが、ちゃんと混ぜれば大丈夫でした。
しっかりレシピを覚えておかなきゃ。
チーズと牛乳は1:1の同量。バターはその10分の1くらいで小麦粉もそれと同量くらい。
よしよし。
また何かの時に必要かもしれないしね。
「僕の方の牛乳もちょうど人肌くらいになったから、リントにパス。
こっちもよく混ぜて」
リントも混ぜ混ぜの儀式ね。
「椿ちゃんの方は完成だね。
……ちなみにだけど、このチーズソースを料理に応用するなら、この段階で塩を一つまみ入れるのもあり、だよ。
今日は要らないけどね」
あ、わたしのお料理の幅が広がるように指導してくださってる。さすがは次郎様。
「さて、リントの方も終わったね。
椿ちゃん、このチョコソースを冷やしてくれるかな?
少し冷える程度で良いよ」
「はい、かしこまりました」
リントのコンロに行き、両手でチョコソースの入った鍋を掴む。
ジュ。
音はするけれど、火傷は一切しない。一応、これでも雪女の眷属ですもの。
あとは妖術の冷気を出すだけ。
あ、ちょっと冷やすだけだったな。少し緩めにしよう。
うん。上手くいったと思う。
次郎様がヘラでチョコソースを確認している。
「ありがとう。もうこれで良いよ」
ふぅ。
繊細な調整が苦手なんだけど、なんとかなったぁ。
次郎様は、そのチョコソースとチーズソースを別々の容器に流し込み、隣の食堂に持っていくように頼まれました。
「ボクはお茶をご用意しますね」
「あ、リント。
ココアも用意しておいて」
さすがは次郎様。椿がココア好きなのを知ってくださってる。
とりあえず、わたしだけ先に食堂へ向かいます。
すぐに、リントがワゴンを押して入室し、みんなの分のお茶を淹れてくれる。
最後に次郎様の登場です。
両手にいっぱいの袋を抱えていらっしゃるけど……。
あ、それはもしや。
「はい、お待たせー。
ポテトチップスだよ」
わたしの大好きなポテトチップス。
いまや、大樹の森の都で普通に買えるお菓子。
今から、てーたいむって言うやつね。
リントがお茶を淹れ終わり、彼も着席する。
「では、いただきます」
「「いただきます」」
次郎様は、おやつの時でもきっちり手を合わせてらっしゃる。見習わないと。
「普通のポテトチップスも美味しいんだけど、たまにはこういうディップするのも良いと思うんだ」
次郎様がポテトチップスを一枚掴んで、わたしの作ったチーズソースに浸してから、お口に。
「うん。うまい!」
わたしも真似して……。
先にチーズの香りが鼻をくすぐり、舌にチーズの旨味とミルクのまろやかさが乗ったところに、パリッとしたポテトチップスの歯触り。
ああ、こういうのもあったんですね。
咀嚼を続けて気づきました。
先ほどの「今日は塩は要らない」って意味が。
元々、ポテトチップスの方に塩味がついてるんですものね。
チョコソースの方も挑戦します。
ん、これはこれでありなのかしら?
甘いのとしょっぱいのが同時に襲ってきます。
もぐもぐ、もぐもぐ。
最初は少し驚いたけど、食べ続けてると『これもあり』という感覚になって来ました。
不思議な感覚です。
あれ?
空の容器が二つもある。
「ああ、そうだ。
ド定番を出さなきゃね」
そう言った次郎様は、亜空間から取り出したものを空の容器に注ぎ出した。
「普通にケチャップとマヨネーズね。
ただ、マヨネーズの方は変に中毒性があるから気をつけてね」
普通のケチャップとマヨネーズでした。
でぃっぷするのも楽しくなってきたので、ケチャップとマヨネーズも試してみます。
元々じゃがいもに合う調味料だから、不思議は無いのですが……中毒性があるのかしら?
みんなで食べ進める内に、マヨネーズの消費が激しいことに気づきました。
「リント。
貴方、マヨネーズに偏り過ぎ」
「ツバキ様こそ」
え!? わたしも!?
リントに指摘されて、はたと気づきました。
わたし、さっきからマヨネーズのでぃっぷばかり繰り返していました。
こ、これは危険です!
自分では気づかぬ内に沼にハマっていくような想いにゾッとしました。
でも、止められないのです。手が勝手にマヨネーズの容器に行ってしまうの。
「二人ともハマっちゃったかぁ。
まあ、万人がそうだから仕方ないね」
そうです。不可抗力なのです。
「マヨネーズはこの辺にしておこうか」
あ、次郎様がマヨネーズの容器を取り上げ、亜空間にお仕舞いになってしまわれました。
リントと二人同時にがっくりと肩を落としました。
それでも、他のでぃっぷで誤魔化しつつ、このてーたいむを終えました。
「「「ごちそうさまでした」」」
最後もちゃんと手を合わせます。
でも、椿は少し大人の階段を昇った気がします。
なにせ、禁断のでぃっぷを知ったのですから。
ブルース・リー好き→アクションスター好き→世代じゃないけど宇宙刑事ものは観ました。
実際に格闘技やるとアクションものを観なくなりましたが、嫌いではありません。
→実際の格闘技やると、技の本当と演技が見えてしまって観なくなったのですが、年数が経つとアクションスターのアクションの凄さに気づき、また楽しめるように変化しました。
今ではディップという言葉は普通に使われていますが、作者の子供の頃はありませんでした。
おそらく、1ドル360円の固定相場から解き放たれた頃から、アメリカの食文化が日本に押し寄せた際に、徐々に浸透していったものと推測されます。
作者も一度、ポテチ&マヨディップにはハマりました。
美味しいですもんね。
しばらく続けていましたが、舌が異常と検知した為、辞めました。
適度が一番良いっすよ。
さて、次話は、新領地の穀倉地帯の防衛戦に纏わるお話です。
お楽しみに。




