第289話 ラミアの呪い
樹海の三族長との模擬戦を終え、一人一人に総評を述べていくケイン。残るは蛇人間のナーガ。
ーーー 三人称です ーーー
樹海の三人の族長達の連携の訓練を請け負ったケイン。
三人の現状を把握する為、大樹の森の都で飼われている魔獣達と模擬戦を挑ませた。
鳥人族のブラン、蜘蛛人間族のフラウローネに総評を下し、訓練目標を与えていった。
残るは蛇人間族のナーガ。
ケインがこれまでのいきさつをキキとエリシャンテに説明する。
「へぇ~、それで呪いを」
エリシャンテは一応納得したようだが、キキは通常の四足状態から立ち上がり、スタスタとケインに歩み寄る。
ポカッ。
「あいたっ」
通常の鎌鼬より二回りほど大きいキキが、二足状態になると人間よりも背が高い。そのキキがケインの頭を叩いたのである。
「キキキュオ。キュオキュオキキ。キッキ、キュオン」
「いやぁ、鎌鼬なら呪いも解けるんじゃないかと思ってたんですよ」
叩かれた頭をさすりながら、もの申すケイン。
ポカッ。
再度、叩かれるケイン。
「いってぇー。同じとこっすよ、もう」
「はぁ……。
とは言っても、呪いを受けると苦しいですよぉ。
三日三晩は苦しむことになりますぅ」
「っつつ……。
エリシャンテさん、お詳しいですね」
「私はぁ、一応ドラド族の呪い師でもありますからねぇ」
ドラドの族長であるエリシャンテは、呪術師である。その一環として治癒術を身につけているのだ。
「おお、これは朗報だ。
それにタイヨウのキキ様がいらっしゃるから万全ですね」
ここで一つ、ケインは大きな誤解をしている。
以前に、ゴドー王国から六英傑達と引き揚げた際に、真神や八岐大蛇が「呪いを与えることが出来る」と言っていたのを、呪いを付与イコール解呪も可能と考えてしまったことだ。
それに、神格を持った一部の妖なら解呪が可能なのだが、異世界の原住民のケインには妖への理解は難しかったようだ。
幸い、キキは次郎の加護を受けた後、「窮奇」と言う種族から「窮奇神」に上位変換された為、神格持ちとなっていた。
「ケインさん。
呪いを軽く考えない方が良いですよぉ。
キキ様が怒ってらっしゃるのもわかりますぅ」
二人にペコペコ頭を下げているケインのところに夜露と徹夜の姉弟が歩み寄る。
「キキ様、こういう能天気な輩は、一度呪いを受けるのも有り、とは思えます」
「そうですよ。一度苦しみを味わってみないと理解出来ません」
戦国の世から生き続け、住民全員が集落ごと呪いを受けた惨状を幾度も見続けた姉弟が言う。
「なんか……段々恐ろしくなってきたなあ」
ちょっと溢すケインだが、退く気は無いようだ。
「そう言うことだから、ナーガ、やっておあげ」
「は、はい」
夜露がナーガを促す。
「では、参ります」
ナーガがケインを厳しく見つめる。
そこには呪文も無く、静かに刻が流れるだけ。
だが、ナーガの額には大粒の汗が吹き出す。
(ん? なんだ、これは?
…………確かに、身体に違和感を感じる。
平衡感覚もおかしいのか?)
ケインが自分の身体に生じている現象に注目していく。
ケインの身体がグラつき始める。
(うぷっ。気持ち悪くなってきた。
でも、それだけだなぁ。
……身体が暑くなってきたか? いや、寒い?)
ケインは自分の身体に起こっている症状を観察しているが、思考が纏まらない。
(痛いとかではないが……立っていられない)
ケインは立っていられず、膝立ちに移行するが、さらに体勢を崩していく。
そして、とうとう大地に俯せに倒れてしまった。
「!!……!…………!!!」
(みんなが何か言ってる……が、よく聞こえないなぁ。もっとはっきり喋ってくれないと……)
「キキ! キキュオッ!」
「ナーガさん、そこまで! ストップ、ストップ!」
キキとエリシャンテが術者のナーガを制止し、倒れ込んだケインに駆け寄る。
エリシャンテが手のひらを翳し、キキの両目が爛々と輝く。
ポヨン、ポヨン。
キキに同行していた回復スライムもケインに覆い被さる。
「はぁ、はぁ、はぁ」
邪眼を解いたナーガの息が荒い。
そこに、エリシャンテを乗せてきた鎌鼬が現れる。
「キキ、キュオキュオ」
「す、座れ、と仰ってるのでしょうか?」
鎌鼬が前足で地面をポンポンと叩く。
ナーガは訝しげになりながらも、素直にその場に座り込む。
そして、その鎌鼬の両目が爛々と輝き、ナーガの呼吸が整い出す。
また、その鎌鼬の相棒である回復スライムがナーガの頭に乗っかり、徐々に顔を覆っていく。
「本日二度目ですが、気持ちの良いものですね。
ああ、本当に……」
ナーガの顔から一切の汗も無く、正常な呼吸を刻んでいく。
その場から騒音が消え去り、静けさが舞う。
「キュオ」
「ふぅ。
落ち着いたようですねぇ」
「ピピ」
キキの両目の輝きも元に戻り、エリシャンテの手も下ろされ、ケインを覆っていた回復スライムもポンポンと跳ねてキキの背に乗る。
大地に寝そべっていたケインも頭を振りながら身を起こす。
「いやぁ、助かりました」
「呪いを受けてその程度で済んで、皆様に感謝しなさいよ」
「本当だぞ。
呪いの状態から回復出来ることが奇跡に近い。
まあ、個人的にはもっと苦しんでも良かったんだがな」
口調とは裏腹に、心配そうな姉弟がケインを見つめる。
「ハハハ、ご心配をお掛けして申し訳ありません。
…………でも、これ……。本当に呪いでしょうか?」
ケインは、キキとエリシャンテの方を振り返り、問いただすようにじっと見つめる。
「それは……」
辛うじてエリシャンテが口を開くが歯切れが悪い。
キキも腕を組んで何かを考えている様子。
「呼んだ?」
突然そこに、お気楽で明るい口調の幼児が現れた。
5歳児姿の次郎だ。転移で現れたのだ。
『あらあら、なんとも珍しいメンバー構成ですね』
どうやら、サトリも一緒のようだ。
「「鈴木次郎様!」」「キュオ!」「ジロー様ぁ」「「「盟主様!」」」
「みんな、楽にしてね。
で、どういう状況?」
「はい、実は……」
ケインが立ち上がり、敬礼をした後、かいつまんでこれまでの経緯を説明する。
「かあぁー……なんでもっと早く呼んでくれないかなぁ。こんなに面白いこと」
『次郎様、こういう類いお好きですものね』
サトリもクスクス笑う。
◇◆◇
時間を少し巻き戻る。
大樹の屋敷の執務室。
そこには、次郎を始め、前鬼、後鬼、サトリが詰め寄せ、事務処理を進めていた。
当然、リントがお茶汲みをしている。
「うん? 何かな?」
突如、次郎が何もないはずの宙を見上げる。
皆は黙ってその様子を窺う。
「ん~、違う。これも違う……。
……違う……違う…………あ! 珍しいな。キキか」
次郎は、大妖の一人一人を思い浮かべては切り替えていき、キキに集中した際になんとなくピンッと来るものがあった。
「ほう? キキとは珍しいな」
「あの方もお忙しいのだから、助けてあげてね」
鬼夫婦が、それも当然、といった顔で次郎を見つめる。
「うん、行ってくるよ。
サトリもおいで」
『はい。お供致します』
「では、行ってきまーす」
「「行ってらっしゃい」」「行ってらっしゃいませ」
コポコポコポ。
次郎とサトリが消えた執務室に、リントが淹れるお茶の音が静かに響く。
「ジロー様のあの行動は何度か見知っておりますが、いつも不思議だな?って思うんですよね」
リントがお茶を淹れながら独りごちる。
「まあな。
神格を持った我らでも不思議と思うのだ。それも仕方あるまい」
「虫の知らせと言う言葉がありますが、たぶん、それと同系統の現象なのでしょう」
「いや、最初のそれは虫の知らせだとしても、特定の人物まで絞り込むことが出来るのだぞ」
「それこそ、"次郎だから"、なのではなくて?」
「そう言われればそうかも知れんが……」
前鬼も後鬼も、次郎の成せる技、と納得するしかなかった。
(ゼンキ様もゴキ様も、ジロー様の神業までは理解が及ばないんだ。
さすがは大樹の森の盟主、ジロー様だ)
リントの忠誠心がまた向上していた。
んん?
蛇人間の邪眼は、呪いとは違う?
次話で解説してもらいましょう。
また、次郎はご先祖様の次郎三郎よりも優れた"虫の知らせ"を持っているようです。
さて、次話は、蛇人間の邪眼の考察です。
お楽しみに。




