第286話 飯屋とパン屋と甘味処
今日の大樹の森の都は平和が訪れている。
そして、西地区のアーケード商店街は今日も賑わっているようだ。
ーーー 西地区へ引っ越した男の視点 ーーー
今日は公休日だ。
よって、いつもの如く、アーケード商店街でランチさ。
今日は休日なので、ランチタイムの混雑を避け、昼前に入店して食べ終わったところ。
いやぁ、しょうが焼き定食は良かった。
豚のロース肉を使っているはずが生姜でさっぱり食べられるんだものな。
また、ソースが絶妙なんだ。甘辛に仕上げられてて、白ごはんが進む進む。当然、ごはんのお代わりをしたぜ。満足満足。
ガラガラ。
「「「ありがとうございました♪」」」
店員達の明るい声に押されて退店すると、そこに見慣れた人がアーケード商店街を歩いてた。
「あれ? ソフィア嬢じゃないか」
「あら? これはエフェクト参与。ごきげんよう」
丁寧なお辞儀と共に挨拶をしてくれるソフィア嬢。さすがは元伯爵令嬢。様に成ってる。
「エフェクト参与もランチですか?」
「ああ、今ちょうど終わって出てきたところさ」
「ポーラ。
この方は行政庁のお偉方、カイ・エフェクト参与よ。
ご挨拶なさい」
「はい、お姉様。
ただいまご紹介に預かりましたポーラ・ピース・レイヤーでございます。以後、お見知りおきくださいませ、エフェクト様」
ソフィア嬢の傍らに居た少女が見事なカーテシー(貴族令嬢のお辞儀)を披露してくれた。
「ピース・レイヤー家と言うと……」
「ええ、私の妹でございますわ」
「道理でよく似ていらっしゃる」
「まあ……」
恥ずかしそうに頬を両手で押さえて悶えている姿も初々しい。
ポーラ嬢は未成年なのだろう。
ソフィア嬢は行政庁内でも有名な美女だが、ポーラ嬢も美少女だ。あと数年もすれば姉と肩を並べるくらいの美人になるだろう。
「ソフィア嬢達はこれから?」
「はい。
食材をいろいろ購入して行こうかと」
ふむ。ここは八百屋から精肉店、鮮魚店が揃っているからな。
「料理出来る人が羨ましいよ。
俺は専ら、ここに食べに来るか、出前だからな」
「まあ。
それではお身体に良くありませんわ。
お料理もバランス良く摂らないと」
いや、まあ、そうなんだけれどもなぁ。
「一軒家をご購入されたと伺っております。
それならば、メイドや家政婦などを雇えば宜しいのに」
よく知ってるな。家を買ったなんて、職場で誰にも話したことないのに。
ソフィア嬢の凄いのは、こういうところなんだ。一見、無価値と思える情報をストックして、他の情報とリンクさせるんだよな。
そして、それがいつも真実に近い。
行政庁職員として非常に高い分析力を持ってるんだ。
「いやぁ、料理がアーケード商店街の味と比較してしまう気がしてさ。どうにも踏み切れないんだ」
「うふふ。
エフェクト参与は美食家ですからね」
「ソフィア嬢ほどじゃないさ」
「それでは、お買い物をしなければならないのでこれで失礼しますわ。
ごきげんよう」
去り際も艶やか。姉妹揃ってお辞儀をしたかと思うと、颯爽と歩き出す。貴族令嬢の見本みたいな姉妹だな。
さあて、俺はどうしようかな?
酒屋に寄って、酒とつまみになる物でも買って帰るか。
あ、朝飯のパンも買わなきゃ。
最近発売されたパンが旨いんだ。惣菜パンと言うジャンルらしい。
パンの中や上に色々な具があって、バリエーションが豊富。その全てが白パンと来た。ここ大樹の森の都では、貴族でもないのに白パンが食べられる。価格も庶民的だ。
店主はやっぱりニホンジン。
盟主様達ニホンジンの文化は、我々より数段優れている。
ドワーフ達に言わせれば科学技術が、軍人達に言わせれば戦闘能力が、我々の常軌を逸してると言っているが、俺から言わせてもらえれば食文化の豊富さの方が凄いよ。
未だに未知の美食がどんどん出てくるものな。
よし、目当てのパン屋に着いた。
ガヤガヤ。
ああ、やっぱり混んでるな。
仕方ないな。ここのパンは旨いからな。
奥にイートインコーナーがあるが、そっちはほぼ満席のようだ。
早速トレーとトングを掴んでパンの陳列棚に向かう。こっちも客が多い。
が、導線が上手く作られてるからか、流れはスムーズだ。
ただし、狙いを定めておかないと、流れに押されて取り逃がしてしまうのが昼時の難点だな。
しかも、酒と肴を買った袋を持参しているので、ちょっと不利な状況でもある。
よし、ツナマヨパン、ゲットー!
コイツははずせない。
あとは…………あ、あった。塩パン。
コレは何か具が入ってる訳でもないが、口に入れた瞬間、小麦とバターの香りがフワッと鼻腔をくすぐりつつ、絶妙な塩加減が堪らないんだ。
塩パンにトングを伸ばす……が、少し届かない状態で他の客達に押されて掴めなかった!
よく見回すと、俺は主婦層に囲まれていた。
これが俗に言う「おばちゃんパワー」か。
主婦層は買い物のプロだ。俺ではとうてい敵うまい。
ここは大人しく、もう一周するかぁ。
「ほれ、あんた。
塩パン欲しかったんだろ?」
真後ろに居たおば……ご婦人が塩パンを俺のトレーに入れてくれた。
「あ、良いんですか?」
「良いも何も、あんたどんくさいからね。もっと素早く取らなきゃ、ここで生きてけないよ」
そうか。ここは主婦達の戦場か。
「ありがとうございます。助かりました」
歴戦の戦士の言葉だ。素直に聞いておこう。
「「ありがとうございました♪」」
なんか、どっと疲れたな。
こういう時は甘い物が欲しくなるな。
甘いパンも買っておくべきだったか。
かと言って、またあの戦場でもみくちゃにされる勇気は無い。
いや、甘い物はパン屋だけでもない。
久しぶりに疾駆庵にでも行くか。
あそこにもイートインコーナーがある。最近、増築されて席数も多いしな。
あそこのソフトクリームは旨かったものな。
そうだ、そうしよう。
「あら?」
「おや?」
疾駆庵の店前で再びソフィア嬢達とばったり会ってしまった。
「エフェクト参与もスイーツ目当てですか?」
「ああ、慣れない買い物でちょっと疲れたから、甘い物でもと……。
妹さん、動かないね」
ポーラ嬢がスイーツが並んだ食品サンプルのショーケースの前に陣取ってる。いや、目線は激しく動いてるから、硬直してる訳じゃなさそうだ。
「いつもの奥様のハシヒメ様が描かれた絵のメニューも素敵ですが、色鮮やかな食品サンプルの出来が素晴らしく、感動してしまっているようで……」
いや、わかる。ここのメニューが色鮮やかだからな。俺も惹き付けられてしまう。
「ポーラ、まだ決まらないの?」
「はうぅ……もうちょっと……」
食品サンプルの出来が良すぎて決められないんだろう。
「ソフィアさん、ポーラさん。
今の季節は春イチゴの出来が良いそうですよ。
イチゴパフェなんて如何だろうか?
よかったら、奢りますよ」
「「イチゴパフェ!?」」
おやぁ? 悩んでいたポーラ嬢だけでなく、姉のソフィア嬢まで俺の方を振り返って見つめてくる。そうまで美人姉妹に見つめられると、さすがに少し照れ臭い。
「お姉様、お姉様。
新作ですよね?」
「ええ、このパフェシリーズは全て新作ね。
たぶん、果物の収穫期に合わせて色々変化していくのね」
姉妹の顔がキラキラと輝いている。
「んじゃ、中に入ろうぜ」
「「いらっしゃいませ♪」」
「いらっしゃいませ。
あら?
ソフィアさんとポーラさんにカイさんもご一緒なんて、珍しい組み合わせね」
タイヨウのハシヒメ様だ。
「またお邪魔致しますわ」「お邪魔致します」
姉妹は常連客のようだな。
「ハシヒメ様、イチゴパフェを三つお願いします。
ここで食べて行きます」
「かしこまりました。ご案内しますね」
ハシヒメ様自ら案内してくれる。
ハシヒメ様は、四人掛けテーブルに案内してくれると、お茶を提供してくれつつ、話し掛けてくれた。
「こちらのパフェにはトッピングサービスがあるの。パフェと一緒に持ってきますね」
パフェにトッピング? なんだろう?
さほど待たされることなくイチゴパフェが届けられた。
「こちらもお好みでどうぞ」
イチゴパフェの隣に小さな容器を二つずつ皆の下にサーブしてくれた。
これは……。
「お姉様、お姉様。
アンコですよ、アンコ」
「アンコもそうですけれど、隣のチョコソースも嬉しい限りですね」
元々和菓子屋だからアンコが来るのは見た目でもわかりやすいが、チョコレートのソースもトッピングで出すのか。
なかなかやるな、店主のハヤテ様も。
「いつまでも眺めてる訳にもいくまい。
さあ、食べようぜ」
「「「いただきます」」」
俺もそうだが、この姉妹も食前の儀式にきっちりと手を合わせてる。しっかりした姉妹だ。
「はあぁぁ~……」
姉妹揃って、一口頬張って陶然としている。
こんな美人な二人のそんな姿に目のやり場に困る。
イチゴパフェに集中しよう。
カットされたイチゴを生クリームとアイスクリームごとロングスプーンで掬い、一口。
うーん。イチゴの甘味と酸味がバランス良く感じられ、生クリームがミルキーさとまろやかさを演出し、アイスクリームが舌を冷たく刺激する。
これは確かに、天井を仰いでしばらく茫然としてしまいそうだ。
しかし、スプーンを持つ手が止まらない。
ん? スプーンの先に違った感触がある。
容器を持ち上げ、透き通ったガラスを見通すと……ああ、カットされたスポンジケーキが入ってるんだ。
そのスポンジケーキを掬い出し、頬張ってみる。
うむ。イチゴと生クリーム、アイスクリームで慣れていた舌に違った感触が味わえ、変化があって大変宜しい。
その下にまたアイスクリームがあって、そのまた下にフレークが……と、変化が富んで良い仕上がりだ。
一番下のフレークなんて、アイスクリームが溶け出し、柔らかい部分とまだパリパリの食感が醸し出す絶妙なハーモニー。
うん?
思わず一息に食べてしまったようだ。
「アハッ……うふふ。
エフェクト参与ったら」
「お姉様。笑ったら失礼ですよ!」
「ふふ……だってぇ……」
「エフェクト様、エフェクト様。
お鼻の先にクリームが付いてますよ」
へ?
鼻先を指でこすってみる。
あ、指先に生クリームが。
「これは失礼」
指を舐め、おしぼりで鼻先を拭く。
「うふふ……失礼しました。
こういうエフェクト参与も可愛らしくて良いと思いますわ」
「私もエフェクト様は可愛らしいと思います」
女性の目線ではそう映るのかぁ? ちょっと恥ずかしいけどな。
「「「ごちそうさまでした」」」
三人揃って食後の儀式に手を合わせる。
ふぅ。堪能した。
「それではエフェクト参与。庁舎でまたお会いしましょう。
ごきげんよう」
「ごきげんよう」
美しい姉妹は一礼して去っていく。
うーん。今日も良い休日だった。
…………。
今度、パン屋での購入方法は本格的に作戦を立てて挑まないとな。
今日みたいに優しいおばちゃ……ご婦人が居るとは限らないからな。
さあて、帰るか。
家で酒でも舐めながら、のんびり過ごすとしよう。
あ、しまった。晩飯どうしよう?
まあ、いっか。
いつものように出前でも取れば。
アーケード商店街の飲食店が出前サービスしてくれるとありがたいんだがなぁ。
ここは忙しすぎて、そこまで出来ないものな。
帰り道にある定食屋に頼んでいくとしよう。
スイーツ姉妹と食の探求者がばったり遭遇。
カイは甘いものもイケルんですね。
さて、次話は、畜舎勤務兼軍人のケインが登場します。……と言うことは?
お楽しみに。




