第284話 妹とお出かけ その2
休日に妹のポーラを連れてアーケード商店街を訪れたソフィア。
そこに展示されていた食品サンプルに釘付けになるポーラ。
ーーー ある甘味好きな娘の視点です ーーー
公休日に妹のポーラと二人でアーケード商店街に参りました。
到着早々、ポーラが入り口にある疾駆庵の食品サンプルに釘付けになってしまいました。
今日の目的は疾駆庵ではないのに。
でも、その衝撃はよくわかります。
そう、それも先日のことでした。
◇◆◇
ヤキトリ屋の配置を決定した翌日、私は再度ドワーフ工房を訪れました。
「おや? ソフィアさんじゃねえですか。
行政庁の人がまたなんでこんなところに?」
ケルビン様に出迎えて頂きました。
「ごきげんよう、ケルビン様。
今日はクーガー様にご報告とお願いがございまして参りました」
「ははーん。
例のアーケード商店街の件ですな。
今、あいつは実験室に籠っていやすから、ご案内しやすよ」
「ありがとうございます。お願い致します」
クーガー様は何か研究されているのかしら?
お邪魔になってはいけないと思いつつ、こちらもお仕事です。ケルビン様のご提案に乗って、後について行きます。
コンコン。
「よお、クーガー。
邪魔するぜ」
ケルビン様は、ノックしたかと思った瞬間、実験室の扉を開けて、ずかずかと中に入って行くではありませんか。
「なんだ、ケルビンか。
返事くらい待ったらどうなんだ?」
「はん、ノックはしたぜ」
「ったく、おまえは……って、後ろに居るのはソフィアさんじゃないか。
ケルビン、客が居るなら居るって、そう言えよな」
ウフフ。職人さん同士の会話は、ポンポンって弾むようで、聞いてて心地好いですね。
「クーガー様、ごきげんよう。
昨日のヤキトリ屋の件をご報告に参りました」
それから、クーガー様と私は実験室に備えられているソファーでお打ち合わせをさせて頂くことになりました。
ヤキトリ屋の配置がクーガー様のご提案通りに「シン」の真向かいの店舗に決定したことと、以後はクーガー様にも店舗決定会議にご参加頂けるよう要請致しました。
会議出席の件は、事前にクーガー様のご都合をお伺いした上で開催することを条件に了承くださいました。
「ずいぶん出来たじゃないか」
ふと、存在を忘れてしまっていたケルビン様のお声が実験テーブルの方から聞こえてきました。
「触るなよ!
今、良い感じになってきたんだから」
クーガー様が慌てて立ち上がり、ケルビン様の下へつかつかと参ります。
私も興味が惹かれて、クーガー様の後について行きます。
そして、そこにあったのは……。
「クーガー様、お料理なさるのですね」
そこには、美味しそうなおウドンがありました。
輪切りになった小ネギとテンカス、そしてカツオブシが綺麗に盛り付けてあり、食欲をそそります。
「とても美味しそうです」
「お!? そうかい?」
「イケそうじゃないか?」
クーガー様とケルビン様がお二人がお互いのお顔を見つめあって笑っていらっしゃいます。
「美食家のお嬢様であるソフィアさんにそう言ってもらえるのは嬉しいね」
私程度が美食家なんて烏滸がましいですわ。
??? お二人とも、まだ笑いを堪えていらっしゃいます。
「ククク……。
でも、残念ながら、コイツは食えないんだよ。
このクーガーが作った偽物なんだよ」
え!? 偽物? このおウドンが?
「ほら、匂いがしないだろう?」
クーガー様がおウドンの器を持ち上げて、私の顔の前まで持ってきてくださいました。
そのまま器を受け取り、ふんふんと香りを嗅いでみますが、確かに香りがしません。……いえ、かすかに油のような香りがします。
でも、おつゆの表面に艶があってごくごく飲めそうです。でも、傾けてもおつゆはそのままの位置で動きません。おつゆが溢れない!
これは何?
おダシの良い香りがしないことから、これが本物のおウドンではないのはわかりましたが……いったい何なの?
「これは食品サンプルって言うんだ。
この食品サンプルが店前にずらっと並んでたら良いと思わないかい?」
「凄いですわ!
こんなものがお店の前に並んでたら、お客が惹き付けられるに決まっています!
こんなものを作ってしまわれるクーガー様は天才です!」
「いやぁ……褒めてくれるのは嬉しいが、それは俺の発明って訳じゃないんだよ」
クーガー様の説明では、盟主様が呟いた「ドワーフ工房ならサンプルを作るかも?」と言う言葉を聞いて創作に挑まれたようです。
ただ、飲食店でのサンプルと言う言葉だけでは、それが何を指すのかはわからなかったので、ニホンジンの方々に聞いて回ったところ、尾張三河屋の店主から情報を入手したそうです。
「飲食店でサンプルと言ったら、食品サンプルしかないな。
クーガーさん、あんた食品サンプルを作るのかい? だったら、ウチもお願いするよ」
「ああ、でも、アレ……結構難しいんじゃないか?
確か、専門の職人しか出来ないだろ?」
尾張三河屋の店主はお二人居るのです。
でも、このお二人から重要なことが聞けたそうです。
「参ったよ。
蝋でそんなことが出来るとは考えもつかなかった。
俺もまだまだだと思わされたよ」
「どうせなら、ソフィアさんにも作ってる様子を見てもらったらどうだ?」
ケルビン様の発言で、運良く見学させて頂きました。
色とりどりに色付けされた蝋で満たされたビーカーがいくつもテーブルに並んでいましたが、クーガー様は緑色のビーカーを掴んで鍋に入れていました。そして、それが温められ、やや大きめの水槽に流された時、蝋が水に浮き、薄い膜が生じたのです。
少し見計らったタイミングで、クーガー様が手でその膜を寄せ集め、最後には両手でくるくると丸めていきました。
あ! キャベツ?
それから、その丸めたものをまな板に持っていき、包丁で千切りにしていくではありませんか!?
出来上がった千切りキャベツ(偽物)も見事でしたが、クーガー様の包丁捌きも一流の料理人のようでした。
「な。こんな感じなんだ」
クーガー様はその千切りキャベツ(偽物)を詰まんで仰いました。
そのままソースやドレッシングを掛けて食したくなります。
思わず、私の喉が鳴ってしまいます。
「クーガー様!
これはアーケード商店街の……いえ、全飲食店の一大革命ですわ!」
「と言っても、これはまだまだ時間が掛かるんだよ。
今は、さぬき屋と尾張三河屋の2店の発注をもらってるだけで精一杯なんだ。
食品サンプル作りも結構深いものがある」
そうなんですの? それは仕方ございません。
「ん~、この段階まで来たなら、工房内で公開してウチの人員を増員しても良いんじゃねえか?」
ナイスですわ、ケルビン様。
結局、その翌日にはドワーフ工房内に食品サンプル専門の製作室が設けられることとなりました。
◇◆◇
……と言うことがございましたの。
あら? ポーラったら、今度はさぬき屋の食品サンプルの陳列の前で立ち止まってしまっています。
やっぱり、食品サンプルは効果覿面ですね。
近づく私に気付いたのか、ポーラはこちらを振り返ります。
「お嬢……」
「お姉様でしょ」
ポーラの言葉に被せます。
「あ、はい…………お、おね……お姉様」
最後は尻すぼみで聞き取りづらいですが、まあ、良いですわ。
「私、おウドンが食べたいですぅ」
今は午前11時30分。
そう、今日、アーケード商店街に来たのはランチが目的なんです。
「私もおウドンが良いですね。
なら、こうしない?
まだ行ったことの無いおウドン屋さんにするのは?」
「はい。
あ、でも、まだ行ったことの無いおウドン屋さんってありましたかしら?」
さぬき屋は、疾駆庵に近いからついつい多く訪れてしまっていますが、アーケード商店街には他にもおウドン屋がありますわ。
「ほら、見えてきましたわ。
あそこもおウドン屋さんよ」
さぬき屋からさらに奥に進むと、これも暖簾が掛かった店構えをしています。
やっぱりここにも食品サンプルの陳列棚が設けられています。ここはさぬき屋とほぼ同時に発注したから当然ですね。
「ここは、オワリミカワ屋と言う名前のおウドン屋さんですわ」
「お姉様、お姉様。
このサンプルで一目でおウドン屋さんってわかって良いですね。
わー、どれも美味しそう」
ポーラの目が輝いています。
このまま放っておいたら、いつまでもお店の中に入れそうにありませんね。
では。
「ポーラ。
このオワリミカワ屋は、ミソ煮込みウドンを名物として開店したのですよ。
でも、開店後しばらくして二つ目の名物が誕生したちょっと珍しいパターンのお料理もあります」
「え!? 名物が二つもあるんですか?」
「そうなの。
この土鍋で提供されるのがミソ煮込みウドン。
それで……あ、ありましたわ。こちらの器に入ってるのがトヨハシカレーウドンと言うの」
陳列棚に並べられている食品サンプルを指差し、それぞれの名物を教えてあげました。
「おじょ……お姉様は、どちらも召し上がられたのですか?」
「ミソ煮込みウドンは開店前の試食会で頂きましたが、トヨハシカレーうどんは開店後しばらく経ってから登場したものですから、まだなんですよ」
「じゃあ、そのトヨハシカレーうどんにしましょう!」
未知の食べ物ってワクワクしますよね、と言うポーラは本当に可愛いですわ。
「では、参りましょう」
「はい♪」
~~~ 余談 ~~~
クーガー様に食品サンプルの製作を見せて頂いた時から数日後、クーガー様はさぬき屋の食品サンプルを持参して盟主様に謁見されたとのこと。
盟主様もお褒めになるであろうと予想されましたが、なんと、お叱りになられたそうです。
何故? あのクオリティで?
「いやぁ、参ったよ。
てっきり合格をもらえるもんだと思ってたんだがなぁ」
クーガー様も落ち込んでいました。
「バカモン!
そう易々ともらえるものか!?
盟主様はワシらドワーフの神であらせられるのだぞ」
ドアン様のお言葉です。
盟主様って、お叱りになられる時もあるのですね。
私ども行政庁職員には一切そのようなことはありませんけれども。
あ、今一瞬、ヤクト様とエフェクト参与のお顔が蒼白になった姿が脳裏に浮かびました。あの時は、大樹のお屋敷からのお帰りになられたんでしたっけ?
盟主様は、役職の高い方には厳しいのでしょうか?
「ドワーフであるワシらはまだマシじゃ。
ことが戦に関わると鬼と化すのじゃぞ。
ゼンキ様やサトウ将軍なんて、しょっちゅう叱られとるわ。
…………まあ、おまえも盟主様にようやく叱られる領域に来たっちゅうことだな」
「嬉しいやら悔しいやら複雑な心境だなぁ」
盟主様と謁見の場。
「今日は盟主様に見ていただきたいものがあります」
「へえ、何かな?」
「はい。
こちらの食品サンプルです」
クーガー様は、例のおウドンの食品サンプルをお出ししたのです。
「ほう? 食品サンプルね」
盟主様は、しばらくその食品サンプルをじっと眺められていたようです。
「さぬき屋か」
盟主様は一目で看破されました。
「クーガー。
おまえ、うどんを食べる時、どうやる?」
「え? 食べる時ですか?
そりゃ、こうやって箸で持ち上げて……」
「うどんってさ、その食べる直前が一番美味しそうなんじゃないか?」
「!!!」
盟主様が仰るには、麺を持ち上げてそこで止めることを「箸上げ」と言うんだそうです。
「だいたい悪くはないと思うけど……料理は一番美味しそうなところを切り取らないと。
箸上げだと不足していた躍動感も出るんだがな」
「一番美味しそうなところ……躍動感……」
「まあ、クーガーがそれで良いんなら、良いさ。
ご苦労様」
盟主様にしては素っ気ない言い方ですね。
ドワーフ工房に戻られたクーガー様は、鼻息荒く憤慨されていたと思ったら、激しい落ち込みをされていました。
私は、例のヤキトリ屋の内装工事期間のお打ち合わせでドワーフ工房を訪れていましたので、よく知っています。
「ソフィア嬢、済まないな。
クーガーがあの状態じゃと、今日一日は使いもんにならんじゃろうな。
明日、もう一度来てくれんか?」
「ええ、それは構いませんが……」
「なあに、明日になれば気分も一新して、いつも以上に取り組むじゃろう。
まったく、ジロー様もドワーフの扱いが上手いもんじゃのう」
うう~ん……盟主様なりの励ましなのかしら?
食品サンプルって、昭和のノスタルジーを刺激しません?
でも、誕生はそれより以前の大正初期なんですって。
食品サンプルは、海外からも評価が高いそうですが、それは実用性というよりはアートとしての評価。ジャパニーズ・アートですね。
また、3Dプリンターの普及で職人さんの数が減っているそうです。今や日本全国で数百人ほど。
ですが、趣味として、食品サンプル造りの教室は流行っているそうです。
こういう日本独自の技術は廃れず、いつまでも続いて欲しいなぁ。
さて、次話もこのお話が続きますが、視点が妹のポーラちゃんに移り変わります。
お楽しみに。




