第280話 第一次湖東調査隊 その9
雪娘の椿と付喪神の雲外鏡が玄武の前に立つ。
ーーー 雲外鏡の視点です ーーー
同じ旧い存在の玄武に会えたのは僥倖じゃったが、あろうことか、対戦することになろうとは。
まあ、椿の嬢ちゃんに言われては仕方なし。ワシの孫娘みたいなものじゃしなぁ。
おっと、そろそろ開始じゃな。
「行くぞ」
玄武が飛び掛かってきた。
いや、四肢はそのままに身体だけがこちらに接近してきた。
その四脚を伸ばすのは先程見たからわかっていたが、こんな動きの者と対戦するのは初めてじゃな。
まずは嬢ちゃんの術からだな。
ワシらの前に氷の壁が発生した。
ドンッ、バキィッ。
分厚い氷が玄武の体当たりで崩れ去った。
だが、"そこ"にワシらは居らんぞ。
「さすがはお爺。
ちゃんと背後に移動してくれる」
玄武の体当たりが着弾する寸前、転移を発動。場所は玄武の背後。
嬢ちゃんが褒めてくれるのは心地良いのぅ。
その嬢ちゃんは、転移仕立てなのに、もう次の術を発動しておるわ。
嬢ちゃんは両腕を前に翳し、氷の槍を出現させると、すぐさま射出していた。それも大量に。
ヒュオオォォ。シュン、シュンシュンシュンッ。
玄武は振り返る間もなく、被弾していく。
「ぐおおっ!
こ、この娘も雪女なのか!?」
玄武は、本体をそのままの位置に四脚を戻して、ようやくワシらに向き直る。
「ホッホッホ。
日ノ本の妖もやるもんじゃろ?」
「ふふん。
どれ、私の術も披露するとしようか」
玄武が身動ぎすると、その周囲にいくつもの火炎弾や風弾が浮かび上がる。
それらが十以上発生したな、と思った時には、こちらに向かってきた。
さすがは玄武。
ただ単純に射出するだけでなく、弧を描くものや時間差で射出するものも含まれておった。
さらに、射出先がワシらの居る箇所だけでなく、己の左右や背後にまで行う徹底ぶり。
ワシの転移対策じゃな。
ならば、逆も有りじゃ。
「嬢ちゃん、連続で撃て」
「ん」
嬢ちゃんの返事が聞こえた瞬間、転移を発動。
シュッ。シュシュッ。シュッ。シュシュッ。
玄武の全方位から嬢ちゃんの氷槍が襲い掛かる。
ワシらは、玄武のありとあらゆる周囲に現れては消え、現れては消えを繰り返す。
嬢ちゃんも当然、防御も忘れてはおらん。ワシらの前面に氷壁を創りながら、攻撃の手も弛めておらぬ。
「やるな!?
だが、我もこれだけではないぞ」
そう言った玄武の周囲から、何やら霧のようなものが吹き出した。
毒霧や幻術の類いかや?
その怪しげな霧を空間ごと転移させて排除していくが、次から次へと湧いてきよる。
「お爺、心配ない」
嬢ちゃんが手を振ると、その妖霧が天空に巻き上がって行くではないか。
ゴオオォォォッ。
ほう。
そう言えば、嬢ちゃんは天候の申し子であったな。竜巻を発生させて妖霧を取り除いたか。
「次、行く」
嬢ちゃんがそう言った途端、周囲の気温が急上昇した。
湿度も高いようで、付喪神のワシですらかなり不快だ。
雪女は、温度と湿度を支配する妖だが、今度は高温に転じたようじゃ。
「な、何っ!
今度は熱波だと!?」
玄武が驚くのも無理はない。
ワシじゃって、雪女と聞けば氷雪を操る妖怪じゃと思っておったわ。この異世界に来るまではな。
かなりの熱波で、さすがの玄武も相当苦しんでおるようだの。
「嬢ちゃん、もうここまでにしておけ。
いくら湿度を上げたからと言うて、これ以上の高温は周囲が発火しかねんぞ」
「…………ん。
お爺がそう言うなら」
そして、嬢ちゃんの術が一斉に消失した。一瞬で熱波の名残りも湿気も一切が無い。
ワシの鏡面を撫でる風が心地良いくらいじゃ。
「のぅ、玄武や。
これにて終いでどうじゃ?
ここは大樹の森。
我が主がお治めになる領地じゃ。周囲の環境に及ぼすことは罷りならんのじゃ。許せ」
「雲外鏡の申し出を承知した。
いやぁ、倭国の雪女は凄まじいな。感服した」
玄武も了承したか。
「では、そこの羽民よ。
オヌシが最後であるな」
こぉんのバカタレ。まぁだ続けるつもりか!?
たまらず鈴木様の方を伺うが、肩を竦めてため息をおつきになっておった。
「アイツ、私達を無視した!」
「姉さん、落ち着いて。
僕らは夜霧姉さんと一緒に居るから、一緒くたにされたんだと思う」
うむ。夜霧と徹夜は、夜霧に寄り添っておるからの。さすがの玄武もこの三人を相手するのは避けたのかも知れぬな。
まあ、正確には夜霧を避けたんじゃろうが。
後鬼様の人選は、言い得て妙と言うことに尽きる。
だが、太郎坊を抜きにしなかったのは何故じゃ?
太郎坊が鈴木様をじっと見つめておる。
「太郎坊。
自分で決めな。
行くも行かぬも、君次第だ」
太郎坊は、一つ頷き、玄武の前に歩み寄る。
「我輩は愛宕山太郎坊。天狗の一族なり」
太郎坊は、亜空間から槍を取り出すと中段の構えを取る。
「我は玄武。
中華古の大妖怪なり。
お互いの武を存分に振る舞おうぞ!」
玄武もやや頭を低くして構えを取った。
そして…………一瞬で勝負がついた。
ワシらが次に見たものは、何らかの術を吐き出そうとした玄武の開いた口腔内に、太郎坊の槍先が突き出されていた姿だった。
太郎坊の槍は十文字槍で、槍先が喉奥から頭部を、槍身の左右の鎌刃が玄武の両頬を威嚇したまま静止しておった。
太郎坊のヤツ、今まで実力を隠しておったな。
その槍もどうせドワーフ工房一の刀匠と吟われたドアンの作じゃろうな。
あ~。玄武がその状態では話すことも出来んじゃろう。
「勝負あり!」
代わってワシが終了宣言を唱えた。
太郎坊は槍を退き、玄武に一礼し、鈴木様にも一礼。そして、ワシにも対して一礼してきた。
どこまでも律儀な者よのぉ。
~~~ 余談 ~~~
「お爺。
うぷ…………ちょっと気持ち悪い」
椿がしゃがみ込む。
「済まぬ、嬢ちゃん。
連続で転移を続けたからのぅ。
転移酔いしたか。
鈴木様、申し訳ございませんが、嬢ちゃんの回復をお願い致しまする!」
次郎が駆け込んで来て、椿に治癒スキルを発動する。
「お爺、気にしなくて良い。これは椿が弱いせい。
帰ったら、修行させて欲しい」
次郎の治癒を受けながら、椿は雲外鏡を見つめる。
「わかった、わかった。
帰ったら、いくらでも付き合おう。
嬢ちゃんの気が済むまでのぅ」
それを聞いて安心したのか、椿は目を閉じ、次郎に抱かれたまま眠りについた。
「鈴木次郎様。
椿は私が……」
「いや、良い。
僕が背負っていく」
次郎は、同族のスミレの進言を振り払って、自らが背負う。
~~~ 余談 ~~~
太郎坊と玄武の対戦が終わった直後。
「何!? あれで終わりなの?」
「夜霧姉さん。
太郎坊さんって、あんなに強かったの?」
「能ある鷹はってやつね。
私にもその力量を読ませなかっただけじゃなく、烏天狗様にも匹敵する……いえ、状況によっては上回る恐れも……」
絡新婦の三人組もその結末には驚いてた。
そこから少し離れた場所に次郎と後鬼は居た。
「太郎坊も本来の実力を見せなければならないほどの相手だった訳だ、玄武は」
「大陸から遠く離れた私達にも噂が届くくらいだもの。当然よ」
「烏天狗の言ってた通りだね。
大妖と言って良い力量だ」
「そう名乗るかは本人次第だけどね」
椿ちゃんと雲外鏡のコンビは強かった!
そして、天狗の太郎坊はさらに。
さて、次話は、湖東調査隊のお話の締めです。
お楽しみに。




