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第276話 第一次湖東調査隊 その5

 絡新婦(じょろうぐも)の夜露(よつゆ)が指差すその先には……!?

ーーー 三人称です ーーー


 夜露(よつゆ)が指差す先に皆が目をやる。

「ただの木?」

「いえ、木に蔓が巻き付いてるわ」

「でも、その花、なのかな? なんか変じゃない?」

「「「変な花ね(だな)」」」

 樹海の三人衆が首を傾げている。

「次郎様、アレにゃに?」

「…………」

 アヤメが次郎の顔を窺う。が、次郎は黙ったまま、厳しい顔でその植物を見つめ続けている。

「少し待ちましょう。

この状態の次郎は静観した方が良いわ」

 後鬼(ごき)は、アヤメの肩に優しく手を置いて促す。

『ええ、その方が良いでしょう。

今、次郎様の脳が激しく思考してます。

皆さん、次郎様の指示あるまでその場に待機してください』

 サトリが皆に待機を命ずるが、その口調は心配そうであった。

 それが伝染したのか、皆が心配そうに次郎を見つめる。

 その視線の先の次郎の額には大量の汗が噴き出していた。


 バチッ。

「うっ!?」

『次郎様、もうそこまでに。

これ以上はあなた様の脳が焼き切れてしまいます』

 どうやら、サトリが次郎の思考に強制的に介入したようだ。

「サ、サトちゃんか……!?」

『はい。

お叱りは後でいくらでもお聞きします。

ですが、これ以上は危のうございます。

私の判断でお止めさせていただきました』

 サトリの術で思考の集中を弛めることが出来た次郎は、大きく息を吐き出す。

「ふぅーっ。

いや、止めてくれてありがとう」

「あつっ!

次郎様、頭が熱すぎにゃ。

椿(つばき)ちゃん、早くこっちに来て!」

 アヤメが次郎の額に手を掛けるが、想定以上に熱が籠っていたのか、思わず手を引っ込めてしまう。が、意を決したように再び手のひらを次郎の額に重ねる。

「ああ、アヤメの手は気持ちいいね」

「バカにゃこと言ってにゃいの。ちょっとここに座りにゃさい!」

 アヤメにしては語気が強めだ。

 次郎も素直に言うことを聞き、その場に座り込む。

「アヤメお姉様、代わります」

 椿(つばき)が駆け込んできた。

「お願い。冷やしてあげて」

「はい。

次郎様に負担が無いよう心掛けます」

 アヤメに替わり、椿(つばき)が次郎の額に手を当てる。

「椿(つばき)。ゆっくりとよ」

 スミレの掛け声に椿(つばき)は頷く。

「椿(つばき)。

額だけじゃなくて、脇の下も冷やしてあげて。

私が首の後ろをやるから」

 後鬼(ごき)が異空間からタオルを取り出す。そこに氷術で氷を産み出し、簡易な氷のうとした。それを次郎の首の後ろに宛がう。

 緊急の解熱には、太い血管のある首の後ろや脇の下、足の付け根を冷やすと良いとされている。後鬼(ごき)は救急の知識もあるようだ。


「次郎様、失礼します」

 椿(つばき)は椿(つばき)で、次郎の脇の下にそれぞれの手を差し込み、ゆっくりと冷やしていく。

 椿(つばき)は、その変わらぬ表情からは読み取り難いが、内心は大いに緊張していた。

 自分の妖術で産み出した冷気が強くなり過ぎないように細心の注意を払っていた。しかも、その対象者が自分が最も尊敬し、愛している男だからだ。

(いつもお姉様方には「制御が甘い。細かなのは特に!」って叱られてばっかりだけど、今回ばかりは絶対に失敗しない。するもんですか!)

 内心の葛藤を抑えつつ、出来るだけゆっくりと冷やしていく椿(つばき)。

 ふと、次郎の顔を見てみると、ニッコリと微笑んで椿(つばき)を見つめている。その目は信頼感に溢れていた。

(はあぁ……次郎様がわたしを見つめている)

 この事で、椿(つばき)はまた一つ別の葛藤に苛まれるのだが、それはまた別の話。


「アヤメ、後鬼(ごき)、椿(つばき)ちゃん、ありがとう。

もう落ち着いたよ」

 次郎は三人にお礼を言いつつ立ち上がる。


「それで、結局何なの、あの植物は?」

 後鬼(ごき)が代表して次郎に問いただす。

「うん。

おそらく魔物だ」

「ええ!?

植物にゃのに?」

「だが、植物系魔物(トリフィド)とは似ても似つかないが?」

 次郎の回答にアヤメとライデンが即座に反応する。

 植物系魔物(トリフィド)は、ヤンバル国が属国化する際に大樹の森国に献上してきた為、皆よく知っている。

 献上された植物系魔物(トリフィド)は、成体と幼体の両方だが、どちらもよく飼い慣らされている状態だった為、住民に危険は無い。

 その植物系魔物(トリフィド)の幼体の見た目は、そこらの若木と変わりはないが、成体も一見通常の樹木の姿をしている。動物系とは違って、目鼻や口も無い。唸りもしない。

 ただし、彼らは"動く"のだ。

 もちろん、風によってではない。自らの意思で蠢くのだ。

 野生の植物系魔物(トリフィド)は、普段は動かずじっとしているが、獲物である動物がそばに来ると牙を剥く。

 獲物の捉え方は個体によって様々だが、よくあるパターンをここに記す。

 獲物が自身の根元に来ると、突然地中から根を突き出し、檻籠のようにくるむ。そして、その檻の隙間から鋭い枝先を射すのだ。それも数十本。

 獲物が息絶えてもしばらくその状態が続く。枝先から獲物の養分を吸収しているのだ。

 よって、冒険者達は、枝先が赤黒く変色しているかどうかで植物系魔物(トリフィド)を識別している。

 もちろん、中には根の先で吸収し、普段は地中に隠しているものもいる。そういった冒険者泣かせのものも居るので、一筋縄では行かない。

 植物系魔物(トリフィド)は元は植物なので、光合成もするし、地中から養分を吸収する。実は、動物の養分を吸収しなくても生きていける。

 ただ、動物を襲って養分を吸うものは発育が良く、強靭である。


 対して、件(くだん)の植物は、葉らしきものが全体の上半分のあちらこちらに生えており、それが両の手のひらを開いている形状をしている。また、その葉先に鋭い爪のようなものまである。

 地球の植物で言うとハエトリグサが一番似ているだろうか。

 ただし、一点ハエトリグサと大いに違う部分がある。

 それは、葉が生えている上半分とそうでない下半分の境目に、大きな壺状のものが存在しているのだ。これはウツボカズラにそっくりだ。

「地球の植物のハエトリグサとウツボカズラが合体したみたいな形状をしている。

どちらも食虫植物として有名だね。

ただコイツ、樹木に巻き付いてるけど、その根元を追っていくと……」

 次郎の言葉の通り、その植物の根元を確かめてみると、樹木の根元の地面に刺さっていた。

 だが、その周りには穴がいくつも開いていた。それはちょうどその植物の根が入るサイズ。

「たぶん、その植物が開けた穴だと思う。

……つまり、ソイツは植物系魔物(トリフィド)と同じように動くことが出来るんだ。

まあ、食虫植物の中には動くものが元々居るんだけどね」

 一般のハエトリグサは、葉の表と裏の細胞の水圧を変化させることで、急速に葉を閉じることが出来る。その際、葉の先に並んだトゲが鉄格子の如く獲物を閉じ込め、逃げられないようにした上でそのまま押し潰す。そして、獲物の体液を吸収するのだ。

 通常のハエトリグサは、一匹の昆虫を一週間ほど掛けて栄養を吸い尽くす。


 よく見てみれば、次郎が魔物と称した植物の根元には、カラカラに干からびた巨大昆虫の脚や触覚などが散らばっていた。残る大きいはずの身体の部分は、おそらく巨大アリに持っていかれたようだ。


「僕もこの植物は初見だけど、移動まで出来る植物は、おそらく魔物だと思う」

 次郎は、地面に空いた穴を指差しながら、そう述べた。

「「「ほうほう」」」

「んじゃ、襲われる前にヤっちまうか?」

 皆が次郎の解説に感心している中、ライデンは背中に掛けた弓を構える。

「ん~……、そうだな。

その前に対象の初動を確認したいかな。

ライデン、あの葉の根元付近に赤いトゲがあるだろう?

それを2回射ってくれないか?」

「ああん?

ああ、あの牙みたいに見えるヤツか。

根元の方の…………、ああ、赤いのが数本あるな」

「たぶん、それが触覚毛だと思う」

 ハエトリグサは、葉の根元付近に獲物を感知する触覚毛というセンサーがある。

 そこに、二度刺激を与えると葉が閉じて獲物を押し潰すのだ。一度の刺激では反応しない。風に飛ばされた砂粒等の誤動作を避ける為だ。

「ふ~ん。

なんかわからんが言われた通り、赤いトゲを射貫けば良いんだな? それも2回」

「頼む」

 ライデンは、腰に据え付けた矢筒から二本の矢を取り出し、二本を同時に引き絞る。

 狩猟民族であるエルフならではの技だ。

「ライデン、ちょっと待った」

「? どうした、盟主様?」

 次郎の声掛けに引き絞った弓を弛めるライデン。

「同時に中てるんじゃなくて、順番にお願いしたい。ちょっと間を置く感じで」

「ふ~ん。

そっちの方が楽だけどな。

んじゃ、二射目のタイミングで声掛けてくれ」

「オッケー」

 構え直すライデン。



 この異世界、地球とよく似ているが、根本的に何かが違う。

 魔素と言う物質が加わるとこうまで変わるのかって感じです。地球と似ている分、余計に混乱するのかもしれませんね。


 さて、次話は、ある種族が大喜びするあるものを発見します。

 お楽しみに。

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