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第270話 休日の昼食 後編

 西地区のアーケード商店街にあるさぬき屋に行政庁のカイと盟主の次郎が訪れた。

 高鳴る胸を抑えつつ調理に掛かる店主のコニー。

 そして……。

ーーー コニーの視点です ーーー


 常連客のカイさんが来店。

 カイさんは休日らしく、混むランチタイムより早めに来てくれた。

 そして、そんな時に一大事件が起きた。


 盟主様のご来店。

 尊敬するイチさんやスズさん、ヌウちゃん一家が崇め奉ってるスズキ・ジロー様ご本人が。

 カイさんと一緒に新メニューの肉ワカメウドンをご注文頂いた。

 「かしこまりました」とは言ったものの、カウンター席から離れる際に足が震えたのが自分でもよくわかった。

 落ち着け、落ち着くんだ、私。

 いつも通りに振る舞えば良いんだ。


「肉ワカメウドン、二つ入りました」

「「「エイヤー!」」」

 従業員達の掛け声で少し落ち着けた気がした。

 茹でる麺を掴んだ時、少し手が震えた。

 調理に集中しなきゃ。私は店主なんだもの。

 ふぅ~。

 一度深呼吸する。

 よし、調理開始。

 麺を煮えたぎる釜に備え付けてあるテボ(振りザル)に投入し、魔石タイマーのスイッチを入れる。

 この魔石タイマーもドワーフのクーガーさんの仕事だ。

 麺の茹で方は、師匠のスズさんからは「感覚で上げろ」と教わり、それで試験もパスしてお店を持つことが出来たが、それだと全てを私一人で回さなきゃいけなくなって店舗運営は出来ない、とクーガーさんから魔石タイマーを導入させられた。

 なるほどそうか、と思ったが、あとあとよく考えたら、これも盟主様の助言だったのかもしれない。

 だって、クーガーさん、大食漢だけれども、お店の経営は素人なんだもの。

 盟主様って、お料理の腕も相当なんだけど、お店の運営にも明るい人なのよね。

 さっきの指摘だって、自分でお店を経営してないとわからなくない?

 盟主様って、どんな過去を持ってるんだろう?

 興味はあるけど、突っ込んで聞く勇気も無い。


 ピピピピピ。

 おっと、麺の茹で上がりだ。

 湯で温めた丼に湯切りした麺を開ける。

 すぐに煮込んだ牛肉を入れ、ワカメも投入。

 普通は天かすと刻みネギも添えるものだが、ウチは客席に備え付けてあり、お客様の好きに盛り付けられるようにしてある。

 最後におつゆを入れて完成。

 よし、我ながら落ち度無くスムーズに出来たと思う。


「お、お待たせしました」

 出来上がったウドンをカウンター越しに盟主様とカイさんに提供する。

「コニー、ダメだよ。

カイに先に提供しなきゃ。

お客様に優劣をつけるのは、注文した順序だけ。そこには身分も何も無いからね」

「も、申し訳ありません」

 やらかした!

 全くもって盟主様の言う通りだ。

 ふと、カイさんの顔を見ると、「え!?」という顔をしてた。

 行政庁のお偉い様のカイさんでさえ気付かない。大樹の森の都に住んでる人なら何も不思議に思わない。

 だって、盟主様は盟主様なんだもん。

 でも、サービス業の一員としては失態。

 これはスズさんに叱られるなぁ。


 それからメニューに関してもアドバイスを頂けた。

 さんぷる? さんぷるってなんだろう?

 後でクーガーさんにでも聞いてみよう。


 お二人共、ウドンを平らげてくれた。

 おつゆまで完飲して。

「店主。いつもの頼む」

「はい。かしこまりました」

 カイさんのいつものご注文を用意する。

 ウドンの丼を退いた後、そこに並べていく。

「へぇ~。

カイは納豆を食べられるんだ」

「はい。ついこの間からですが」

「じゃ、僕も頼んじゃおう。

コニー。僕の分もお願い」

「はい」

 盟主様もシンさんと同じニホンジンだから召し上がるのね。


 盟主様にもナットウごはんを提供する。

「カイ。

納豆を除くと卵かけご飯になるけど、より美味しい卵かけご飯のやり方って知ってる?」

「?

存じ上げません」

「まあ、僕もいつもする訳じゃないから、どうでもいいって言えばどうでもいいってんだけどね。

こういう方法もあるってことさ」

 そう言って盟主様は生卵の入った器と白ごはんのお茶碗を引き寄せた。

 コンッ。

 生卵を器の角で割ってみせて、白ごはんの上に流す。

 白身だけ。

 割った二つの殻を上手く使って、黄身だけを殻に乗せ、白身を白ごはんに流していく。

 そして、黄身を器に入れ、下に重なった器を外してそこに割った殻を入れる。

 箸で白ごはんと白身を混ぜていく。

 白ごはん全体がツヤツヤしたら混ぜ終わり。

「コニー。

小皿くれる?」

「あ、はい」

 盟主様のご要望にすぐ小皿を提供する。

 すると、盟主様はその小皿に人差し指を翳し、水を垂らした。

 盟主様の神水だ。

「これは普通の水ね」

 その小皿の水をナットウに垂らしていく。

 それから、普通にナットウを混ぜていく。

 ナットウを混ぜる時にお水がある方が良いの?

 見てると、あっという間にナットウが白く混ざり終わってる。

「無くても良いんだけど、ホンのちょっぴりの水があると納豆が早く混ざるんだ」

 へぇー!? 初めて知った。

 イチさん一家とよくご飯を一緒に食べるけど、誰もそんなことしないから知らなかった。

 盟主様は、混ぜ終わったナットウにショウユとカラシ、ネギを入れ、全体を馴染ませるように優しく混ぜていく。

 そして、そのナットウを白ごはんの上に。

 真ん中を箸で軽く凹みを作って黄身をそこに。

 最後に、黄身にショウユを二、三滴垂らしてた。

 シンさんもそうだけど、盟主様の作り上げるナットウごはんも綺麗。

 ニホンジンなら当たり前なのかな?

 あれ? でも、イチさんやスズさんはやらないよなぁ。


「ま、こんな感じ。

でも、面倒だからやらない人も多いね」

「いえ、シンさんもいつもやってました」

「ハハハ。

新之丞しんのじょうは根っからの料理人だから」

「ええ!?

タイショーもやってたのかぁ。

教えてくれれば良かったのに」

「シンさんも、『これは正式な作法でも無いし、面倒だから』って仰ってました。

でも、ナットウにお水を加えるのは、シンさんでもやってませんでした」

「ああ、それはそうかも。

これを知ってるのは、現代被れというか、よく情報にさらされてる人だけかもね。

アヤメとか弁天は知ってそうだけど」

 スーパー料理人のシンさんも知らない情報?

 私も後でやってみよう。


「う、旨い!」

 カイさんが唸ってる。

「店主。

これからはこのやり方にするから頼むぞ」

「はい。お水もご用意しておきますね」

 カイさんが盟主様に向き直った。

「料理って、やっぱり奥が深いというか、広いですね。

私は調理はさっぱりなんですが、食べる方でも新しい発見が続々見つかります」

「料理人に転職するかい?」

「いいえいいえ。

自分で作るのはさっぱりなんです。

パンを焼いて食べるのが精一杯です。

それでも、焼きすぎたり、毎回バターやジャムの量を間違える始末。

調理には全く才能が無いのは自覚しています」

 自虐しながらニカッと笑うカイさんは、ちょっと可愛い。

「そうかぁ。

カイみたいな性格は料理人に合ってると思ったんだけどな。

ほら、お好み焼き試食会の時もソースの具合をこと細かく分析してたよね。

ああいう探究心が旺盛なところとか」

「まず、ヤクト様が転職を許すとは思えませんが」

「それもそうか」

「「ハッハッハ」」

 お二人も楽しそうで良かった。

 でも、料理下手だと仰ってるカイさんも、盟主様がプロデュースすると、一流料理人になっちゃうような気がするけど。

 あ、そうすると、行政庁が上手く回らなかったりするのかな?

 私は元々お料理を作ることが好きだったから、お店を持つことが出来たのかもね。

 そこに一線があるのかしら?


「「ごちそうさまでした」」

 くす。こんなところまでお二人の息がぴったり。

「ではな、店主。

また来る」

「はい。お待ちしております。

ありがとうございました」

 ガラガラ。

 会計を済まされたお二人が退店されていく。

「「「ありがとうございました」」」

「カイ、ついでで申し訳ないんだけど、明日のことで……」

 ピシャン。

 扉が閉まってもうわからないけど、お二人共仕事モードの顔つきで退店していかれた。

 そこで、お二人共国の重鎮だったことを思い出した。

 『そこには身分も何も無いからね』

 盟主様のお言葉をよく噛みしめよう。もう同じ失敗はしないように心に刻む。

 盟主様、ありがとうございました。

 コニーは、これからも頑張ります。


~~~ 余談 ~~~


 後日のさぬき屋。

 そのカウンター席でモリモリとうどんを食す大食漢が居た。

 ドワーフ工房のクーガーだ。

 すでに五杯のうどんを完食していた。

「ごちそうさん。

相変わらず旨いなあ、ここのウドンは。

麺がしっかりしていて、食った、って感じられる」

「毎度たくさん召し上がって頂いて、ありがとうございます」

 店主のコニーがカウンター越しに挨拶する。

「で、話ってのは?」

 クーガーは、入店早々コニーから相談があると持ちかけられていたが、「まず、腹を満たしたい」と要望し、先にうどんを啜っていた訳だ。


「はい。

新しくメニューを作りたいと思いまして。

クーガーさんの知り合いで絵の上手な人は居ないのかな?って」

「絵?

メニューに絵かい?

ああ、疾駆はやがけ庵がやってるやつか」

「そうです、そうです。

奥様のハシヒメさんが描いたらしいんですが、とっても素敵ですよね。

あんな感じにしたいんです」

「なるほどねぇ。

まあ、ドワーフ工房(ウチ)には絵描き出来るヤツはごまんと居るさ」

「まあ、良かった。

なら依頼致します」

「わかった。

選定した上で適任者を近々寄越すようにするさ」

「ありがとうございます。

それと……」

 コニーが顎先に人差し指をついて、何かを思い出す仕草をする。

「ええと、なんだったかな?

…………あ、そうそう、さんぷるだ。

さんぷるって何ですか?」

「さんぷる?」

「はい。

盟主様がそう仰ってました。

実は……」

 コニーは先日の件をクーガーに説明していく。

「ほお~、盟主様がな。

こっちの業種で言うサンプルってのは、見本とか標本って意味だが……飲食店でサンプル?」

 今度はクーガーが腕を組んで考え込み出した。

「ああ、あの。そんなに気になさらないでください。

盟主様も軽い口調でしたし」

 クーガーが手のひらをコニーに付きだす。

「いや、盟主様がドワーフ工房(ウチ)なら作ると言ったんだろ?

これはウチへ挑戦状を突きつけられたようなもんだ。

それに、久々の盟主様案件。奮い立たないドワーフは居ない。

コニー、この案件、俺に任せてくれないか?」

「え、ええ。クーガーさんさえ良ければ。

では、盟主様に直接お伺いするんですか?」

「それじゃあ盟主様も驚かんだろう」

「え? それじゃどうするんですか?」

「フッフッフ。

大樹の森の都にはニホンジンは多く居る。

彼らなら知ってる可能性があるさ」

「なるほど」

「よし、このままウドン屋巡りと行くか。

店主達の誰か一人くらいは知ってるかもしれん」

「まだ食べるんですか?」

あったり前さ。

一軒のウドン屋で五杯ずつって決めてるのさ」

 大食いには慣れているコニーも、呆れながらもニッコリと笑う。


 それから1ヶ月もの間、ドワーフ工房に籠りっきりになるクーガーだった。



 ドワーフのクーガーは、相変わらずの大食漢っぷり。

 そのクーガーが食品サンプル作りに挑むようです。

 あれは完全に職人芸ですよね。

 あのスパゲッティやラーメンなどの麺を箸上げしたサンプルがイメージにあります。


 さて、次話から新章が始まります。

 実は、大樹の森で未開の地がまだまだ残されているんですよね。そこに挑むお話です。

 お楽しみに。

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