第269話 休日の昼食 前編
平日のお昼前、西地区のアーケード商店街を歩く男が一人。商店街のゲートを潜って行く。
ーーー カイの視点です ーーー
今日は平日だが、俺の休日。
有給休暇ってやつだ。
盟主様の取り決めで、年間で120日以上の休日を入れなければならない、とのお達し。
個人的には嬉しいが。
でも、そのおかげで業務が効率的に進められた。いや、効率を向上させないと休日を消化出来ないのだ。
ダイクン王国時代に会計局に勤めていたが、当時の上役が一人では処理出来ない案件をよく部下に押し付けてきたものだったが、大樹の森国の行政庁ではそういうことが全くない。
ここでは、上役陣が一人一人の力量を把握し、それに見合った仕事をきっちり振り分ける。
そう、業務の細分化が為されているんだ。
この大樹の森国の制度が肌に合っていたようで、主任止まりだった俺が、あれよあれよという間に参与にまで昇進出来た。
おかげで給料も上がり、この西地区の結構広い家に引っ越すことが出来た。
盟主様、感謝致します。
で、昼食を採ろうとアーケード商店街に来た訳だ。
ふむ。今日はウドンの気分だな。
よし、ではあそこに行こう。
ガラガラ。
さぬき屋の扉は横開きだ。
「いらっしゃいませ~♪」
うん。今日も明るい声が出迎えてくれる。
その声に導かれるように、いつものカウンター席に座る。
ランチタイムにはちょっと早い時間だから空いてる。
「あら、カイさん、いらっしゃいませ」
女性店主が笑顔で挨拶してくれる。
「今日はお早い時間なんですね」
「休日なんだ」
「まあ、それで。
シンさんのお店は夕方からですもんね」
いや、赤提灯の店は昨夜行ったから。休日前夜だったから、ジーン達と結構深酒してしまったよ。
彼らも作戦終了後で連休だったらしく、付き合ってくれた。
ヘイズルは酒に弱いくせに酔いつぶれるまで付き合ってくれるものな。
ジーンと副長に両サイドを支えられて夜道を帰るのが、いつもの風景だ。
「何になさいます?」
「今日は、そうだな……。
ん? 肉ワカメウドン?」
「ああ、この間、師匠から教えていただいたばかりの新メニューなんです。
牛肉を甘辛く煮込んだものとたっぷりのワカメをトッピングしたおウドンです」
「ほう……」
ガラガラ。
「いらっしゃいませ~♪…………!!!」
その新メニューを頼もうとした時、新たな来客があったようだ。
店員のいつもの明るい声がやや震えていたようにも聞こえた。
それに振り向いてみると、なんと盟主様じゃないか!?
成人姿の盟主様がニコニコと笑顔でこちらにいらっしゃる。
「やあ、コニー。元気してた?」
「は、はい!
め、盟主様もご機嫌麗しゅう」
「やめてよ、そんな堅っ苦しい言い方」
盟主様、それは無理かと。
思わず、女性店主に同情の眼差しを送る。
「おや? カイじゃないか。
カイもお昼ごはんかい?」
「はい。
今日は有給休暇を使ってお休みをいただきました。
どうせならと、混む前に来た次第です」
「うんうん。
さすがはカイだね。
上の者が率先して有給休暇を取得してくれれば、下の者も取りやすくなるよね」
いや、実際そうなんだよな。
元々一番トップのヤクト長官が半休や休暇をしっかり取るお方だから、我々も同じく休暇を取りやすいのは事実だ。
「カイ、隣良いかい?」
「もちろんでございます」
盟主様は、ご自分でカウンター席の椅子を引き、サッと座られた。
「すみませーん。
お客様にお茶をお出して」
「は、はい!」
さすがは店主。
盟主様の雰囲気に呑まれながらも、戸惑っていた店員に仕事をさせる。それも嫌味無く。
「カイは何にしたの?」
「いや、これから注文をするところでしたが……何でも新メニューがあるとかで、それにしようかと思っていたのです」
「へぇ~、どんなの?」
ここは俺じゃなく、女性店主に話させようと目配せを送る。
「あ、はい。
肉ワカメウドンです」
「良いね。
じゃあ、僕も肉ワカメうどんで」
「かしこまりました」
女性店主が一礼して厨房の奥に引っ込んでいく。
女性店主のお辞儀も綺麗な所作だったが、その額に一滴の汗が見えた。
わかる。
何せ、相手は食の神と謳われるお方だ。
あの赤提灯の店のタイショーですら、料理を提供する際は、冷や汗が止まらなかったそうだ。
俺もヤクト長官に同行して、宰相の後鬼様に会計報告をするが、その場に盟主様がいらっしゃる時がある。
その時ばかりは、ヤクト様共々ゴクリと喉が鳴ってしまう。
なにせ、盟主様は微に入り細を穿つお方だ。
後鬼様も似たような感じだが、数字に関しては盟主様の方が上だ。
盟主様は数字から物事を読み取るのが卓越しているんだ。
会計報告書には数字しか並んでいないのに、そこに何があったのか、担当者のどのような思惑があったのか、というストーリーまで語られる。そして、それがその通りなのだ。
もちろん、改善すべきアドバイスまでされる。
たとえミスがあったとしても、盟主様がお怒りになることも、我々がお叱りを受けることも無いが、我々行政庁職員はある種の地獄を味わうのだ。
今の女性店主も同じ思いをしていることだろう。
「お、お待たせしました」
女性店主自らカウンター越しに料理を提供する。
盟主様、俺、という順だ。
「コニー、ダメだよ。
カイに先に提供しなきゃ。
お客様に優劣をつけるのは、注文した順序だけ。そこには身分も何も無いからね」
「も、申し訳ありません」
俺も何も不自然に思わなかった。
言われてみれば、全くその通りだ。
「今後は気をつけて。
それから、新メニューを出したんなら、もっと分かりやすくしなきゃ」
盟主様がメニュー表をパラパラめくりながら仰ってる。
「グランドメニューとは別に、一枚のメニュー表で『新メニュー 肉ワカメうどん』って入れると良いと思うよ。
そこには、どんな肉なのか、ワカメの食感がどうなのか、全てが調和するとどう味わえるのか、とか説明してもらえれば、僕は嬉しいな」
ほらな。
ただ指摘するだけでなく、改善案もアドバイスしてくれる。ウチの会計報告の時と同じだ。
「ありがとうございます。
ぜひ、そのようにさせていただきます」
「あと、料理の絵もあると良いんだけどな。
前鬼や橋姫が上手なんだけど……」
どちらもタイヨウの方じゃないですか!?
「む、無理です!
畏れ多いです」
それが一般市民の反応だ。
「そっか……。
ねえ、カイ。
誰か絵の上手い人知らない?」
こっちに来た。
「そうですね。
ドワーフ工房の皆さんは、だいたい上手いのではないでしょうか?」
「ああ、盲点だった。
彼らの作る調度品の彫り物も優れていたな」
ドワーフ工房の作り上げた盟主様専用の竜車の彫刻を見た時は、感動に打ち震えたものだ。
「コニー。
ドワーフのクーガーは知ってるよね。
彼に相談してみな。
彼本人は初期ドワーフの一人だから忙しいかもしれないけど、彼なら適材の人材を紹介してくれるよ」
「はい。
クーガーさんとはこの店の内装でお世話になりましたから、よく知っています。
今度頼んでみます」
「ドワーフ工房だと、絵どころかサンプルを仕上げちゃうかもね。ハハハ」
「「さんぷる……?」」
盟主様から謎の言葉が出たが、ウドンは熱いうちに食べないともったいない。今は無視する。
スープを一口啜る。
ズズ。
うん、いつも通り旨い。
麺も行く。
ズズ、ズゾゾゾゾッ。
麺の表面はなめらかでありながら、麺自体はもっちりしてる。
麺を噛みきる時のプッツリした感触が堪らない。
くぅー、ウドンにして良かった。
よし、肉を麺に絡めて食べてみよう。
おう、これは良いな。甘辛く煮込んだ牛肉をサヌキウドンが優しく包んでくれる。
旨いじゃないか。
そして、大量のワカメも麺と同時に啜っていく。
ううーん、これも良い。
海藻独自の味わいが口いっぱいに広がり、牛肉の味をリセットしてくれる。
「ねえ、コニー。
七味はあるけど、一味は置いてないの?」
「は!?
申し訳ありません。置いてませんでした。
今度、仕入れておきます」
「いや、この七味、かなり良いものだし、僕はこれで良いんだけど……。
これ、鈴蘭が作ったやつじゃない?」
「よくお分かりで」
作った人までわかるのか!?
俺には辛味調味料の違いなんて、判別出来ないぞ。
「さすがは鈴蘭だな。一朗太が褒めちぎるのもよくわかる。
でも、牛肉の甘辛煮には一味が好きな人も多いから、用意しておいた方が良いかな」
「そうなんですね。
気付きもしませんでした。
助言、ありがとうございます」
「いや、師匠が凄すぎると、こういった細かなことは気付きにくいのかもね」
「たまに様子見で来てくれて、新しいことを教えてくれるんですが……。ホント、スズさんが遠すぎて途方に暮れる時もあるんです」
「ハハハ。師匠の壁が高いことは良いことさ」
「さすがに七味は無理過ぎて、スズさんから仕入れさせて頂いてます」
「うんうん、それでいいと思うよ。
一味はスミレんとこの調味料研究所で仕入れられるから」
「はい、そうします」
なんか、凄い会話が聞けた気がする。
まあ、俺からしたら何だって良いさ。旨いものが味わえるんならな。
よし、ウドンを食い終えたぞ。
では、いつもの行っとくか!
今日はカイ君のお休みの日なんですね。それも有給休暇を取得して。
どうやら、うどんが食べたくてさぬき屋へ来たようです。
次郎は、相変わらず、食には細かいですね。
さて、次話は、このお話の続きです。
カイ君の「いつもの」と言えば……。
お楽しみに。




