第268話 だし巻き玉子 後編
大樹のお屋敷の晩餐が始まる。
今日は少女が一人追加になったようだ。
ーーー 椿の視点です ーーー
大樹のお屋敷の晩餐に招かれたわたし。
代わりにお料理のお手伝いもした。
「「「いただきます」」」
みんなで手を合わせて、お食事が始まった。
「…………」
次郎様、相変わらず一言もしゃべらず、もりもりと食してらっしゃる。
こうして一心不乱に食事をする男性って、なんて魅力的なのでしょう。ずっと眺めて居られる。
「ほら、椿。貴女も食べなさい」
ユキお姉様から指摘が入ってしまった。
そうですよね。新参者のわたしがのそのそと食べ続けるのも不味いですよね。
周りを見渡すと、皆さん、もう半分以上召し上がってる。
食べるのが遅すぎたら、失礼になっちゃう。
まずは、主菜の鰆の塩焼きに手を伸ばす。
パク。
ゆっくらとした身が舌の上に寝そべると、旨味が口いっぱいに広がる。ふわわぁ~んって感じ。
ああ、鰆って、やっぱり春のお魚なんだなって確認出来る。
鰆の旨味がまだ口の中に残っている内に、白ごはんで追いかける。
うん。日本人で良かったと思わせる、淡い甘味が舌を覆う。
その余韻が消えぬ内に、副菜にも箸を伸ばす。
シャクシャク。
軽く湯通ししたもやしをポン酢で和えたんですね。嬉しいのは、梅干しと大葉を細かく刻んだものも含まれており、かつお節を振りかけることで複雑な味わいも加味されている。
簡単なようで、全ての調和が取れていて凄い。
もやしのシャキシャキ感を残しながら、味が染み込み易い柔らかさに熱を通してる。
梅干しや大葉の量もポン酢の酸味を打ち消さないバランスがとても良い。
これをアヤメお姉様が拵えたんだ。凄いな。
お味噌汁にも口をつける。
ゴクリ。
ホッとする味。
やっぱり、お味噌汁って、日本人には欠かせない。
タマモお姉様が作るお味噌汁は白味噌だから、少し甘い。それが他のお料理と上手く調和してる。
あ、里芋が入ってる。ホクホクして、とっても美味しい。
ああ、また鰆の塩焼きを味わいたくなってる。
これが完成された日本のお食事。
お姉様方に追い付くのは、いったいいつになるんだろう。
わたしも頑張らないと。
さて、わたしの作っただし巻き玉子も口にしなきゃ。
あれ? 焦げてない。
だし巻き玉子の一切れを箸で返す返す眺めてみたけど、焼き色はついているけれどお焦げが見当たらない。
最初に焼いたのは失敗したから、わたしが食べるはずだったのに。
ああ、タマモお姉様が切り分けされる際に省かれちゃったのかな?
反省。
それはそうよね。あんなものを大樹のお屋敷で出したら大変だもの。
気を取り直して一口頬張る。
あれあれ? 甘くない。
わたし、次郎様が好きな甘い玉子焼きにしたはずなのに。
でも、これはこれで美味しい。ごはんが進む味。
ふと、タマモお姉様の方を窺うと、目配せを返された。……ううん、コレ知ってる。ウィンクって言うんだ。この間勉強した横文字。
まさかと思って、隣のだし巻き玉子を頬張れば、こっちは甘い。わたしが作ったやつだ。
なるほど。
確かに、これなら両方味わえて、皆さんも飽きが来ないだろう。
わたしの作った甘いだし巻き玉子とは別に、タマモお姉様が甘くないだし巻き玉子を作ったんだ。
え!? あの短い時間で?
はぁ~。お姉様方が遠く感じる。
あっ! 待って待って!
次郎様が箸で持ち上げただし巻き玉子、焦げてない?
アヤメお姉様とタマモお姉様が箸で持ち上げてるだし巻き玉子も表面が焦げてる。
しかも、お姉様方、可愛らしくペロって舌出してる。
や、やられた。
ああ~。次郎様がわたしの失敗しただし巻き玉子を口に入れられた。
それまで豪快に食されていた次郎様の動きが一瞬止まった。
うぅ~、地獄の時間だわ。
でも、再び豪快に召し上がり始めた。
(イジメではないから許してね)
サトリお姉様!
(そもそも、次郎様が召し上がりたいと仰ったのよ)
え、次郎様が?
(最初の失敗作を知れば、調理時のクセがわかるって)
わたし、お料理はまだ未熟なんです。
(そんなのは最初から皆知ってるわよ。
そう落ち込むこともないわ。
次郎様がそういう言い方をしたってことは、つまり、今後も厨房に立つことが許されたってことよ。
良かったわね)
え、え、えぇー!?
い、良いんでしょうか?
(なら断る?)
いえ、次郎様のお側に居たいです。
(じゃあ、頑張りなさい)
はい!
あ、でも、そういうことなら、わたしも食べないと。
(そう言うと思って、用意してあるわ)
『リント』
「はい。ただいま」
リントが小皿に乗っただし巻き玉子を一切れ持ってきた。
うん。これは最初に失敗したわたしのだし巻き玉子だ。
なんか悔しくて、キッとリントを睨む。
「な、なにか?」
「いいえ。
ありがと」
その失敗しただし巻き玉子を口にすれば、表面に少し苦味が感じられ、中身もややパサついている。
不味くはないけど、美味しくもない。
…………これがわたしの原点。
忘れないでおこう。
◇◆◇
「ごちそうさまでした」
「「「ごちそうさまでした」」」
幸せと羞恥がごちゃ混ぜになった晩餐が終わった。
「小娘よ。
あの玉子焼きはヌシがこさえたものらしいな」
ジジイがまたぬかすか!?
「なにか!?」
「……悪くはないな。
ワシは甘い方が好きだがな」
ジジ……おほん、お爺もたまには良いことを言う。
「精進せえよ」
「……わかってる」
「うむ。ではな」
雲外鏡のお爺は、そう言って食堂から退室して行った。
お片付けをしている最中に三人娘のお姉様方から話し掛けられた。
「椿ちゃんももう少し頑張るにゃ」
「はい。お姉様方を手本にさらに精進します」
「でも、アヤメを基準に置いたらダメでありんす。この娘は天才肌だから」
『そうね。
アヤメばかりを見てると、落ち込むだけになるわ。
覚えるのは、感覚じゃなくて技術の方ね』
やっぱり、そうなんだ。
タマモお姉様の方は、流れるような所作で美しく、いつまでも眺めていたくなってしまうけど、アヤメお姉様の方は、一つ一つの動作が速すぎて細かいところが見て取ることが出来ない。
「ええー。
にゃんか貶されてるみたいにゃ」
「じゃあ、魚のさばき方は?」
「そんにゃの簡単にゃ。
頭をこうトンって落として、押さえながらお腹をシュパっと」
「はぁ……で、切り身の大きさは?」
「んにゃもん、フライパンで焼くって言ってたから、それに合わせて切るだけにゃ」
『ね。理解出来そうで出来ないでしょう』
こういう人、居る居る。
アヤメお姉様。本人は凄いけど、教えるのが下手っぴなのね。
「にゃんにゃのよ、もう!」
サトリお姉様とタマモお姉様が笑ってる。
うふふ、わたしもつられて一緒に笑ってしまった。
『あ、そうそう。
椿、私は朧という種族で鬼ではありませんよ。決してね』
ぶるるっ。
しばらく、頭の中でサトリお姉様の含み笑いが木霊してるのが消えなかった。
わたしは、三人娘の中で一番怒らせたらダメな人を重々認識出来た。
~~~ 余談 ~~~
「八咫烏もそうだけど、真神も人化するのは珍しいね」
夕食後、皆でお茶を啜ってる際、次郎が真神に話し掛ける。
「この方が食事するには良かろうと思いましてな」
そこには、銀髪の精悍な顔付きをした男性が居た。可愛らしい少年姿の八咫烏とは真逆の存在だ。
「ボクも、ごはんの時だけこうしていれば良かったね」
「どっちでも良いさ。自分がしたい方で。
ただし、前もって厨房にどちらの姿か伝えてくれると良いね」
「「いや、今後もこの姿で」」
二人共、食べ終われば元の姿に戻るとのこと。
「ハハハ。
今日はちょっと騒がしかったけど、もうちょっと続くのかもしれないね」
実は、人化した姿で現れた二人を見て、大樹の屋敷に勤める使用人達が少しバタつきを見せたのである。
特にメイド達が腰砕けになったようだ。
屋敷では、しばらくイケオジ派と美少年派の論争が続いた、とのこと。
椿ちゃん、お疲れ様でした。
料理は美味しく堪能出来たようで、良かったね。
ここでしれっと真神が人化を初披露していたようですね。
そのイケメンぶりは、メイドさん達の狼狽え具合でよくわかります。
さらに、彼女達が喜んだのが美少年の登場。実は、八咫烏の人化も大樹の森の都では初のお披露目でした。
さて、次話は、行政庁のカイ君のお昼ごはんのお話です。
お楽しみに。




