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苦節八十年、真実の愛を見つけました。

  ワシ、80才は幼ない頃から、真実の愛を探していた。


 絵本に描かれるような、運命の相手との打算や思惑のない美しい愛を熱烈に望んでいた。


 孤児じゃったからか、単にそう言う性分なのかは分からんが、これだけは叶えて死ぬくらいの覚悟じゃった。


 ワシに、初めて彼女が出来たのは、大学二年生の時じゃった。


 黒髪ショートの上品な話し方、まさに、ワシのタイプで、あの人となら真実の愛を見つけられると確信した。


 あの人は苦学生じゃったので、ワシがデート代も携帯代も払っていた。

 恋人の為に働けるのが幸せじゃったが、バイト帰りあの人が見知らぬ男と手を繋いでラブホテルに入っていくのを見てしまった。


 ワシが問い詰めると、あの人は悪びれることもなかった。


『バレましたか、では、別れましょう

 最後だから言いますが、あの人が本命、あなたは保険です』

 

 ワシが世界に絶望したあの日の夜、事件は起きた。


 ワシの部屋の隣には、キャバ嬢が住んどった。


 深夜や、朝方に仕事帰りの彼女にすれ違うといつも酒の匂いがした。


『死ね死ね死ね、あーーふざけんなよ! マジ殺す!!!』


 彼女の部屋からは、よく気狂いのような叫び声が聞こえてきた。


 その夜、ワシは部屋で一人枕を濡らしていると、玄関の扉が開けられて、彼女が入ってきた。


 彼女はいきなりワシの上に、乗ってきた。


 そのまま、ワシのズボンに手をかけた。


『あれ? なんかいつもよりデカくね?

 まぁいっか、キャハハハ』


 酔っ払った彼女は、部屋だけじゃなく、セフレとワシを間違えて、襲いかかってきたのじゃ。

 

 ワシは愛を安売りするキャバ嬢を毛嫌いしとった。

 何より、SEXは、真実の愛を見つけた相手としかしないと決めていた。


 じゃから、普通なら抵抗して、殴ってでも彼女を止めた筈じゃ。

 じゃが、あの人に振られ愛を見失い自棄になっていたワシは、快楽に流されるがまま童貞を卒業した。


 次の日。全裸で目覚めた彼女に事情を説明した。


「ウケるんですけど〜!

 道理で、腰の動きが下手くそだと思った

 ちょっと思い出してきた、うる覚えだけと

 あんた童貞でしょ、宝くじに当たった気でいたんでしょ〜」


 彼女は、わしを責めることもなく、大爆笑していた。

 流されたワシの自業自得じゃったが、酷く汚れた気がして、真実の愛が遥か遠いた気になった。


 その日以降、生活リズムが真逆のワシらは、会うことはほぼなかったし、たまにすれ違っても会釈する程度じゃった。

 

 じゃが、三ヶ月後。


 彼女が突然わしの部屋に来た。


 ワシが玄関の扉を開けると、おもむろに、クラッカーを鳴らした。


「大当たり〜〜〜!!!パッパッラ、パッパッラ〜

 私妊娠しました〜〜〜!!!

 ゴム無しでやったん、あれが初めてなんだよね!!!」


 何を言ってるのか、一瞬理解が追いつかなかった。


「私産むけど、どうする? 結婚する??

 それとも逃げる???」


 彼女は大爆笑しながら、ワシに人生の決断を迫った。


 夫になり父親になる。


 それはワシの人生の目標じゃった。


 じゃがそれは、真実の愛を見つけた相手と。


 当然、彼女のことなど愛していなかった。


 むしろ生理的に嫌いだった。


「まぁ、所詮男なんて

 女をオナホとしか見てない性欲ザルだから

 私お金あるし、逃げたいなら、それでいいよ」


 彼女も結婚しなくていいと言っていた。


 やっと失恋のショックから立ち直り、真実の愛を探す為に、出会い系アプリを入れたばかりだったのに。


 じゃからワシは次の瞬間には、土下座していた。


「僕はあなたを愛せない!!!

 だってあなたは、運命の相手ではないから!!!

 でも、結婚して下さい!!!お願いします!!!」


 ワシには、自分の為に子供を犠牲にする強さも、夢を諦める思い切りもなかった。

 まして中絶など、恐ろしすぎて口に出せる筈もなかった。


 一番楽な方へ逃げた。


 ここからの人生、ワシは楽な方へ逃げてばかりじゃった。



 彼女も孤児じゃったので、その日の内に役所に行きワシらは結婚した。


 帰り道、彼女が『ウェディングケーキ(笑)』と言って、ショートケーキを奢ってくれたので、ドブ川を眺めながら食べた。

 

 青い海が見える教会で、結婚式を夢見ていたのに、実際はドブ川が見える河川敷じゃった。


『よろしくね、えっとあんた名前なんだっけ?』


『ああ、そうだった、そうだった

 さっき、見たばっかりなのに

 キャバ嬢なのに、どうも人の名前覚えるのが苦手なんだよね

 名前とか、どうでもいいじゃんって感じ』


 ワシが20歳で彼女が22歳、彼女に不安は無さそうじゃった。

 ワシは彼女が、不安そうにしてたり、泣いている姿を殆ど見たことがない。

 

 ワシらは、一緒に暮らし始めた。

  

『じゃじゃあ〜ん!

 15歳の時から体を売って貯めた、3億円で〜す!

 ちゃんと納税してるので、悪しからず

 家事してくれたら、お小遣いあげるし、大学のお金も出してあげるよ〜

 ってか私やっぱりあんたの宝くじで草』


 ワシは20歳にして、一生働かなくていい金を手に入れてしまった。

 その金がワシを堕落させ、真実の愛から遠ざけた。


『オエェェ〜〜〜オエェェ〜〜〜オエェ〜〜〜』


 つわりが酷すぎて、ところ構わず吐きまくる彼女はキャバ嬢を辞めた。

 

 ワシにも彼女にも頼れる家族も友達がいなかったので、大学を辞めて彼女の世話をすることにした。


 3億あるのに、F欄大学に未練はなかった。


 ワシが料理して掃除して、彼女が食べて吐く。

 掃除して料理して掃除しての繰り返し。


『今の私ってゲロマシンじゃん

 あんた、よく普通の顔して掃除できるね〜

 私他人の汚物とか死んでも無理だわ』


 彼女は、いつも強がっていたのかもしれない。

 

 一人暮らしの時は、真実の愛が描かれる本を読んだり映画を観たりしてたが、彼女と暮らし始めてからは、毎日人を殺した。


 殴って、蹴って、車で引いて、剣で刺して、銃で撃つ。


 後ろから気づかれないように撃つのが理想じゃ。


『はいきた〜〜〜ざっこ死ね死ね! 私の一人勝ち〜〜〜!』


 彼女は、貯金とSEXとゲームが大好きだと言っていた。


 貯金とSEXが出来ないので、ゲームに熱意が集中して、起きて飯食ってゲームして、飯食って風呂入って寝て、起きて飯食ってゲームして、飯食って風呂入って寝ての繰り返し。

 

 ゲームしながら色んな話をしたが、ことごとく価値観が違った。


『真実の愛って、マジでウケるんですけど〜!

 中学生の女子じゃないんだからさ

 大の男が真面目な顔して、恥ずかしくないの?』


 ワシをからかう彼女は大爆笑じゃった。


 ワシは、腹が立って睨んだ。


『うそうそ、ある、うん、きっとあるよ真実の愛は

 よし、頑張れ! 応援するよ!

 子供が生まれたら、男らしくどんどん浮気していこうぜ!』


『私男を愛したことも、愛せると思ったこともないんだよね〜

 私にとって男は金を吐く、イカくさい魔法のアクセサリー兼、肉バイブなんだよね〜』


 ワシは決意していた。


 子供が産まれたら、もう一度夢を追おうと。


 真実の愛を探そうと。


 彼女も好きにしていいと、言うのだから。


 子供の名前の候補は結月ゆづき陽太ゆうた

 殺し合いで、勝った方の名前にすることにした。


 初めてワシが勝った。


 じゃが、彼女に


『お願いお願いお願い!!!

 "月''だけは入れたいの!!!

 一億あげるから、もう一回もう一回!!!』

 

 名前なんて、どうでもいいと言ってたくせにと思ったが、あまりに必死なので、もう一回やってやった。

 じゃが、緊張しすぎた彼女はミスを連発して、またワシが勝った。


 仕方ないから、間を取って、陽月ゆづきに決めた。


 それから半年。


 分娩室で、ワシの手を手すり代わりにした彼女が10時間叫んだのち長男が生まれた。


 景色が濁っていたのを覚えている。


『泣すぎでしょ......

 この子には、夢を叶える父親の背中を見せてあげるのよ、ふふ』


 流石に汗だくで、疲れた様子の彼女だったが、内心大爆笑しているのが分かった。


 とはいえ感動していたのは、彼女も一緒だった。


『私の子供......私の家族......』


 生まれたての長男を抱き寄せる彼女の頬に、雫が流れたのを今でも覚えている。


 彼女は、長男を溺愛した。


 常に長男を抱きたがって、うんこもゲロも何なく処理した。


 長男のどこが私に似て可愛いとか、毎日毎日自慢してきた。


 じゃが、長男はどう見てもワシ似じゃったし、ワシの生写しの目元が特に可愛いい。


 長男を抱き寄せると、心の底が温かい安心感に包まれた。


 どんな枕よりも、温もりと安心をくれた。


 子供が出来たら、真実の愛を探そうと決意していたのに、あっさりとその温もりに流されてしまう。


 また夢が遠ざかった。


『え〜働く?

 いや、そりゃ父親が、無職なのは陽月ゆづきにとって

 どうなのかな〜とは私も思ってたけどさ

 仕事って大変だよ、真実の愛(笑)探す時間もっとなくなっちゃうけどいいのかな〜?』

 

 長男が3才になった春ワシは就職した。


 とは言っても、不景気真っ只中のF欄大中退。


 30社落とされた後、


『しゃ〜ないな、私の元客に、雇ってくれそうなのいないか

 当たってあげるよ』


 彼女のコネで、入れてもらった。


『君、いやいいんだよ

 定時で帰っても

 けど、残業しなきゃ出世は難しいと思うよ

 ったくどうしてワシのツッキーは君みたいな男と.......』


 当時は残業しない=出世欲がない=男として失格

 とみなされる時代じゃった。

 じゃがワシは早々に出世を諦めて、ミスター定時男になった。

 彼女の3億があったし、息子に癒される時間を削ってまで働く気になれなかった。


 家に帰って、長男と遊んで、長男が寝ると彼女が押し入れに隠しているゲームをやる。


『定時男とかダサすぎてウケるんですけど〜〜〜

 死ぬ気で働いて、出世して、色んな女を抱くのが勝ち組男

 これ、キャバ嬢の常識ね』


 仕事の話になると、毎回毎回からかわれた。

 じゃが、さすが元キャバ嬢だけあって、聞き上手だったので、ワシは会社での愚痴をよく話した。

 

 そんな日々が続いたある日。


『ねぇ、SEXしよ

 最近無性にムラムラするんだよね

 陽月ゆづき生まれてから、性欲消えたと思ってたのに

 指輪付けてるから肉バイブ、探しに行くのも面倒だし

 やらせてお願い!』


 SEXそれは神聖な行為で、真実の愛を見つけた相手としかしないと決めていた。

 既に一回破っているから、長男が生まれたわけじゃが、二回目は運命の相手に捧げようと決めていた。

 じゃから、断ったのじゃが


『うるせぇ!!! やろう!!!』


 強引に押し倒されて、ズボンを脱がされ、結局また流されてしまった。

 ......抵抗しよう思えば出来たが、実はその頃からワシも彼女に対してムラムラすることがよくあった。


 最初は、彼女がやりたい時にやっていたが、そのうちワシからも求めるようになっていた。


 快楽と謎の安心感。


 意志の弱いワシはまた流された。


 流され続けていたら、二人目が出来た。


 家族が四人になったので、川辺に小さな白い家を買った。


 彼女の貯金からキャッシュで。


 その次の年には、三人目が出来た。

 

 そして、長男が小学校に入学して野球を始めた。


 ワシは勉強も運動も人並み以下じゃったので、長男が辛い思いをしないか心配じゃったが、長男は天才じゃった。


 朝から晩まで、倒れるまでバットを振っていた。


『私の陽月ゆづきが、取り憑かれたよ〜』


 彼女が、弱気になって心配するくらい長男は、バットをとにかく振った。


 そのかいあってか、長男はすぐにチームの中心になった。


 試合のたびに活躍して、『陽月ゆづきくん本当に凄いですね』と皆んなに褒められた。


 ワシも彼女も、人から褒めらる体験がなかったもので、完全に調子に乗って、毎週毎週練習に参加して、鼻を高くしていた。

 

 今から思うと、会社でも飲み会でも、至る所で息子自慢をしてるヤバい奴らだったが、褒められる耐性がない人間の子供を褒めるのは、それだけリスクのあることじゃ。


 親は子供が褒められると、自分が褒められるより十倍嬉しいもんじゃから。


『私に似たのね〜私のDNA本当にすごいわ!

 陽月ゆづきは、努力家だし!

 月奈つきなも、努力家だし!

 月男つきおも、やっぱり努力家だし!

 どっかの、誰かとは違うわ〜』


 後に息子達が成し遂げることを思えば、確かに顔以外、全て彼女に似た。


 ワシに似ていたら、何も成し遂げられなかっただろう。


 あれは長男が、中学最後の大会で負けて荒れていた時のこと。

 

陽月ゆづきカッコよかったよ!

 ママ、たくさん写真撮ったよ、ねぇ晩御飯食べよ

 昨日から何も食べてないじゃない』


 彼女が、塞ぎ込む長男の部屋に晩飯を運んだ。

 長男は尊敬する人は『両親です! 母は太陽のように僕達に接してくれて、いつも僕達の味方でいてくれる、可憐で美しい自慢の母です!!!』と小学校六年の時発表するくらいには彼女を慕っていた。(『父はとても優しいです』ワシは一言じゃった)

 そんな長男が


『ベタベタすんな! ババァ!!!

 放っといてくれよ!!!』

 

『ガーン、ガーン、ガーン、ババァ.....

 陽月ゆづきにババァって言われた......』


 彼女を可哀想なくらい小さくさせるほど荒れていた。

 

 こういう時、立派な人生を歩んできた父親なら、ガツンと言うんじゃろうが、何も成し遂げてこなかったワシに、そんなことは出来なかった。


『んだよ、父さんも来たのかよ

 もう、ほっといてくれよ!

 どうせ俺なんかじゃ、プロにはなれないんだ!!!

 今日分かった、俺は才能のない凡人だって!!!

 いままで、全部無駄だったんた!!!』


 物を投げて、叫ぶ長男に、ワシが言えたのは、ただ情けない本心じゃった。


『そんなことないさ

 陽月ゆづきは、きっとプロになれる

 父さんと母さんが保証する』


『慰めは、いいんだよ!

 あんたらが、昔から馬鹿みたいに、俺を可愛い可愛い!すごい!すごい!

 したから、こんな勘違い野郎になっちまったんだよ

 皆んなに全国制覇するとか言って、コールド負けだよ

 だっせえ、だっせぇ!!!』


『ダサくないさ、陽月ゆづきがダサいなら父さんなんて、ゴキブリ以下だよ

 陽月ゆづきは、本当にすごいし、カッコいい

 父さんも母さんも心からそう思ってる、嘘じゃない』


『だから、もうやめろって、言ってんだろ!!!

 俺なんて、俺なんて、どうせプロになんてなれねぇんだよ!!!』


『なれるさ、絶対なれる』


『黙れ、100キロも打てない素人に何がわかんだよ!!!

 息子だからって、持ち上げて、いい子いい子していい加減うぜえんだよ!!!』


『息子だから言うわけじゃないさ

 昔から、倒れるまでバットを振って、動画で研究して、またバットを振って、研究して、またバットを振る

 そんな陽月ゆづきの十年を誰より近くで見てるから、父さんも母さんも心から信じてるし、誇りに思ってる

 何より一人の人間として尊敬してる

 尊敬する人間は?

 って聞かれたら、陽月ゆづきだと即答するくらいにな

 陽月ゆづきより、努力してる人間を父さんは知らない

 陽月ゆづきは、絶対プロになれる

 父さんは、確信してる』

 

『.......母さんに謝って、ご飯食べてくる

 父さんは掃除しておいて』


 長男は後にこの日のことを、人生のターニングポイントだったとインタビューで語っていたので、結果オーライじゃが、息子達に何か教えられたことがあったじゃろうか。

 

 教えられてばかりじゃった。


 長男、長女、次男、夢を追って努力して、最後まで諦めずにやり抜いた。

 

 ワシとくれば、仕事に行って、飯食べて、息子達に遊んでもらって、彼女とゲームして、たまにHして寝る。


 栄光を掴む為の努力とは、程遠い、温かくて楽しい自堕落な日々を過ごしていた。


『夢はもう諦めたのかな〜〜!真実の愛(笑)

 それとも、実はもう見つけてたりして〜

 もしそうなら、どんな女か紹介してね〜』


 20回目の結婚記念日。

 長男が予約してくれた高級ホテルで、二人で食事した帰り道、ドブ川の前でショートケーキを食べながら、彼女は少し嬉しそうに大爆笑した。


 ワシは思った。


 この20年、運命の愛を見つけたいと思いながらも、明日やる、いや来月、来年こそは......


 彼女との刺激的な会話に、自分を慕ってくれる可愛くて誇らしい子供達との時間。


 そんな時間を削ってまで、夢に向かう信念がワシにはなかった。

 やらなければいけない夏休みの宿題を、どんどん先延ばしにする小学生のようじゃった。


『子供達が自立してからにするよ

 真実の愛を探すのは』


『うわっ! さっきのばし〜!

 もう20年も先伸ばしにしてるくせに、そんなんじゃ、見つけられないまま死ぬね』


『そんなことはない、絶対見つけてみせる!

 その時は、離婚届に判子を押すように』


『血で血を洗う、財産分与の離婚裁判だね

 何にしても、あんたが真実の愛を見つけた時の顔が楽しみだから、絶対見つけるように!』

 

 節目に節目な場所で、そんな話をした。

 彼女は大爆笑していた。


 子供達が長男に続いてドンドン自立していった。


 長男は、プロ野球選手に

 長女は、外科医に

 次男は、料理人に


 みんな、ワシと違い目標の為に努力し続けた自慢の息子達。


 出世を早々に諦めたワシも奇跡的に部長にまでなれたが、それは気のいい優秀な部下たちが担ぎあげてくれたおかげで、ワシの実力じゃない。

 それと、なぜか若い頃定時ダッシュしていたことと、有給使いまくってたことが評価されての昇進じゃった。

 時代によって価値観とは変わるもんじゃなと思った。

 飲み会したり、家で宴会して彼女が料理を振る舞ったり、毎年の忘年会、ああ楽しかった。


「で、皆んな立派に自立したわけだけど

 真実の愛(笑)は見つかりそう〜?」


 彼女は大爆笑していた。

 子供達が自立したら、今度こそ、今度こそ、真剣に頑張ろうと思っていた。

 じゃけれども、じゃけれどもじゃ、

 長男が朝のお天気お姉さんを家に連れてきた。

『尊敬する母さん、父さん、俺この人と結婚する!』

 流石に息子が選んだけあって、上品で、頭も性格もいい人じゃった。

 家柄も良く、顔合わせの時は、粗相をして息子の顔に泥を塗らないか、いつもの調子で話す彼女の隣で、ガクブルじゃったが、向こうの家族は気のいい人達ばかり、本当に良くしてもらった。

 よく両家で、長男の試合を見にアメリカ旅行に行った。

 

 一年後には、孫が誕生した。


 最愛の息子と、実の娘のように可愛がるお天気お姉さんとの子供。


 彼女はあまりに可愛いかったのか、毎日のように孫を見に行きたがった。


 ワシも気持ちは一緒じゃったが、なんとか抑えて週にたった5日しか行かないようにした。


 長男に続けと、翌年には長女が、その翌年には次男が結婚して、息子と娘が一人づつ増えて、孫がドンドン誕生した。


 毎日が、パラダイス。


 朝の会話も楽しい、仕事も楽しい、孫が遊びに来る夜は絶頂、その後彼女とゲームする時間は何十年続けても楽しい。


『退職したら、真実の愛を見つける』


『ほんと? あなた、そう言ってもう、40年たったわ

 ふふ、見つけられるかな〜』


『見つけてみせるさ

 偉大な子供達のようにワシだって夢を叶えるんじゃ

 退職したら、時間も出来るだろうし』


 楽しそうに大爆笑する彼女に、そう言ったものの、退職した後も、息子達が繋いでくれた気のいい親族達との旅行や、息子達や孫の元に遊びに行ったり、仕事でお世話になった人達とサークルを立ち上げたり、会社に顔を出したり、彼女に揶揄われながらゲームしたり、楽しいことがありすぎた。


 結局ワシは、髪が白くなって、背中が曲がっても、動き出さなかった。


 楽しい日々に身を任せた。


 例えばの話じゃ。


 夏休みの宿題を、やらなければならない意志の弱い子供の前に、新作のゲームを与え続けたらどうなる?


 答えは簡単じゃ。


 夏休みの前日まで、一切宿題に手をつけず、夜になってようやく本気になる。


 既に手遅れなのにじゃ。


 ワシの人生そのものじゃ。


 夢を追わず、楽な方温かい方へ流され続けたワシは、病室のベットの上にいる。


 今までのは全て、ワシの走馬灯じゃ。


 残された時間は1分と言うところか。


 わし周りを、息子達が囲む。


 長男は、メジャーリーグでサイ・ヤング賞、三冠王、MVP、300勝600本塁、日米通算800勝1600本塁打

 長女は、研究者に転身してIPS細胞を進化させノーベル賞を獲得して多くの命を救った

 次男は、中華料理フランス料理トルコ料理に並ぶ、4代目の料理を確立させた。


 もはや偉人と呼べる息子達の孫や曾孫達、息子達が繋げてくれた親類達も囲んでくれる。

 

 部屋の外からは、会社の先輩に後輩、つまり、親友達の


『うっうっ......』


 すすり泣く声が聞こえる。


 皆それぞれ、目標を真剣に叶えようとした立派な人達。


 もう声も出ないし、体も動かせないが、元気なうちに別れはすませてある。


『父さん本当にありがとう!!!』

『パパ、ありがとう、私パパの娘で本当に幸せだった』

『今まで、本当にありがとう、父さん』

『お義父さん、お義父さん!!!ありがとうございました!!!』

『義父さん、約束は守ります!!!!ほんまにおきにです!!!』

『また会いましょう!!!』

『じいちゃん! いっつも迎えに来てくれて本当にありがとう!!!』

『寂しいよ、ちくしょう!!!』

『ありがとう!!! ありがとうございます!!』

『ありがとう!』


 ワシの目はもう良く見えんが、涙をボロボロ流して、皆が思い思いに別れの言葉を叫んでくれているのが分かった。


 じゃが、『ありがとう』は、わしのほうこそじゃ。


 幼い頃、孤児で友達もいなかったワシはずっと一人じゃった。

 真実の愛を見つけないと、このまま一人で死ぬと、確信に近い思いがあった


 じゃがとうじゃ、今ワシは死を前にして、こんなにもたくさんの人に見送ってもらえる。


 こんなにも沢山の人と繋がれた。


 少しも冷たくはない。


 ワシは孤独ではない。

 

 一人ではない。


 ああ、そうだ、あの日、あの夜じゃ、


 60年前のあの夜、酔っ払ったキャバ嬢がワシの部屋に入ってきた夜から、ワシは一人ではなくなった。


 ああ、最後に最後に、この目に焼き付けて逝きたい。


 そう思った瞬間、視界が開け


 髪が白くなり、背中が曲がった彼女が目の前に現れた。


 一年前に病気をして、声が出なくなった彼女は、しわくちゃになった手で、ワシの手を優しく握ってくれていた。


 ああ、あ、ああ、なんて、なんて、綺麗なんだ君は。


 誰にも打ち明けたことはなかったが、ワシの目は、ある時から病に犯されていた。

  

 どんなに若くて清らかな美人でも、彼女には敵わない。


 彼女が世界で一番美しくワシには見えた。


「 •  •  •  • 」 


 彼女の口が動いている。


 あ•り•が•と•う


 と、言っているように見えた。


 彼女も、息子達に囲まれて、幸せだったと確信している。 


 ただ、一つ気になるのは、


『真実の愛を見つける(浮気してやる!)』と言いまくる、バカな夫。

 

 彼女はそんなワシをいつも、揶揄って楽しそうに、どこか嬉しそうに大爆笑していた。


 何を思っていたのだろう。


 そういえば、前に一度、彼女に聞いたことがあるのを思い出す。


月子つきこさんの夢は何なんですか?」

 

 酔っ払いっていた彼女は、


『.....笑わないでね?』


 と前置きして


『本当はね......太陽たいようといっしょ......なんてね』


 恥ずかしそうにそう言った。

 我に返った彼女に、記憶が飛ぶくらい殴られて今まで忘れていた。


 彼女は見つけられたのだろうか?


 真実の愛を。


 ワシは、結局、真実の愛を見つけられず彼女としか結ばれることはなかった。


 じゃが正直に言えば、もう真実の愛なんてどうでもいい。


 ただ、彼女に感謝している。


 運命の相手じゃなくても、彼女がワシを幸せにしてくれた。


 ありがとう。本当にありがとう。


 彼女への、感謝を抱いて、天に召される瞬間、ワシは彼女の口が、『あ•り•が•と•う』とは動いていないことに気づいた。


 その唇は、確かに、確実に





 あ





 い




 し





 て





 る




 と動いていた。


 そして、彼女はいつものように大爆笑しているように見えた。



 ..................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................

.


 .......ああ、そうか、そう言うことだったのか


 ワシは分かってしまった。


 最後の最後で。


 彼女はきっと、随分前から気づいていたのだろう。

 

 ワシが既に見つけていたことに。


 ワシらが既に見つけていたことに。


 彼女が、大爆笑する理由はある時から変わっていたんだ。


 最初はバカな夢を見るワシと、自分自身を笑っていたのが、


 きっと彼女は、プロ野球選手を目指す、メジャーリーガー状態になってるワシが滑稽で、愛しいから笑っていたんじゃ。


 彼女こそが、ワシの運命の相手じゃった。


 ワシは真実の愛を見つけていたんじゃ。


 それはきっと、遥か遥か、もう思い出せないくらい昔に。

 読んで頂きありがとうございます!

 次回作も、出来るだけ早く投稿します! 

 評価等頂けると励みになります。

 ありがとうございました!

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