3 金色の髪に揺れる花
「正直言って、お前の魔法は、見たことがない。私たちが学校で教えているものにも含まれないな。転移魔法、とでも言うのだろうか。しかし、過去の研究に似たような話はあったな……結局解明できず一代限りで終わっていたが……。魔力もほとんど使っていないようだし、他人が修得できるような構造ではないのかも……そうなると……」
「ファリシアさん?」
すっかり自分の世界に入ってしまったファリシアは、ユウキの声を聞いて一気に現実に戻ってきた。
「いやすまんすまん。試験は合格でいいだろ。ほんとは後日発表みたいな形式なんだが、お前ひとりで時期も時期だし、適当でもいいはずだ。後は形式どおりになるがいくつか問答させてもらうぞ」
かなりの適当さに内心、この人ほんとに大丈夫なのか?などと考えながらも、一応合格の言葉をもらい、ユウキはほっと胸を撫で下ろす。どんな形式の試験になっても大丈夫なよう、いくつか準備したルーティンのひとつ。一対一という非常にやりやすい環境で助かった。
書類に目を落としながらファリシアが矢継ぎ早に質問を投げかける。
「さて、お前の両親は、ふたりとも早くに死んでるか」
ユウキもテンポよく、次々返答を返す。
「はい」
「そして幼い頃から、ダーリオン家の世話になり、商いの手伝いをするようになった」
「そうです」
「魔法を使えるようになったのは、最近か? 他に、火の魔法とか、そういう一般的なのは使えないか?」
「はい。いつの間にか……。こういうの以外は、できません」
「出身は、北部。その顔と髪を見る限り、移民だな」
「どうもそうらしいです」
「まあよかろう。試験官が私でよかったな、ユウキ。頭の固い奴に当たったら、怪し過ぎて不合格か、よくて研究材料に回されて、まともな学校生活は送れなかったぞ」
「怪し過ぎ、ですか……」
ユウキは苦笑した。
それほど自分の見せた手品は特異だったわけか、と考えを巡らせる。この世界の魔法というのは、あまり多岐にわたったり、器用なことができたりはしないのではないか、と推測できた。
ファリシアが味方と決まったわけではないが、裏表のなさそうな性格と、この態度。ユウキにとっては悪くない先生になりそうだった。
「ファリシアさんは、そういうことは、しないと?」
「もうファリシア先生と呼べ。私は、たまに研究室に来て手伝ってくれればそれでいい。安心しな。……さて、学校には明日から通えるか? 寮に入ってもらうが」
「明日? 大丈夫だと思います」
「荷物はここではなく、寮宛で送りつけるようにな」
「いえその……俺の荷物は、この袋ひとつです」
「そいつは楽だな。よし、ちょっと待ってろ」
さっと立ち上がって部屋を出ていったファリシアが、受付に向かって叫んでいるのが聞こえた。
「おーい、エルザードちゃん! さっきの子、合格だから、制服持ってきてもらえる?」
にやけながら制服を持ってすっ飛んできたエルザードに、ユウキくん、良かったね!と強く抱きしめられ、また頭を撫でられてしまうユウキであった。
ファリシアに茶化されたのも、言うまでもない。
☆ ★ ☆
シャレル=フィアロッドは、現在地を見失っていた。迷子ではない。ちょっと現在地を見失っているだけだ。と心の中で強がってみるものの、そこにどれだけの違いがあるのか分からない。
しかしシャレルにとって、魔法学校の中で迷子になるなど、プライドが許さなかった。
似たような景色の廊下を歩き回ること十分。すでに歩き疲れた彼女は、淋しくなって涙ぐむ。
まだ11歳の少女は、柱にもたれるようにうずくまってしまった。美しい金色の髪が通り抜けた風に揺れ、珍しい紅い瞳から、涙がこぼれようとする。
「君、大丈夫? 迷ったのかい?」
不意に見知らぬ少年に話しかけられて、シャレルは弾けたように立ち上がった。ぐしぐしと涙ぐんだ目をこすり、気丈に振る舞う。
「シャレルが迷うわけないでしょ。ちょっと眠くてあくびしてただけよ。あなた、見たことない顔だけど、この学校の生徒よね?」
いささか、いやかなり、偉そうではあったが。
そんなシャレルの態度に、少年は一瞬目をぱちくりとさせたが、すぐに笑顔になって言葉を返した。
「俺はユウキ。生徒ではあるんだけど、今日生徒になったばっかりの新入生でね。実は俺のほうが迷子なんだ。いやはや、魔法学校って広いね。寮の場所がわからなくてさ」
ユウキが制服を着ていたため、シャレルは彼が生徒だとすぐ分かった。貴族と平民の区別なく接するという名目で、ここの生徒には同じ服が支給されるのだ。一方、シャレルの服装は、派手ではないが高級なドレス。身分が高いことは一目で分かるだろう。
気さくに、シャレルの偉そうな態度を気にもかけないように話してくれたユウキに、シャレルは気を良くした。が、ユウキの言葉の意味に気づいて慌てて一歩下がる。
「こんな時期に入るってことは、あなた、平民の出でしょ。シャレルと仲良くなれるなんて思わないことね」
平民なんかとは仲良くしてはいけません、とシャレルは周囲の大人たちから口をすっぱくして言われていたのだ。
だが、それに従うより、自分の興味を優先することを彼女は選んだようだった。
「でも、その……魔法使えるんだったら、シャレルに見せなさいよ」
そんなシャレルの様子に、ユウキはくすりと笑みをこぼした。
「それでは、シャレル様のご要望にお応えしまして」
とシャレルをお姫様扱いして、かしずいてみせるユウキ。
「俺の手の中の種にご注目ください。これを握ります。さ、シャレル様、少しだけお手をお借りしますよ」
ユウキは植物の種を右手に握り込むと、左手でシャレルの手を引き、両手とも自分の右手をくるませた。
さらにその上に自分の左手を乗せ、魔法を使うふりをする。
左手をサッとどかしたところに、ポンと出現したのは、一輪の小さな赤い花だった。
「!!」
予想外のことに、びっくりして固まるシャレル。ユウキは彼女の両手をそっとはがすと、右手に持った花を、彼女の金色の髪に挿し入れる。
「美しい髪には、可憐な花が似合うよ。どうかな? ……それじゃ、俺はもう少し奥も探してみようと思うんだけど、シャレル、君はどうする?」
シャレルは魔法にも驚いたし、何より突然花を髪に飾られて、どぎまぎした。見知らぬ男の手が自分の髪を触るなんて、と思いながらも、心地悪くはない。
そして、照れ隠しのようにつっけんどんに接してしまう。
「シャ、シャレルは、シャレルを探してる人がいるはずだから、もうあまり動かないようにするわ。平民は、さっさと行きなさい」
そんなシャレルの態度を意に介した様子もなく、ユウキはうなずいて言った。
「分かったよ、シャレル様。そうだ、君に見せた魔法のこと、誰にも言わないでね。まだ君にしか見せてないんだ」
「仕方がないわね」
ユウキはおどけたように一礼すると、そのまま向こうへと立ち去る。
去ってゆく背中に向かって、シャレルは顔を赤くしながら小さな声で言った。
「あ、ありがとう、ユウキ」
おそらくその声は、届かなかったろう。ユウキの姿が見えなくなって、もっと早くちゃんと言うべきだったと、シャレルが後悔しているところに、ようやくシャレルを見つけ出した男ふたりが現れた。
「遅い! シャレルの護衛のくせに、どっか行っちゃうなんて!」
男たちはひたすら平身低頭し、シャレルに謝罪した。
「大変申し訳ありません。ご無事でよかったです。王女殿下の身に何かあったら、許されることではありませんから……」
「シャレル、今ちょっとだけ機嫌いいから、お父様には黙っててあげるわ」
そう言いながら笑顔を見せたシャレルの左手は、無意識のうち髪に挿し入れられた花に触れていた。
シャレル=フィアロッド=ハイラ。ハイラ王国の王女にして、まだ若い現国王の末娘であった。
☆ ★ ☆
エルザード=クロウスは王立魔法学校の事務員である。平民でありながら魔法の才能に目覚め、かなりの苦労をして入学に必要なものを用意してくれた貧しい両親の期待を一身に受けながら、魔法学校の門を叩いた。無事試験に合格し、入学できたものの、その後、彼女の魔法の才能が伸びることはなかった。
在校中に貴族の子弟と恋に落ちることもなく、むしろ平民出ゆえの壮絶ないじめに遭い、卒業後には平民の生活に戻るほかなかったエルザードに、学校は職を与えてくれたのだ。
今日もエルザードは受付をはじめ、いろいろな事務作業を片づけていたが、ユウキ=センドーという入学希望者が現れ、その日のうちに入学、そして入寮まで決めてしまったことで、にわかに忙しくなったのであった。
「ユウキくん、どこ行ったのかしら……」
寮の場所を教え、先に行っているよう伝えたはずだが、ユウキの姿はない。様子を見に来たエルザードは心配を募らせていた。
「貴族の子に捕まっていじめられたりしてなきゃいいけど……」
蘇りかけた嫌な思い出を、エルザードは慌てて首を振って追い出す。そこへようやくユウキが顔を出した。
「あっ、ごめんなさい、エルザードさん。道に迷ってしまって。俺の部屋、ここでいいんですか?」
「よかった! ユウキくん。そうよ、ここがユウキくんの部屋。……って、あれ? 呼び方……」
エルザお姉ちゃんからエルザードさんへとかなり距離が遠のいたユウキの呼び方に、思わずがっかりしてしまうエルザード。
ユウキは、そんな反応を予期していたのか、はにかみながら謝罪する。
「その……冷静になったらすごく恥ずかしくて……。他の人も聞くわけだし……ごめんなさい。どうしたら……」
「そ、そっか……そうよね」
確かに他の子に聞かれれば、囃されてしまうだろう。下手をすれば、いじめられかねない。己の考えの到らなさをエルザードは反省した。しかし、そのくらいユウキが可愛かったのだ。これほど可愛い弟がいたら、自分の人生きっと薔薇色になるのではないか。エルザードは今まで知らなかった自分の嗜好に気づいてしまったのだ。
ユウキの本心は、エルザード相手とファリシア相手でだいぶずれてしまった自分のキャラを、修正したいというとんでもないものだったのだが、そんなことをエルザードは知る由もなかった。
「エルザさん、じゃダメかな」
「……そうね。お姉ちゃん残念だけど、そのぐらいのほうがいいと思う」
葛藤ののち、仕方なくうなずく。そんなエルザードの葛藤を見透かすかのように、ユウキは人懐っこい笑顔でこう言うのだった。
「うん、じゃあエルザさんにするね。でも、他に人がいない時だけは、エルザお姉ちゃんって呼んでもいいかな? お姉ちゃん」
エルザードは思った。きっと彼にお願いされてら、何でも聞いてしまうだろうと。今は、とにかく彼が無事に学校生活を送れるように、努力しようと。
そんなエルザードの決心も知らずに、ユウキは寮についての彼女の説明を粛々と聞くのであった。
今回は少し短めでしょうか。
百人一首では権中納言敦忠が好きです。
逢ひみての のちの心に 比ぶれば
昔はものを 思はざりけり
投稿してから色々と気付いたり考えたりすることに比べれば、最初に執筆していた頃は何も考えていたかったなあ…という心境にございます。主に後悔ですが。




