2 消えるコインと魔法学校
リスティの店に戻ると、先程はいなかった男達が商売の準備を始めていた。彼女はそんな男達に、ごくろーさん、と一声かけると、最も屈強な男を呼び寄せて、囁いた。
「わたしはそこの男と商談があるんだ。しばらく店は頼んだよ、バロアー」
「お任せを、お嬢様」
バロアーと呼ばれた男は、低い声で了解すると、すぐに作業に戻っていった。
「さて、お店はバロアーたちに任せて、わたしたちは奥へ行こうか」
そう言ったリスティの顔は、ユウキにはかなり得意げに見えた。
奥の部屋に入ると、リスティはユウキのために、正規に城内入る手段を三つ、教えてくれた。
一つ目は、正門から堂々と入る方法。ただ、そのためには、まず身分の保証がいる。平民であれば、ギルドでの実績、貴族との縁故、多額の財貨。そのどれかがあればいいが、ユウキには何もない。この方法は使えないだろう。
二つ目は、わざと捕まる方法。リスティが先程言っていたように、魔法が城下に広まらぬよう、兵士は魔法使いを見つけると、城内に連れていくようだ。
この方法の問題はその後の待遇が保証されないこと。怪しい奴と見られれば、永遠に牢獄から出られないこともありうる。出身も名前も定かでないユウキが捕まれば、おそらくそうなるだろう、とリスティは話す。
そして、リスティおすすめの三つ目の方法は、王立魔法学校への入学だった。魔法学校は基本的には貴族の子弟のための学校だ。しかし、平民出の優秀な人材を確保するために、ごくわずかだが城下の者へ門戸を開いているらしい。入学試験に合格すれば、学校に通え、卒業の暁には城内へ入れるようになるということだった。
それ以外にも、身分を偽ったり、荷物に紛れたり、闇夜に潜んだりして入る方法もなくはないが、警戒が厳しくなっている今、それをやるのは危険すぎるようだった。
「学校には、何年間通うんです?」
「最短で、3年かな。そういえば、ユウキは何歳なの?」
「18歳ですが」
「うえぇ……年上だったのか……。助けるんじゃなかったよ。15かそこらに見えたから、助けてあげたのに」
今日一番の呆れた顔して、リスティが不平をこぼした。ちなみに、リスティは16歳だったようだ。
15歳と言われたユウキは、さらに不満顔である。
「確かに俺は背はあまり高くないですが、どう見てもリスティよりは上でしょう……」
「いやいや……14歳でいけるわよ。それくらいなら不自然じゃないし、入学試験の際は若いほうがいいから、それでいこう。それと、あなたの身元はわたしの店が保証してあげる。でもそれ以上のことは協力できないから、試験や学校生活は、自力でがんばって」
ぽんと、身元を保証してくれるのは、太っ腹なのか、何か考えがあってのことか。しかしどうやら、ユウキにはあまり選択肢はないようだった。何より学校で学ぶということは、この世界を知るうえでとても効率がよさそうだ。
「受けること確定ですか? 3年かー……長いような短いような」
「最低、だからね。他に行くあてがあればどうぞ」
「やらせていただきます。ちなみに身元の保証って、例えば学校で俺が問題起こしたら、この店がどうにかなるとかって話ですか?」
このユウキの問いには、うーん、と悩んでからリスティは答える。
「まず当然潰されるでしょ。それで私は奴隷として売られるか、よくてどこかの貴族の妾ね」
「それは責任重大ですね……。本当に俺なんかの身元を保証しちゃっていいんですか」
「だから、人を見る目は確かだって言ったでしょ! 大丈夫!」
胸を張って言い切ったリスティの表情には、嘘偽りはなさそうだった。どういう理由かは知らないが、本当にユウキのことを大丈夫だと思っているらしい。
それならばと、ユウキは精一杯甘えることにした。ショーには、準備がつきものなのだから。一応いくつかのタネは身につけたまま持ってきているようだが、限りがあるものは消費するわけにはいかない。
「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます、リスティさん。少し準備をしたいので、いくつか買い物をしてもいいですか。ここの染料と、花屋と鍛冶屋と、あと鉱石や油を扱っているお店があれば教えてください。それから小さくていいので、上等な布を手に入れられますか。あと、短剣、みたいなものって普通に売ってます? あ、手持ちのお金はさっき拾ったコインだけなので、貸していただけると……」
「急に人を見る目に自信がなくなってきたわ。……まったく、乗りかかった船だしね。少しくらいならあなたに投資したと思って出してあげるよ」
こうして、ユウキは魔法学校の入学試験を受けることになった。
☆ ★ ☆
「それじゃ、ユウキ、試験かんばってねー」
ひらひらと手を振ると、リスティはあっさり去っていった。魔法学校の前には、ユウキがひとり残される。ユウキはやや緊張した面持ちで立っていた。
試験がどのように行われるかは、リスティからおおよそ聞いていたが、試験方法については彼女も知らず、ユウキは出たところ勝負で試験を受けるしかないようだった。
ぶっつけ本番のショーのようなもの。クロースアップマジックで鍛えられたショーマンシップとアピールを、駆使する時が来たのだ。
自分に言い聞かせて、ユウキは前に踏み出す。
魔法学校の門をくぐると、お揃いの紋章を胸にかかげた兵士がふたり、立っていた。斜めに交差した剣と杖に狼の横顔。街行く兵士も皆、同じ紋章をつけていた。ハイラ王国の国章であるらしい。
兵士は、ユウキに訪問の目的を尋ね、彼が正直に答えると、彼を上から下までじろりと眺めやって、入るのを許可した。所持品の確認もない。
学校の警備体制に一抹の不安を覚えながら、まっすぐに建物へと入っていくと、受付らしきカウンターがあった。
中を覗くと何やら作業している女性の背中が見える。あっちの書類をこっちに、こっちの書類をあっちにと、忙しそうだが、だいぶ非効率な動きに見えなくもない。
「あ、あの、すみません、お姉さん」
「はい、なんでしょう」
振り返った女性は、ユウキが思っていたより若かった。ユウキと同じか少し上くらいだろう。愛嬌のある顔立ちだが、そこまでの美人というわけではない。
リスティより少し明るい栗色の髪と、白めの肌。素直で割と適当そうな性格……というのがユウキの第一印象だ。
ユウキは、努めて純朴に振る舞うことに決めた。
「えっと……」
思わず、といった感じで、ユウキはしばらく受付の女性を見つめて固まる。受付の女性が、それにキョトンとして首を傾げたところで、弾けたように慌ててみせる。
「ご、ごめんなさい! 入学試験、受けに来たんだけど、あの、お姉さんが、とっても綺麗で、あの……見とれちゃって……」
早口でまくし立てて、もごもごと口ごもるユウキ。
そして、泣きそうになりながら、リスティの用意してくれた書類を差し出した。
「えっ……ええ、いいのよ。急にそんなこと言われたら、お姉さん照れちゃうわ。大丈夫、そんな怖がらなくていいのよ。えーと、ユウキ=センドーね。ユウキくん、安心してね。この時期に試験なんて珍しいわねぇ」
受付の女性は照れながらも、ユウキに笑顔を向けて安心させようとする。それを受けてユウキは、涙を手で拭い、ほっとした笑顔でお姉さんに向き直った。
「うん……ありがとう。お姉さんが優しい人でよかった……。お姉さんの名前は?」
「あら、私? エルザードよ。エルザード=クロウス。この学校の卒業生なの。だから、君が受かったら、先輩ね」
とどめとばかりにユウキは甘えた声と泣きそうな笑顔で攻撃する。
「うん、ありがとう。エルザお姉ちゃん! あっ、エルザお姉ちゃんって呼んでいい? あともし受からなくても、お姉ちゃんにまた会いに来てもいいかな……?」
「お姉ちゃん!? ……もちろんいいわよ。うん、いいわ。それに、きっと受かるわよ」
かなり驚いている反応のエルザードに、ちょっとやりすぎたか?とユウキは思ったが、この際、最後までこのキャラで押し通してしまうことにした。
「うん……試験って今日中に受けられるのかな……。明日になったら、捕まっちゃうんじゃないかって、怖くて……」
「えっと、当日?は確かにあまりないけど……心配しないで。お姉ちゃんに任せて! それじゃ、試験を受けられるか聞いてくるから、ちょっと待っててね。誰も空いてなかったら、結構待たせることになっちゃうかもしれないけど、必ず今日中に受けられるようにするから」
どうやらうまくいったようだ。
エルザードはユウキの頭を数度撫でてから、ろくに確認をしていない書類を手に、受付の奥に消えていった。ユウキの試験官となる教師との出会い頭、何にやけてるんだ、気色悪いよ、と言われるほどの笑顔をたたえながら。
☆ ★ ☆
魔法学校の平民の入学試験は、基本的にふたつの時間に分かれる。書類内容や本人についての面談の時間と、実際に魔法を確認する時間だ。
本来であれば、ふたつの時間はそれぞれ別の人が試験官をする決まりらしいが、今回は特別に同じ人が担当する。人が他にいなかったのだ。それも、受付のエルザードがやけに上機嫌にしつこく今日中とお願いしてきたせいらしい。
「まったく、エルザードちゃんはどうしちまったんだか」
そうペラペラとユウキにいろいろ話してくれたのは、今日の試験官であるファリシア=ドゥレーダムだった。
ファリシアはエルザードと同じく魔法学校の卒業生だと教えてくれた。エルザードよりもさらに若く見える。魔法学の教師と魔法研究者を兼任しているというから、よほど優秀なのかもしれない。
「さ、試験と行くか。両方とも私の時間だし、適当にやるけど。ね、とりあえず魔法見せてよ。何がどうできるようになったんだ?」
ファリシアとユウキは、丸い小さなテーブルを挟んで、向かいって座っている。
この人にぶりっ子は通じなさそうだ、と判断したユウキは、素で試験に挑むことにした。
「見せる前に説明してもいいですか」
「おう、いいよ」
「俺の手品は、俺に魔力があまりないからか、本当に大したことはできないのですが……精一杯やります」
発音は同じだが、あえて手品と言うと、ユウキは懐からコインを出す。ファリシアの視線が興味深げにコインに注がれた。
「これを見ててください。俺の手品はですね、小さい物体を操るというか、転移させるというか」
そう話しながらユウキは、親指と人差し指──二本の指に挟まれたコインを消してみせる。それが正しいやり方なのかは分からないが、今朝の老人が無言で魔法を使っていたことから、呪文などはなくてもいける、と判断した。
コインが消え去った瞬間、ファリシアはびくりと身動きした。それがどういう反応なのか、ユウキには判断がつかなかったが、とりあえず実演を続ける。
今度は同じ二本の指をこすりながら、そこに消えたコインを再び出現させた。
手品にはタネがあると観客が知っている普通のショーと違い、手品をタネも仕掛けもない魔法だと思わせなければいけない危険な演技。
基本的なテクニックでも、普段以上に神経を使わなければいけない。
一枚のコインは再び消え、そして再び現れる。
もう一度、最後は同じコインを握り込むと、拳に力を込めてみせる。拳を開いた時には、やはりすでにコインは消えていた。
「これが、限界です」
ユウキは少し疲れたように、息を吐く。
ファリシアはほとんど瞬きもせずに、ユウキの手元を凝視していた。
「コインは、どこに?」
「その……ファリシアさんがテーブルに置いている手の下です」
ここは、ユウキにとってかなりのギャンブルだった。相手が魔法使いともなれば、普通の人間とは違う知覚の仕方をしているかもしれない。そんな相手に対し、コインを送り込んで大丈夫なのか。悩んだ末の敢行だった。
ファリシアはユウキの言葉を疑うかのように、確かめながらゆっくりと手を持ち上げる。そこに先程のコインが現れたのを目にした彼女は、ふう……とため息をひとつついた。
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