七十九話
レイジはぱちりと目を開けた。時計を見るといつもより早い時間だ。堀之内はまだ横になっていた。
昨晩は、ベッドの上で色々な憶測をしてみたが、どれもしっくりこなかった。考え過ぎたためか、眠りが浅い。おかげでアラームなしでもこんな時間に目を覚ますことができたのだが。
レイジはゆっくり大きく伸びをすると、一転てきぱきと支度を整えた。
「身だしなみだけは……だったな」
鏡の前でネクタイを整える。ハンカチも持ったし……。後は財布かな。
バスルームから部屋に戻ると、堀之内が目を覚ましていた。
「レイジくん、随分と早いですね。おはようございます」
「あ、おはよう」
レイジはどきっとした。
はっきり言われたわけではないが、わざわざ二人きりで伝えられたのだ。今からスミカと一緒に出かけると話していいものだろうか。
堀之内はふっと微笑む。バラのつぼみがはらりと解ける。
「おおよその事情は察していますよ。スミカ様と出かけるのですね。筆頭奴隷として、私も同行したい気持ちはありますが、これはレイジくんに任されたことです」
堀之内はレイジの肩に手を置いた。
「スミカ様を頼みましたよ」
「うん。行ってくるよ」
「いってらっしゃい」
廊下にはすでにスミカが待っていた。
「来たか」
「待たせたかな?」
「いや。行くぞ」
当日になっても説明なしか。こうなると内容に触れるのを避けているようにも見えた。
スミカが話しくたくない内容ってなんだろう? かなり対象を狭めてくれはするが、はっきりとはさせてくれない。まるでなぞなぞだ。
なんて考えているうちに置いていかれそうだった。レイジは慌てて後を追う。
鈴ヶ森学園の前にはバス停があり、寮生以外が通学に使うのはもちろん、市街地へ向かうための主な交通手段になっていた。
だが、スミカはその前を通り過ぎる。徒歩でもいける場所なのだろうか。
「なー、スミカー」
「……」
背中へ声をかけるが返答はなかった。ついていくしかないようだ。
鈴ヶ森の門を離れ、歩き続けてしばらく経った。
学園には慣れてきたものの、その周辺となるとレイジには土地鑑がまるでない。なので、どのぐらい歩いたとか、ここがどの辺りだとかがさっぱりわからなかった。ただ、歩いた時間分、かなり鈴ヶ森から離れたのは確かだ。少し前までは学生とすれ違うこともあったが、今では一人も見当たらない。
ずんずん先に歩いていってしまうので、会話する余裕もない。いい加減不安だ。
「なー、なー、スミカー」
「……」
二回目。やっぱり答えてくれない。
「そろそろ……」
「ここで待て」
レイジの言葉を遮るようにスミカが言う。
それから数秒もしないうちに黒い影が道路の先をやってくる。黒塗りのぴかぴかした、いかにも高級そうな車だ。胴が長かったりはしないが、高いことぐらいわかる。




