八十話
軽いブレーキ音を立てながら、恐ろしく静かに車がレイジたちの前で止まった。運転席のドアが開く。
まさか誘拐!? だが、出て来た人物を見て、レイジは安心した。白い口髭をたっぷりと蓄えた老紳士だったからだ。
老紳士は頭を下げるとこう言った。
「お待たせいたしました」
「いや、時間きっかりだ」
老紳士が流れるような動作で後部座席のドアを開くと、スミカは軽くうなずいて車に乗り込んだ。
この人物は? そしてこの車は?
「何をしている。さっさと乗れ」
促されるまま、レイジも乗車した。ドアが閉まる。いつの間にか、老紳士は運転席に座っていた。
「それでは参ります」
黒塗りの高級車は音もなく滑り出した。
車が走る。右へ曲り、左へ曲がり、大きな通りを行き……。元々知った道ではなかったが、もう完全に見たことがない風景だ。鈴ヶ森の周辺ではないのだろう。
老紳士の操る車はほとんど振動を感じさせず、音もしない。目をつぶったら、進んでいるのか止まっているのかわからないほどだ。
スミカを見ると、腕を組んでまぶたを閉じている。寝ているのか? いやいや、困るぞ。何が何でも、そろそろ説明してもらわないと。
「おーい、スミカ」
「なんだ」
スミカはその姿勢のままだ。寝てたのではないらしい。
「そろそろ行き先というか、目的を教えてよ」
「……いいだろう。ここなら聞かれる心配もないからな」
黒塗りの車から雲行きが怪しいとは思っていたが、そこまで重要なのか。レイジはゴクリとつばを飲み込んだ。
「先日の〈学園破り〉だが、あれで解決ではない」
「どうして? スミカが追い払っただろ」
ゆっくりとスミカが目を開いた。
「〈学園破り〉自体は阻止できた。お前たちもよく頑張ってくれたな。だが、一つだけどうにもならない案件が残ってしまった。レイジ、おまえは鈴ヶ森がどのように運営されているか知っているか、知らんだろうな」
決めつけられた。知らないけどさ。
「鈴ヶ森が質の高いサービス、主に食堂と購買を維持できているのには理由がある。ある一社が格安かつ一括して物資を取引してくれているからだ。それが笠舞の父上の会社だ。その会社が〈学園破り〉のどさくさに巻き込まれた。龍晃のメンバーに俵屋コーポレーションのせがれ、センゾウというやつがいる。そいつが笠舞カンパニーを買い取ったのだ」
「買い取るって……バザーで売られてるのとは訳が違うよ」
「それができるのが俵屋だ。ともかく、今後の笠舞カンパニーの経営方針は俵屋コーポレーションが決める。利益にならない鈴ヶ森との取引は全面的に取りやめか、あるいは利益が出る価格まで引き上げての取引となるだろう。どちらにしても、鈴ヶ森は現在のサービスを維持できない」
「ど、どうするんだよ」
「どうにもできん」
「そんな!」
スミカにボカッと殴られた。
「車内だぞ。静かにしろバカ者。……どうにもできん。ただし、我々だけではだ。だから、私とおまえがこうして来ているのだ」
レイジはぽやーっとしている。殴られておバカになったのではない。話が見えないのだ。




