七十七話
振り返るとスミカだ。スミカは無言で顎をしゃくり、部屋の外に出るように指示した。
レイジはワイワイとした空間をそっと離れた。それに気づいたのは堀之内だけだった。
廊下へと出たレイジ。目の前のスミカは難しい顔をしている。
まさか……無意識のうちに彼女の逆鱗に触れてしまったのかも!? 最近は随分と奴隷という立場に馴染んできたが、それゆえに越えてはいけない一線をぴょーんと軽々しく越えてしまったのか。恐ろしいことだ。
あの場でスミカパンチを繰り出しては楽しい雰囲気がぶち壊しだ。無言で部屋の外に出たのはそういう配慮なんだろう。つまりここ、部屋の外で思う存分ぶん殴られるわけである。ひえー。
まずいぞ! 少しでも怒りを鎮めないと! そのためには、怒りの原因をこちらが把握していると、そして反省していると示すことが何より肝要だ。
レイジの脳内に電流が走る。きゅぴぴーん。つい最近の記憶をたどる。
リンを退け、学園に平和が戻った。スミカはスレイ部の活躍を褒めてくれた。この会が始まるまで、彼女は確かにご機嫌だった。いや、始まってからもだ。ジュース混合事件はあったものの、些細な出来事だし……。あとはミックスジュースを和やかにみんなと作っていたのを見たな。あれー……終始ご機嫌だったよね?
だとしたら原因は何だ? 景気よく電流が走った割にさっぱり思い当たらない。
スミカは無言だ。
レイジが何か言うのを待っているようにも見える。だが彼にはなんの心当たりもなかった! どうしよう! とりあえず……なんて謝ったら、それこそスミカを怒らせてしまう。
なんだ? 俺はなにをやってしまったんだー! ああーわかんねー!
頭の中の小人レイジがじたばたしていると、スミカがついに口を開いた。
「ごほん。レ、レイジ……講義は欠席せずに出ているか?」
まったくの予想外デス。
対処しきれない事態に、小人レイジが額からポッポーと鳩時計のように飛び出た。
しかも六号じゃない。名前で呼んだような。いや、気のせいかも。
レイジは事態を整理しきれないまま返答せざるを得ない。
「休んでないよ。そりゃもう、健康優良児くんだよ」
何を言っているのだ。レイジ自身にもわかりません。
「そうか……」
スミカはそれだけ言うと黙ってしまう。
叱られはしないようなのでレイジはほっとしたが、それにしてもスミカの様子が変だ。ハッキリびしばし言いたいことを単刀直入に言うのがスミカだ。今の様子はびしばしどころか、本題にかすってさえいないのではないか。まるでただ間を繋ぐためのような……。




