七十二話
這いつくばったリンをスミカが見下す。
「お前は三つ間違っている」
「私が……間違っている……?」
リンは這いつくばったまま顔を上げ、スミカを見た。
「一つ、私に逆らったこと。一つ、私の奴隷に手を出したこと」
スミカは指を順番に二本立てる。そして三本目をびしっと伸ばした。
「だが、最大の間違いは仲間を軽視したことだ。ここに来る間、もう戦えなくなった龍晃の生徒を見た。おまえは、彼らに何か一つでも声をかけたのか?」
「彼らは弱いから負けた。それにかける言葉など……」
「なるほど、おまえは強いのだな。信念も持っている。だが、それは個人の限界までだ。いくら優れていようと、人一人ができることなど高が知れている」
龍晃のガタク、ケイ、センゾウ、そしてマヨが現れた。ケイとセンゾウがガタクを両脇から支えている。マヨはその後ろだ。
「ガタク、君は無駄に大き過ぎるようだ。もう僕の繊細な足は砕けそうだよ」
「うるせえ、一人でも歩けらぁ」
「そんなことを言って先ほどのように転ばれては困ります。頭を打って、悪い頭がさらに悪くなってしまっても、責任は取れないですから」
「このやろ……って、んんっ?」
ガタクは倒れたリンを目撃し、目を丸くした。
「おい! あれを見ろ!」
「耳元で叫ばないでください。聞こえますから」
「唾も汚いよ」
「ガタク、邪魔……。見えない……」
残りの三人の視界もリンを捉えた。
「まさか、リン様が……負けただって……?」
「あり得ねえだろ……」
「でも……倒れてる……」
「それ以外に状況を説明できません。認めたくはないですが……」
目の前の光景が信じられない。それが四人に共通した反応だった。
「おまえは、こいつらの期待に応えようとしたか?」
スミカの問いにリンは答えられない。
「個人の力は重要だ。ときには物事を大きく左右するだろう。だが、それを自分だけで成したと思い込むのは自惚れだ。いくら力があっても、一人では何もできん。誰かが支えてくれるから、誰かに応えようと思うから、人は成し遂げられる、強くなれる。
仲間を付属物としか思わないのなら、おまえの拳に何がこもっていようとも、私はそんなものには負けん」
「……なら、おまえは、どれほどのものを背負っているというのだ」
「知らん。だが、これだけは言える。お前より多くの、何かだ」
リンの鼻から息が漏れた。続けて笑いだす。リンは立ち上がった。
「私は龍晃学園、逆瀬リン。おまえの名前は?」
「寳栄スミカだ」
くるりと踵を返す。
「……スミカか。大きいな」
呟くと龍晃の四人の元へと歩き出す。
「リン……様……?」
センゾウたちが不安げに彼女を迎え入れる。
「負けだ、我々のな。帰るぞ」
「あっ……リン様ぁー!」
リンは立ち止まらない。続いて四人も学園を後にする。誰も異議は口にしない。リンについていくだけだ。台風の通過を止める術がないように、その去り際は実にあっさりとしたものだった。




