七十一話
しかし、リンの足元に彼の姿はない。
レイジはというと、壁に衝突してぴくぴくと痙攣していた。数秒後、なぜか元気に跳び起きるレイジ。
「あ、危ないだろー! 魂ちょこっと出たぞ、今! 誰だー!」
「口のきき方がなってないぞ、六号」
「あっ」
そこにはスミカがいた。スレイ部メンバーが口々に名前を呼ぶ。
「腑抜けたざまを晒していたからな。今の蹴りはその分だ」
「……ごめん、スミカ。学園を俺たちだけじゃ守れなかった……」
「いや、お前たちはよくやった。特に六号、さっきはああ言ったが、おまえが耐えなければ鈴ヶ森はすでに陥落していただろう。あがいたおかげで私が間に合った」
「スミカ……」
「後は任せておけ」
無意味に思えた行動が最後のバトンを繋いだのだ。
辺りの風向きが変わった。
レイジの肩をポンと叩くと、スミカは毅然とリンに向き直る。
「大した登場だが、おまえ一人で……」
「黙れ」
スミカの怒気を孕んだ一声がリンの言葉を中断させた。
「私の奴隷をよくも可愛がってくれたな。私はお前を許さん」
「奴隷? 正気で言っているのか?」
「黙れと言っているんだ。質問も聞かん。お前に発言権は、ない」
リンは呆気にとられた。龍晃では、彼女にこれほど傲慢で高飛車な口を利く者はいないのだろう。その表情は瞬間的に怒りに染まった。
「……後悔させてやる」
リンの瞬発力が機動性に転化される。長い髪を一本の線のように引きながら、一瞬でスミカとの間合いを詰める。後から遅れてついてきた風が、直線になった髪を生きているかのようにうねらせる。接近と同時に放たれた回し蹴りが空気を引き裂いた。一連の行動はまるで目で追えない。
だが、相手は寳栄スミカだ。
スミカは軽く足を出し、リンの軸足を払った。リンの体が空中で一回転し、蹴りはスミカを逸れる。その足がまとっていた風圧だけがスミカに到達し、柔らかい髪をふわりと持ち上げた。出鼻はくじかれたが、リンの目は死んでいない。空中で体勢を一回転させると足から柔らかく着地、折り曲げた脚を一気に伸ばす。跳ね返るようにスミカに飛びかかった。角度をつけ打ち下ろされた鋭い突きが顔面を狙う。
パァン!
圧搾された空気の塊が二人を中心に吹き荒んだ。
リンの攻撃はスミカの小さな手のひらに収まっていた。その奥、スミカの瞳が澄んだ音を立ててリンを見据えた。
着地したリンは拳を押し込むように前に出ようとした。だが動かない。動かせない。スミカはこんなに小さいのに、リンはまるで壁に突っかかるトラクターだ。数秒の膠着のあと、リンの足が空回りし始める。
不意にスミカが力を抜いた。ととっと前のめりになるリン。その頭をスミカはごちんと拳骨で殴った。その衝撃は体全体を貫き、リンを地面に叩きつけた。
「ぐっ……!?」
レイジにはわかる。スミカのパンチはめちゃくちゃ痛い。リンは必死にうめき声を抑えてはいたが、顔にはスミカへの驚愕と畏怖がありありと浮かんでいた。
レイジは興奮で背筋が震えた。寳栄スミカの凄まじさを改めて認識した。




