新生活
賑やかな街にアニタは来ていた。
故郷よりも大きな街。
早速、街の入り口で紹介してもらった住所に足を運ぶ。
そこは街の内外から来た商品を一時的に保管しておく巨大な倉庫だった。
近くにいた男性に声をかけ、目的の女性まで案内してもらう。
その女性はバタバタした倉庫の中で一人だけ書類を確認していた。
アニタは忙しそうにしている中、申し訳なさそうに近づく。
「すみません。この辺りで仕事を探しているんですが」
店主と思しき老婆がアニタを一瞥する。
友好的ではない厳しい目だ。
「あんた余所者かい? どこから来たんだい?」
「皇国です」
「ああ。どおりで皇国訛りが酷いわけだ」
「あはは。そんな酷いですか?」
アニタは苦笑する。
少し話しただけでバレてしまったのだ。
「酷いね。なんでまた王国に? 出稼ぎかい?」
「ええ。そんなところです。しばらくこっちで住もうと思ってまして」
「ふーん」
老婆は上から下まで見る。
「仕事は何が出来るんだい?」
「炊事に洗濯、掃除が出来ます」
「んー? その年で未亡人かい?」
家事一般が出来るからか、老婆が不思議そうな顔をする。
「いえ。皇国では酒場で雇ってもらっていたんです」
「ほう。字が読めたり、計算は?」
「学問的なものは無理ですが、日常会話程度なら読み書き出来ますし、帳簿も任されていました」
「……あんた。まさか貴族様じゃないだろうね?」
「えっ? どうしてですか?」
老婆の疑いの眼差し。
しかし動揺もせずに不思議そうにするアニタに自分の考えすぎだと溜め息を吐く。
「出来過ぎるんだよ。この辺りにいる奴の半分は読み書きが出来ない。女ならその半分以下だ」
「……あー」
老婆の言葉にアニタは一人納得する。
親友と毎日のように話す際に読み書きや知識を植え付けられていたようだ。
店の中を忙しなく働く男女。
下働きの彼ら彼女らは教育など受ける機会がなく、日銭を稼ぐために毎日汗水垂らして働いている。
「知り合いにいたんですよ。貴族が」
「だったらますます分からないね。それにその服もこの辺りじゃ上等だよ。こんな場所に来なくてもお貴族様に雇って貰えば良い」
自分の服をアニタは顧みる。
老婆の言う取り、服は上等な物をおろした。
だが決して裕福だからとか位が高いわけではなく、田舎者と馬鹿にされないために奮発したのだ。
こういう服装についてもアニタは親友に教わっていた。
しかし、この辺りでは目立つようだった。
「着替えたほうが良いですか?」
「いや。むしろそれなら斡旋出来る仕事場がある」
ボロの紙に住所が書かれていく。
「ここの婦人が人手が必要らしくてね。まだ募集中なら行ってみると良いさ」
「ありがとう、おばさま!」
「おばさまじゃなくてマダムと呼びな。マダム・ルジェ」
「ええ! マダム・ルジェ!」
「はい」
手を出される。
「えっ? ああ!」
アニタは手を握る。
その手が振り払われる。
「違うよ! 仲介料で金を払えって言ってるんだ。世間知らずだね」
「あっ。そうなんですね。おいくら?」
「銀貨一枚」
「あら。お高いんですね。少し待ってね」
麻袋から銀貨を取り出すアニタ。
それを見てルジェはさらに溜め息を吐く。
「あんたさ。皇国の硬貨を持ってきてどうするのさ。地方じゃまだしも、この街じゃ使えないよ」
「へ?」
念のため資金はたっぷり持ってきていたアニタ。
それが全て使えないとなると絶望的だった。
「マダム! これが私の全財産なの! 使えないと生きていけないわ!」
「落ち着きな。替えてやるから」
「替える?」
「とりあえず硬貨を全部だしな」
「分かったわ」
麻袋をどさっと置く。
マダムは麻袋の口を開いて覗く。
「あんた。もしかして持ち歩いてたのかい?」
「ええ。不味かったですか?」
「本当に世間知らずだね。ちょっと来な」
麻袋を手にしたルジェの後をアニタは鞄を持って追う。
「ここに入りな」
倉庫の中の個室に案内される。
「あんたの地元じゃ知らないけどね。この辺りでこんな大金を持ち歩く奴なんていないよ。殺されて盗まれるのがオチだ」
「この辺りは治安が悪いんですか?」
「この辺りだけじゃないさ。どこもかしこも貧困に喘いでる。農村なんか飢餓で毎日死者が出てるぐらいだ」
奥の金庫からアニタよりも大きな麻袋が取り出される。
「ここは恵まれてるぐらいだ。物流の仕事はなくならないからね。そこで座って待ってな」
言われるままアニタは椅子に座る。
「しかしまあ。最悪な時期に王国に来たね」
「最悪、ですか?」
「ついこの間、国王がなくなったばかりなんだよ。貴族様たちはどこも喪に服して街にも活気がない」
「えっ? じゃあ王太子妃は?」
「王太子妃? そりゃあ国王が崩御したら王太子が国王になるんだ。王太子妃は王妃様だよ」
「そっか。王妃様か」
アニタの心に寂しさが一気に募る。
「凄いな。ミレーチェ」
アニタとミレーチェが別れてから五年が経っていた。
アニタは少女から大人の女性の仲間入りを果たし、忘れることの出来ない親友のミレーチェを追いかけて王国に来たのだった。
「はいよ。王国の硬貨に替えてやったよ」
「ええ、ありがとう」
アニタは麻袋を受け取る。
「中身ぐらい確認したらどうだい? 私がくすねてるかもしれないよ?」
「本当にそうなら世間知らずの私に仰らないでしょ? それに騙されていたとしても高い授業料ですよ」
「はっ! そうかい。意外と肝が据わってるね。あんたみたいなせがれが欲しかったよ」
ルジェはアニタが気に入ったようでバシバシ背中を叩く。
「王国へようこそ! にんじん頭!」
「もう! 私の名前はアニタです!」
「そうかい! にんじん頭!」
「マダム!」




