新生活2
マダム・ルジェの紹介状を手にアニタは街を歩いた。
道中、御者や遊んでる子供達に道を教えながら三十分。
やっと目的地に辿り着く。
「ここね」
住所を改めて確認して扉をノックする。
「どなたかしら?」
「マダム・ルジェの紹介でお仕事をいただきに来ました。まだ募集ってされてますか?」
扉が開く。
そこに立っていたのはお腹の大きな女性。
どうやら妊婦みたいだった。
「ええと。本当にマダムの?」
「はい。あ、これ紹介状です」
妊婦は受け取ると安心したような表情になる。
「確かにマダムね。仕事はまだ募集中よ。さあ、入って」
中に案内されてリビングへ。
一般的な家よりも調度品が整っているし、広くて清潔な家だった。
どうやらルジェは良い家を紹介してくれたらしい。
「でも良かったわ。雇っていた使用人の方が病気になってしまって。それで新しい使用人を雇ったのだけれど上手くいかなくて。マダムに良い人がいないかお願いしていたのよ」
示された椅子にアニタは座り、妊婦も自分の椅子に座る。
「まずは自己紹介からよね! 私はバーバラ。見ての通りただの妊婦よ」
気さくに笑うバーバラ。
見た目はアニタより少し上のお姉さん。
「アニタです。隣国の皇国から出稼ぎに来ました」
「まあ! 皇国から! 遠かったでしょうに」
「まあ、はい。この街に来るまでに馬車を何台も乗り継いで二週間ぐらいですかね」
「そう。よく来てくれたわ」
「でも申し訳ありません」
申し訳なさそうにするアニタにバーバラは困惑する。
「あら? 何か謝られるようなことをしたかしら?」
「いえ! ただ、家事はこなせますが、妊婦の方の世話は初めてでして」
「まあ! そんなこと? むしろこの身体だから家事をしてくれるほうが助かるのよ!」
ぱあっと明るくなるバーバラ。
「早速、契約しましょ! 今、書類を持ってくるわね!」
「ああ。座ったままで構いませんよ。私が取りに行きますから」
「そう? じゃあそこの引き出しの一番上にあるから」
アニタは言われた通り、契約書とペンの準備をする。
「それでアニタは家事は何が出来るの?」
「おおかたは出来ます。炊事に洗濯、掃除も。読み書きも帳簿もつけられます」
「まあ! 優良物件じゃない!」
嬉々として業務内容が契約書に記されていく。
「それでお給金なのだけど。私の裁量では一日に銀貨十枚が限界なの。それでも良い?」
ペンを手に申し訳なさそうに眉を下げるバーバラ。
しかし一日に銀貨十枚は、このあたりの女性の給料の倍の額だった。
「日給銀貨十枚ですか」
「やっぱり安い?」
「いえ。むしろよろしいのですか? そんなにいただいてしまっても」
「えっ? 銀貨十枚よ? それしか出せないのよ?」
「もしかして寝ずに働けということですか?」
アニタの感覚としては一般女性の倍なのだからそうなる。
バーバラは慌てて顔の前で手を振る。
「そんなまさか! 朝から夕方までよ!」
「はあ」
アニタは小首を傾げるしかない。
バーバラも困ってしまう。
「えーとアニタ。前にも働いてたの?」
「はい。街の酒場で日給は銀貨二枚でした。でも住み込みだったので困ったことはありません」
「……なるほどね」
困惑の正体にバーバラは納得する。
「アニタ。自分の価値を過小評価しすぎよ。でもそうね。一部屋空いてるから住み込みで働いてくれない? それで銀貨十枚。どうかしら?」
「奥様。条件が良くなっていますが?」
「誠実なあなたへの精一杯の気持ちよ。ねえ、だめ?」
それはお願いというより懇願に近かった。
アニタには断る理由がなかった。
「ダメなわけありません。その条件でお願いします」
こうしてアニタの仕事場が決まったのだった。




