出逢い6
だけどその翌日。
アニタが日課である店の前の掃除をしていたときだった。
「アニタだな?」
数人の兵士がアニタを取り囲む。
唐突なことに箒を握りしめて震え上がるアニタ。
周りの住人たちも皇国軍の兵士がアニタに何をするのか心配そうに見つめる。
「ああ。ごめん。別に捕まえようとしてるわけじゃないんだ」
兵士たちの中に昨日、アニタからローブを受け取った顔見知りの兵士がいた。
彼はアニタが震えていることに気付いて優しく語りかける。
「ミレーチェ様がお呼びなんだ。ご同行お願いできるかな?」
「ミレーチェ様がですか? でもーー」
仕事が。
アニタがそう言おうとしたときーー
「どうにかお願いしますっ!!」
兵士たちが一斉にアニタに跪いた。
「アニタ様が頼りなのです!」
「アニタ様がお越しにならないと、我々の苦労が倍増するのです!」
「どうか! どうか!」
兵士たちの姿にアニタはもうパニックだった。
「お、お顔をおあげください! 行きます! 行きますから! でも先にご主人様にお伝えしないと」
「行ってきたら?」
振り返ると、アニタの主人であるミラが腕を組んで苦笑していた。
「皇女様の命令を拒めないさ。お店は大丈夫だから行って来な」
「おお! ではこちらへ!」
「わわ!」
兵士たちに手を引かれ、背中を押されてアニタは連行された。
そして豪華な馬車に押し込まれる。
「……ふかふかだ」
突然のことが多すぎて混乱していたアニタだったが、馬車の椅子に腰を下ろすと、心が落ち着いていく。
アニタも数えるほどだが荷馬車に乗ったことがあるが、荷台だったので、こうした柔らかくて座り心地が良いのは初めてだった。
ゆっくりと馬車が動き出す。
アニタは初めてのお嬢様扱いにソワソワして小窓から外を見る。
住人たちが不思議そうにアニタの乗る馬車を見て来る。
注目の的にされて恥ずかしくなり、アニタは小窓のカーテンを閉めた。
そのまま手持ち無沙汰に指を組んだり、ほぐしたり。
そうしているうちに馬車は目的地に到着した。
「アニタ様。どうぞ」
扉が開けられ、兵士に手を引かれて馬車から降りる。
「す、凄い」
アニタから出た表現の言葉はそれだけ。
語彙の少ない彼女にはそれでも最高の褒め言葉だった。
そこは昨日、遠くから見えた宮殿。
それが今、眼前の全てを埋め尽くしていた。
「こちらへ」
「は、はい」
複数の兵士に護衛されて宮殿からどんどん離れていく。
そしてまた別の宮殿が見えてくる。
「ミレーチェ様のお住まいの離宮です」
兵士の説明を受けて正面を見ると、見知った顔があった。
「ようこそ、アニタ」
離宮の入り口で出迎えてくれたのは皇女ミレーチェ。
彼女はいつもの動きやすいような裾の短いワンピースではなく、薄く水色がかったドレス姿。
正真正銘の皇女だ。
「え、えと。ご機嫌うるわしゅう?」
記憶の中のお嬢様を演じてスカートの裾を軽く摘んで挨拶する。
「ふふっ。硬くならなくて良いわ」
アニタの緊張が伝わったのか、ミレーチェは優しくアニタの肩に手を置く。
「護衛はここまでで良いわ」
ミレーチェの言葉に兵士たちは敬礼して去っていく。
「さあ、アニタ。こちらへ来なさい」
アニタは手を引かれて離宮の敷地を歩く。
石畳の道を進むと、花畑が見えてくる。
「私のお気に入りの庭園なの」
植木や花畑に囲まれた中央には丸いテーブル。
そこには女性の召使たちが待っていた。
アニタは用意されていた椅子に座らされて、ミレーチェも召使の引いた椅子に座る。
「甘いものは好き?」
「あ、はい」
「そ。それは良かった」
ミレーチェの言葉と共にテーブルにカップと皿が置かれる。
そして召使たちによって紅茶と切り分けられたパイが二人に。
「私のお気に入りなの。口に合うと嬉しいわ」
さあ、とミレーチェの掌がパイを示す。
ベリーの甘酸っぱい香り。
どうやらベリーのパイだ。
アニタは用意されたフォークでパイを割る。
サクッと耳障りの良い音。
一口サイズにして口に入れる。
「ん〜!」
甘く煮詰められたベリーがアニタの口いっぱいに広がった。
「ふふっ。分かりやすい顔ね。でも気に入ってくれて良かった」
満足そうに微笑んでミレーチェが紅茶に口をつける。
それを横目に見てアニタは恥ずかしくなってフォークを置いた。
「アニタ?」
「あ、あの。ミレーチェ様」
「ミリー」
「えと。ミリー。私をどうして呼んだの? あ、もしかしてローブに何かあった!?」
昨日今日のことで呼び出されることにアニタは自分の不手際だと思った。
それに対してミレーチェは目を丸くし、しかしすぐに細めてフッと笑みを溢す。
「そんなに怯えないで。むしろローブの件はお礼を言いたいぐらい。綺麗に洗ってくれたんでしょ?」
「あ、はい。汚れたまま返すのは忍びなくて」
「ええ。あなたはそういう性格だと思った。だからこれはローブを含めて私のために頑張ってくれたお礼。だから遠慮せずに食べて」
フォークの手を止めていたことを言外に指摘されてアニタは言葉に詰まる。
恥ずかしながらも、再びパイを食べ始める。
アニタがパイを食べ終わると、ミレーチェもカップを置いた。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「まだパイはあるけれど?」
「いえ。大丈夫です」
アニタは手を太ももの上に置いて居心地悪そうに椅子に座り直す。
「ねえ、アニタ。あなたのことを聞かせて。私、あなたのことに興味があるの」
「私、ですか?」
「ええ。こういう場所で暮らしてると色々と退屈なの」
ミレーチェが植木を見る。
アニタも誘導されたように見る。
こんな色鮮やかな赤や黄色と青々とした景色はアニタの住む街では見られない。
彼女にとっては新鮮だが、それがミレーチェにとっては飽きてしまう景色。
「だから何度も抜け出して街を冒険してたんだけどね。ついにお母様にチクられてしまって外出禁止になったの。でも不満だったから交換条件を出したの。話し相手が欲しいって」
「はあ……へ? それってもしかしてっ!」
目を丸くしたアニタにミレーチェが悪戯っぽく微笑む。
「今日から私の話し相手に任命します。よろしくね、アニタ」




