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悪『役』令嬢  作者: mask


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出逢い3

 そして陽が完全に沈んだ頃。

「ぜえ、ぜえ、ぜえ」

 アニタは勝利した。

 すでに追っ手の声は聞こえて来ない。

「も、もう無理」

 毎日働いるアニタは体力に自信があったが、一時間以上もほぼ全力疾走したためヘトヘトに疲れ切っていた。

 肩で息をし、ついには跪く。

「な、なんで、こんな、ことに」

 本当なら今頃、中央広場でアニタは劇を見ているはずだった。

 だというのに現実は暗くなった路地で座り込んでいる。

「ま、まだやってるかな」

 アニタは時計なんて持っていないし、周辺にも時刻が分かるものなんてなかった。

 彼女は楽しみにしていた劇の状況が気になった。

「とりあえず中央広場に行くか」

 着ている絹のローブに触れる。

 ローブの持ち主である少女は中央広場で会おうと約束していた。

 劇の有無に関わらず返しに行かなくてはならない。

「よいしょ」

 震える足で立ち上がり、アニタは路地を進む。

 可能な限り大きな道は避ける。

 せっかく逃げ切ったのに見つかってしまっては水の泡だからだ。

 だが、回り道をしなくてはいけないため、アニタからどんどんと時間を奪っていく。

 そして結局ーー

「……はあ〜」

 劇は終わってしまっていて、客が皆、帰り支度をしていた。

 アニタは残念ながら間に合わなかったのだ。

 トボトボとアニタは中央広場の端に座り込む。

 劇団の劇を見るのを何日も前から楽しみにしていたというのに、ひとつの出来事で全部がダメになってしまった。

「ついてないな〜」

 嘆息して蹲るアニタ。

 劇が終わったら仕事に戻らなくてはいけないが、もはやそんな気分ではなくなっていた。

「あら。見つけたわ」

 誰かの気配。

 アニタは顔をあげる。

「あっ」

 アニタを見下ろしていたのは先ほどの少女だった。

「どうやら捕まらずに上手いこと逃げ切ったようですね。偉いわ」

 腰を下ろし、アニタに目線を合わせる少女。

 左手を伸ばしてアニタの頭を撫でた。

 その優しい手にアニタは報われたような気がしてーー

「ふええぇぇん」

「あら」

 泣いてしまった。

「ふふっ。頑張ったのね。私のためにありがとう」

 頭を撫でていた手がアニタの涙を拭う。

「あっ! いた!」

 男の声。

 その声に続々と男たちが集まってくる。 

 全員が皇国軍の兵士だった。

「あーあ。鬼ごっこはおしまいね。ねえ、あなた」

 顎に手が触れる。

 そして少女はアニタを見つめる。

「名前は?」

「えっ?」

「名前よ。な、ま、え。あるのでしょ?」

「あ、アニタ、です。ミラの酒場のアニタ」

「そう。良い名前ね、アニタ。覚えたわ」

 少女は満足そうに頷くと、アニタの頬にキスをした。

「私はミレーチェ。ミリーで良いわ。親しい相手にはそう呼ばせてるの。じゃあね、アニタ」

 ミレーチェは立ち上がると、皇国軍の兵士を引き連れて去っていった。

 一人残されたアニタはキスされた衝撃から立ち直ったのはミレーチェが中央広場から完全に姿を消した後だった。

「あっ。ローブ」

 その声は誰にも届かなかった。

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