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悪『役』令嬢  作者: mask


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3/23

出逢い2

 その日の夕方。

 あらかたの仕事を終えたアニタはエプロンを畳んだ。

「あれ? アニタちゃんあがり?」

 客の一人が気付く。

「ええ。この後、劇団を見に行くの」

「ああ。中央広場でなんかやってると思ったら劇団か」

「ええー。酒を注いでくれよ〜」

「アニタを困らせるなよ」

「酔っ払いはほっといて良いから行って来な」

「はい。行ってきます、ご主人様。皆様! 劇を見終わったら帰って来ますので! 楽しんでいてくださいね!」

 アニタの言葉に客たちはジョッキを片手に見送る。

 アニタは店を出て一息吐く。

 すでにアニタの胸は高鳴っていた。

 彼女は幼い頃から劇が好きだった。

 実は母が元劇団員で、何度か劇を見せてもらったことがあった。

 母が亡くなってしまってからは機会が失われてしまったが、今日、久しぶりの機会が巡ってきた。

 心を躍らせてアニタは街の中央広場へと向かう。

 自然と歩みは駆け足に変わる。

「きゃ!」

「わっ!」

 建物の陰から飛び出してきた人物とアニタはぶつかってしまう。

 お互いに尻餅をつく。

「いてて。あ、ごめんなさい! 大丈夫だった?」

 アニタはすぐに立ち上がって相手に手を伸ばす。

「え、ええ。こっちこそごめんなさい」

 相手はアニタの差し出した手を取って立ち上がる。

 背丈はアニタと同じぐらい。

 声から女性だと分かる。

 だけどローブにフードを目深に被ってしまっていて表情が分からない。

 しかしアニタは今までの経験で察した。

 白いローブは絹の上等なやつだ。

 街の住人じゃない。

 どこかのお貴族様か、教会勤めの人だと。

 アニタの血の気が引いていく。

 事故とはいえ、自分よりもはるかに位の高い相手を地面に転ばせて、服を汚してしまったのだ。

「も、申し訳ございません。私の不注意で」

 アニタは許しを乞うために膝をついて頭を下げる。

 不敬を働いたら捕縛され、最悪は絞首刑だ。

 対して相手は困惑していた。

 どうして急に跪いて来たのかと。

「あ、あの。私は大丈夫よ? 怪我だってしてないし」

「そうだとしてもお召し物を汚してしまいましたから」

「お召し物? ああ」

 そこで相手はアニタが服を汚した謝罪をしてるのだと気付いた。

「そうね。少し汚れてしまったけれど気にしてないわ。でもそうね。あなたが気になるなら」

 相手はローブの留め具を外す。

 そして脱ぎ去った。

「これで良いでしょ? さあ、顔を上げて」

 相手の声にアニタは震えを抑えながら、恐る恐る顔を上げた。


「っ!」


 声が出なかった。

 ただアニタが思ったのは美しい少女。

 肩まで切り揃えられた髪は夕日に照らされ輝き、瞳も露店で見た青い宝石のよう。

 肌も白く、だが病的な青白さではなく、頬には健康そうな赤みがうっすらとある。

 唇だってガサガサに割れてなくて、潤いがあった。


 アニタは感じた。


 目の前にいるのは自分とは正反対の女神だと。

「くそ。どこに行ってしまったんだ!?」

「早く見つけないと暗くなっちまうぞ」

 少女が飛び出して来た方角から男たちの声。

 少女はそちらを見て目を細める。

「来ちゃった。早く行かないと。そうだ!」

「えっ」

 少女が跪くアニタに身体を寄せる。

「もし申し訳ないと思うなら、少しの間よろしくね」

 バサリと絹のローブがアニタを包む。

「後で中央広場で会いましょう。もし捕まったらローブは貰ったって言いなさい。良い?」

「あ、え?」

「良ーい?」

「は、はい!」

 アニタの返事に満足した少女はアニタを立ち上がらせる。

「さあ! 走って! 捕まらないようにね! それじゃ!」

 そう言って少女はアニタを置いて走り去ってしまう。

「えと。とりあえず逃げれば良いのかな?」

 わけがわからなかったが、アニタはフードを目深に被る。

「あっ! いらっしゃったぞ!」

「っ!」

 声にアニタは肩が跳ね上がる。

 とんでもないことを押し付けられてしまったが、不敬罪で罰せられるよりはマシだと思って来た道を走り出す。

「ちょっ!? お待ちください!」

「おい! 回り込め!」

 振り返らずに走り続ける。

「おい! 気をつけろ!」

「あ、ごめんなさい!」

 人にぶつかっても。

 ヒヒーンっ!?

「あぶねえだろ!? 死にてえのか!」

「ごめんなさーい!」

 御者の人に怒られても。

「鬼ごっこしてる〜」

「頑張れ頑張れ〜」

「頑張りますぅ〜」

 何故か子供達に応援されながらも。


 アニタは走り続けた。


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