6.自分の力で
夏目さんからメール代筆の依頼を受けた翌日、さっそく1通目の修正に取りかかることにした。彼から受け取った資料には元文章とメールを送る相手に関する情報と納品遅延になった商品Aの情報が詳細に纏められていた。
その情報を元に、元文章を修正した。
『件名:商品A納品遅延のお詫び
〇〇株式会社 赤井様
いつも大変お世話になっております。
株式会社◎◎ 営業部の黒井です。
お問い合わせいただきました商品Aにつきまして、納品が遅れており、大変ご迷惑をおかけしております。
本来であれば7月3日にお届けすべきところ、当方の手違いによりこのような事態になりました。
深くお詫び申し上げます。
早急に手配を行い、本日の16時までに弊社へ納品される予定です。
商品が到着し次第、貴社へ直接お届けいたしますが、よろしいでしょうか。
今後の対策としては管理体制を見直し、同じことが起こらないよう確認を徹底していく所存です。
何卒ご容赦くださいますよう、お願い申し上げます。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
株式会社◎◎
営業部 黒井
住所:〒***ー**** 東京都新宿区~~~
電話:03-****-****
公式HP:https://www.~~~
メール:~~~.co.jp
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐』
――こんな感じかなっ。でも、これじゃあ、ただの修正でしかない……。これくらいのことなら、私に依頼する意味がないんじゃ……。う~ん1通目は元文章にない内容を加筆できないから、言葉の選び方だけで工夫する必要がありそう。どうしたら……。
「あー、喉乾いたぁ。レモンティーでも作って、休憩しよっと」
冷蔵庫からガラスのタッパーと耐熱ガラスのピッチャーを取り出し、蜂蜜漬けにしたレモンスライスを何枚か胴長のグラスに入れ、水出ししたアイスティーを注ぎ入れて氷を入れれば、蜂蜜漬けレモン入りアイスティーの完成!
グラスを大きく傾けてアイスティーを口内へ流し入れると、ひんやりとしたアイスティーが乾いていた喉に染み渡っていく。喉を潤し、胃に落ちたアイスティーが蒸し暑さで火照った体を内側から冷ましてくれる。
頭がすっきりしたところで、再び修正中のメールと向き合った。
――やっぱり、他に手を加えられそうなところはなさそう……。他に、私ができることってあるのかな。相手の立場になったら……。
最初から自分で完璧な文章を作成することができれば、外部に代筆を依頼する必要がなくなる。そのためにはメールのどこが不適切な表現なのかが分かれば……! そうだ、私がどうしてその箇所を修正したのかが分かれば、依頼してくれた人が今後同じようなメールを作成する時の参考になるかも!
さっそく、メール本文とは別に、メールの修正箇所と修正理由とメール作成時のポイントを簡潔に纏めたものを作成した。
「よしっ、これなら、どこをどう修正したのか分かりやすいし、次回、メールを作成する際の参考になる。それに、こうすることで依頼主さんから信頼を得ることができれば、別の依頼に繋がるかも……」
――さて、次は2通目に取りかかろう。
2通目のメール代筆の資料を開き、メールの元文章と依頼内容を確認した。このメールで求められることは、入院中の知人の年配女性に、お見舞いに行けないことの謝罪と相手の体調を気遣う言葉、気落ちしている相手を勇気づける言葉を入れた内容にすることだ。送信者は男性を想定している。
『件名:お見舞い申し上げます
このたび井上様がご入院されたとの報を受け、大変驚きました。
経過は良好で、順調に回復されているとのことで何よりです。
どうか無理をなさらず、今はゆっくり静養なさってください。
遠方のためお見舞いに伺えず申し訳ありません。
心ばかりですが、お見舞いの花をお送りしました。
井上様の一日も早いご全快を心よりお祈りしております。
ご返信はお気遣いのないようお願いいたします。』
「う~ん、このメール、修正も加筆も必要なさそう……」
――夏目さんはこのメールの文章に加筆が必要だと思ってるってことだよね……。でも、お見舞いに行けないことへの謝罪も、相手の体調を気遣う言葉も、相手を勇気づける言葉も入ってる。後は言葉の選び方次第ってこと?
一旦、別の視点で考えてみよう。もしも私がメールを受け取る側だったら? こちらの経過が良いことを送信者が知ってるから、そこは自分から伝える必要がなくて安心する。無理をせずに静養して、という一言はもらってうれしい言葉だよね。
修正するとしたらここかな? 親しい人がお見舞いに来れないのは寂しいかも……。けど、お見舞いのお花はうれしい。全快を祈る言葉と返信不要の気遣いも有難いはず。
「どうやって、お見舞いに行けないことをがっかりさせないか? それと、お見舞いのお花を送ることで相手に喜んでもらえることはないか? 私が工夫できるとしたら、この2点に絞り込めそう」
もう一度、夏目さんから提供された資料をじっくり読み込む。
――あっ、この部分……井上さんの趣味はガーデニングかぁ。だから、お見舞いの品はお花ってことか。他には……ん? 3歳になるお孫さんがいるって書いてある。でも、同居家族は定年退職されたご主人と井上さんの2人だから、お子さんの家族とは別居してるんだ……。
おばあちゃんが入院するんだから、お孫さんも当然お見舞いに来てるはず。あれ? 1人息子とは交流が少ない……。嫁姑問題でもあるのかな? 井上さんの家族はなかなか、こじらせてるってことかぁ。
「お見舞いのお花……ガーデニング……同居家族はご主人だけ……お孫さん……親子関係……」
何か思い浮かびそうだが、いまいちピンとくるようなアイデアや閃きは降りてこなかった。依頼1日目で1通目のメールが完成したため、今日の作業はここでストップすることにした。
2日後――。
今朝は珍しく日の出前に目が覚めた。せっかく早起きしたのだからと、早々に身支度を整え、朝の散歩に出かけることにした。ウォーキングウェアは持っていないため、白Tシャツに7分袖の薄手のパーカーを羽織り、黒のスウェットと白スニーカーを合わせた。いつもの手提げバッグにはルイボスティー入りの水筒とタオル、蜂蜜漬けのレモンが入ったタッパーが入っている。
自宅アパートを出た時には太陽が遠くの山から顔を出すところだった。
「あっ、ちょうど日の出だ。今日は何かいいことがあるかもっ」
目的地は池のあるいつもの公園だが、今日は池ではなく、公園の敷地をぐるりと囲む遊歩道を目指す。池の周りの遊歩道は距離が短く、景色が見慣れていたため、より距離の長い遊歩道を選ぶことにした。
「うぅ~んっ、いい天気~」
公園に着くと、すぐに外回りの遊歩道のコースを歩き出した。早朝なのに、だいぶ先でジョギングをしている人が何組かいた。
――早いっ、きっと日課のように毎日走ってるんだろうなぁ。とてもじゃないけど、私は歩くだけで精一杯……。
視線を、マラソンランナーのように早く走る人達から近くの森へと移し、森林浴をゆっくり楽しみながら歩くことにした。
15分位歩いたところで、ジョギングをする人の足音が後ろから聞こえてきたため、遊歩道の脇に逸れて、走ってくる人が通り過ぎるのを待つことにした。その人が通り過ぎたのを確認してから、遊歩道に戻ると、通り過ぎたばかりの人がこちらを振り返って声をかけてきた。
「理桜ちゃん?」
「えっ? 夏目さんっ? お、おはようございます……」
「こんな時間に珍しいね、どうしたの?」
――あぁ、そうか。平日は早朝と仕事終わりにここで走るって言ってたっけ。すっかり忘れてた……。夏目さんに会うとは思わなかったから、ほぼすっぴんに近い薄化粧にしてきちゃった。おかしくないかな?
「今日は珍しく早起きしたので、散歩でもしようかと……」
「そうだったのか……てっきり、俺が依頼したメールの代筆に手古摺って夜通し起きてて、気分転換に来たのかと思って、心配したよ」
「――ふふふ……夜はしっかり寝たので、心配はいりません」
「そう、それなら安心だ。それで、代筆の方は順調?」
「はい……1通目はひとまず完成しています。今、2通目に取りかかっているところです」
「そうか、順調そうだ」
「……」
「ん? 何か悩み事?」
「あっ、いえっ……2通目のメールで少し悩んでることがあるんですけど、今回はちゃんと自分で考えて完成させたいので……」
「それはいい心掛けだ。でも、本当に困った時は相談してくれていいからね」
「はい、でも、考える方向性というか、糸口は少し掴めてきてる気がするんです。もう少し思考を深めて考えてみようと思います」
「うん、その意気だ。それじゃあ、俺は先に行くよ。理桜ちゃん、いい仕事を期待してるよ」
「はいっ」
早朝と言えども、初夏のウォーキングがこんなに汗びっしょりになるとは思わなかった。帰宅後、洗面所の鏡で自分の顔を見ると、薄く化粧していたのに、しっかり崩れていた。
「この顔、夏目さんに見られちゃったかな……。でも、夏目さんと会ったのは歩き始めだったし、きっと大丈夫なはず……」
シャワーを浴びてさっぱりすると、無性に野菜ジュースが飲みたくなった。冷蔵庫に残る野菜とバナナ、リンゴ、豆乳、蜂蜜をミキサーにかけた。淡いグリーンのスムージーが完成した。スムージーは思いつきで作ったが、ほんのりと甘みがあって思ったよりも飲みやすく仕上がった。一気に飲み干すと、2通目のメールの代筆作業にとりかかることにした。
――井上さんはガーデニングが趣味だから、花言葉にも詳しいかも。それなら、お見舞いの花の花言葉をメッセージに添えるのもいいかもしれない。花好きの井上さんに喜んでもらえそう。これなら、お見舞いに行けないことへのフォローになるよね。
次は、ご家族のことに触れたらどうだろう? 定年退職したご主人……長年連れ添ったご夫婦……この世代の男性は家事とか1人でも大丈夫なのかな? 息子さんご家族と交流が少ないとなると、井上さんもだけど、ご主人のことも心配してるかもしれないなぁ。
もしもお孫さんがお見舞いに来たら、井上さん、喜ぶだろうなぁ。でも、この資料には息子さんの連絡先は書かれていない。それはつまり、あくまでも井上さん宛のメールを作成するということだよね。
資料の情報を頭に詰め込み過ぎたせいか、あれもこれもと欲張っているせいか、結局、1文字も加筆することなく、その日の作業を終えた。
それから1週間後。夏目さんが提示した期限まで残り4日――。
お見舞いの花は黄色とオレンジのガーベラに、スズラン、オレンジのバラ、ピンクのダイヤモンドリリー、ユーカリの葉、カスミソウで纏めたフラワーボックスにした。
オーダーメイドのフラワーボックスは価格が高額であるものの、メール送信者は井上さんのご家庭の内情に詳しい人で、それなりの関係性があると踏んだ。思い切って予算1~2万円のフラワーボックスを選ぶことにした。
・ガーベラの花言葉は「希望・前進」
・スズランの花言葉は「幸福の再来」
・オレンジのバラの花言葉は「健やか・絆」
・ダイヤモンドリリーの花言葉は「忍耐・また会う日を楽しみに」
・ユーカリの葉の花言葉は「再生・心地よい癒やし」
・カスミソウの花言葉は「感謝・幸福」
――そうだっ、フラワーボックスに使用した花の花言葉を抜粋してメッセージを添えたらどうだろう? 例えば、そうだなぁ……。
『このフラワーボックスはこれまでの感謝として送ります。この花たちが、井上さんに心地よい癒やしとなること、そして、より希望に満ちた幸福が再び訪れることを祈っております』
「うんっ、いい感じ! さて、次は……」
――井上さんのご家族のこと……。う~ん、親しいと言えど、他人のご家族の問題に触れるのは失礼になるかもしれないなぁ。何か、井上さんが希望を持てるような言葉はないかな……。
そうだっ! フラワーボックスについてリサーチした時、確か、フォトフレーム付きのものがあったはず。そのことを本文に加えて、家族写真を飾ることを進めるのもいいかも。
家族写真だけに触れるなら、相手の家庭の事情に足を踏み入れる心配もないし、写真と花を傍らに、心細くなりがちな入院生活を勇気づけることができるかもしれない。うん、これでいこう!
『件名:お見舞い申し上げます
このたび井上様がご入院されたとの報に接し、大変驚いております。
その後の経過は良好で、順調にご回復されていると伺い、安堵しております。
どうかご無理をなさらず、今はゆっくり静養ください。
本来であればお見舞いに伺うべきところ、遠方のためかなわず申し訳ございません。
心ばかりではございますが、お見舞いのお花をお送りいたしました。
フラワーボックスの蓋はフォトフレームとしてお使いいただけるようですので、ご家族のお写真などを飾っていただけましたら幸いです。
井上様の一日も早いご全快を心よりお祈り申し上げております。
なお、ご返信にはどうぞお気遣いなさいませんようお願いいたします。』
2通目のメールが完成した。時間は午後5時半。この時間なら、終業時間前だし、今送っても問題ないはず。
送信したメールには、1通目と2通目のメール文章とそれぞれのメールの修正箇所と修正理由、1通目のメール作成時のポイントを簡潔に纏めた文章のファイルに加えて、2通目のフラワーボックスと花言葉を使ったメッセージの提案を纏めたファイルを添付した。
「よしっ、後は夏目さんからの連絡を待つだけだ」
開けっ放しの窓を閉めようとベランダに近づいた時、爽やかな風が吹き、頬を僅かに掠めていった。空はまだ明るく、どこかから聞こえる蝉の声が夏の訪れを告げていた。




