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そのメール、代筆いたします  作者: 蒼井スカイ
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3.ランチの約束

「やっぱりいないかぁ……」


 自宅アパートから徒歩圏内にある池のある公園に着くと、池をぐるりと回りながら散策できる遊歩道に向かった。ガラガラに空いているベンチの1つに座り、周囲を見渡す。私が探していたのは以前、ここで出会った彼の姿。だが、彼の姿はなかった。


 それもそのはず、今日は平日でお昼時のせいか、園内は静まり返っていた。


「そんな都合よく会える訳がないか……」


 キョロキョロと池の周りを見回すが、自分以外に人影は見当たらなかった。彼とはきっともう会うことがないかもしれない、そう思った時だった。


「久しぶりだね」


 急に声をかけられて後ろを振り向くと、そこには探していた彼の姿があった。


「あっ、こないだの!」

「あれから全然姿を見なかったけど、メールの代筆だっけ? うまくいった?」

「はいっ! お陰様で、友達に喜んでもらえました」

「それは良かったね。ここいい?」

「はいっ、どうぞっ」


 私はベンチに置いたランチボックスを手前に引いて、彼が座るスペースを作ってあげた。


 彼は空いたスペースに腰をおろした。


「あのっ、こないだは本当にありがとうございました! あなたのお陰で、いい文章を作ることができました」

「俺は大して何もしてないよ。メールは君が作成したんだか手柄だ」

「でもっ、私1人じゃ、恋愛感情が何なのかも分からず、あのメールを作成することはできなかったと思います!」

「――そっか、じゃあ、君の感謝を素直に受け取るよ」

「はい」


 彼は快く私の「ありがとう」を受け取ってくれた。


 隣に座った彼は以前と同じく、長袖長ズボンのランニングウェアを着ていたが、今日は汗をかいていないようだった。片手に持つスポーツドリンクを喉へ流し込んでいた。


――今日は汗をかいていないみたい。これから走るのかな? そうだ、サンドウィッチを勧めたら、食べてくれるかな? それとも運動前は胃に食べ物を入れない方がいいかな? 一応、聞くだけ聞いてみよう。


「あのっ、私、サンドウィッチを作ってきたんですけど、良かったら一緒に食べませんか?」

「――えっ?」


 彼は私がサンドウィッチを勧めたことが意外だったのか、驚いた顔をしていた。


――あれっ? 反応が……、やっぱり迷惑だったのかも……。


「あっ、いえっ、ご迷惑だったら、全然いいので――」

「もらってもいいの?」

「はい、どうぞっ」


 ランチボックスの蓋を開け、手提げバッグからおしぼりを出し、彼に手渡した。


「――ありがとう、随分用意がいいんだね」

「えっ? いえ、その……もし今日あなたに会えたら、こないだのお礼に食べてもらおうか、と思って……」

「俺のために作ってきてくれたの?」

「いえ、そういう訳では……」

「――そんな訳ないか……」


 おしぼりで手を拭き、手提げバッグから出した紙コップ2つにアイスティーを注ぎ入れ、1つを彼に手渡した。


「これ、アイスティーです。美味しいので、良かったらどうぞ」

「ありがとう、遠慮なく頂こうかな」


 サンドウィッチは出掛ける直前に思いついて作ってきたから、中身はハムとレタスとトマト。夕食で余ったゆで卵を細かく切ってマヨネーズと塩コショー、隠し味に少しだけ蜂蜜を入れてパンに挟んだタマゴサンドの2種類。

 食パンを4等分にした大きさだから、1口でパクリといける。彼は「美味しい」と言いながら、2種類のサンドウィッチを味わってくれた。


 彼が遠慮がちにランチボックスを見ていたから、「遠慮なく好きなだけ食べてください」と勧めたところ、あっという間にランチボックスは空になった。手提げバッグの中からタッパーを取り出し、ベンチの中央に置いた。


「それは何? レモン?」

「はい、蜂蜜に漬けたレモンです。食後にアイスティーに入れて味わおうと思って持ってきたんです」

「へぇ」

「良かったら飲んでみます?」

「いいの?」

「はい、もちろんっ」


 彼から空になった紙コップを受け取り、フォークでタッパーからレモンの薄切りを5枚ほど出して紙コップへ入れた。水筒からアイスティーを注ぎ入れれば、蜂蜜漬けレモンティーの完成。


「んっ、さっきの何も入ってないアイスティーも美味しかったけど、これもさっぱりしてて美味しい」

「蜂蜜漬けのレモンは運動後の疲労回復にもいいんですよ? 良かったら、そのままどうぞ?」


 自分の分のレモンティーを作ると、タッパーにフォークを入れたまま、彼の近くへ置いた。


「せっかくだから、いただこうかな……んっ、酸っぱい……けど、おいしいね。これ、全部もらってもいい?」

「はい、家にまだ作り置きがあるので、遠慮せず召し上がってください」


 彼は最初こそレモンの酸っぱさに顔を歪めていたが、次第に慣れたようで、美味しそうに蜂蜜漬けのレモンを食べていた。


「どれも美味しかったよ。ごちそうさま。それにしても、遠慮なく食べ過ぎてしまったな」

「いえっ、少し作りすぎたので、完食してくださって助かりました」


 空になったタッパーやランチボックス、水筒を手提げバッグの中に片付け、隣に座る彼を見た。すると、お腹が満たされたのか、その横顔には満足気な笑みが浮かんでいた。


――睫毛(まつげ)長いんだなぁ。鼻筋も通ってて、横顔のシルエットがきれいだなぁ……。


「ん? どうかした? 俺の顔に何かついてる?」


 無意識に彼の顔をじっと見てしまっていたようだ。慌てて視線を逸らすも、火照ったように頬が熱くなった。


「いえっ、何でもないですっ」


 彼はそれ以上何も言ってこなかったからホッとした。熱くなった顔の温度を下げるため、紙コップに残るアイスティーを一気に飲み干した。



「そういえば……今日も何か悩んでたの?」

「えっ?」

「いや、君はここへ考え事をしに来るって言ってたから」

「――」


――確かに、彼と出会った日、そんなことを話したような気がする。でも、また別の依頼があって、メールの文章に悩んでるって話したら……また何かアドバイスをもらえるかな? ううん、それはさすがに迷惑だよね……。


 でも、この人だったら、どんなことを考えるんだろう? 聞いてみたい……この人が何を考えるのか、知りたい……。


「良かったら、話を聞かせてよ」

「ご迷惑じゃないですか?」

「もちろん、サンドウィッチのお礼だよ。まぁ、俺が君の役に立てるかは分からないけど」

「――実は……」



 彼に、友人の恋人からメールの代筆を依頼された経緯と今悩んでいることを一気に話した。彼は「なるほど……」と呟き、顎に指を当てると無言になった。


――流れで話しちゃったけど、本当に良かったのかな……。


 暫くしてから、彼は静かに口を開いた。


「あくまでも俺の意見だけど、ビジネスメールは建て前で送るものだから、そんなリスクを冒してまでアレンジした内容を送らない方がいい気がするな」

「――そう、ですよね……」


 彼の言っていることは正しい。ビジネスメールは挨拶や情報の伝達などを目的にしていて、私的な内容を組み込むべきではないのだ。相手が喜ぶフレーズを選べば、気に入られることもあるかと思うが、問題は逆のパターンの場合だ。もしも、余計な一言で相手を怒らすことになったら、その後の仕事に支障が出る。

 青海さんは自己責任だと言ってくれていたが、メールの代筆を引き受けた以上、悪い結果になれば自分にも否がないとは言い切れない。


「――でも、まぁ、メールで他社と差をつけたい、今後の交渉で有利に進めるために好印象を与えたい、っていうその彼の気持ちも分からないでもない」

「……!」

「だとしたら、徹底的に、メールを送る相手のことをリサーチし尽くすしか手はないだろうね」

「リサーチし尽くす?」

「そう、相手が好きなもの、好きな言葉、尊敬する人物とか、後は嫌いなものや嫌いな言葉、相手にされたら嫌なこと、他人に触れられたくないこと、とかね。その相手のことを深く理解することができれば、少なくともその人に嫌われる言葉や表現を使わずに済むからね」

「確かに……」

「まぁ、俺なら、文末に相手が喜ぶようなフレーズをさらっと入れるかな」

「相手が喜ぶようなフレーズですか?」

「うん、例えば、そうだな……あくまでも例の1つだけど、ゴルフ好きな人なら『今度ゴルフにご一緒させていただければ幸いです』とか、溺愛している娘が小学校に入学した人には『ぜひ、弊社のパーティーにご息女と一緒にいらしていただけたら幸いです』とか、そんな感じかな? できれば上辺だけの社交辞令じゃなくて、本心の方がいいね」

「なるほど! あっ」


 手提げバッグに入れたメモ帳とペンを急いで取り出し、彼が教えてくれたことを書き記していった。


「ただ、仕事とプライベートはしっかり分けたいと考える人もいるから、そこは一文を加えるかどうかは、リサーチ次第ってとこだね」

「そうですよね……」


 彼の言葉を聞きながら、メモ帳の上でペンを滑らせていく。全て書き終えてから、彼の方に体を向けると、深くお辞儀をしてお礼を言った。


「あのっ、貴重なご意見、ありがとうございましたっ。とても勉強になりました」

「あくまでも俺の意見を言っただけだから、そんなに畏まらないで」

「いえっ、貴重なお時間を割いていただいて、私の悩みを聞いてアドバイスまでしてくれて、感謝しかありませんっ。この間に続いて、今日もご迷惑おかけしてすみませんっ」

「――迷惑……じゃあさっ、また、今日みたいに会ってよ」

「へっ?」


――今日みたいに会う? それってどういうこと? あぁ、もしかして、ジョギングでお腹が空いてるから、またここでサンドウィッチを食べたいってことかっ。それなら。


「はいっ、今度はもっとたくさん作ってきますね!」

「……」

「あっ、私ったら……ご挨拶が遅れました。式部理桜と言います」

「俺は……夏目樹。土日は大抵ここへジョギングに来てる。平日は毎日じゃないけど、早朝と退勤後に走りに来てるよ」

「じゃあ、来週の土曜――は無理かぁ……その次は……あっ! 夏目さん、何か食べたいものとかありますか?」

「俺がリクエストしてもいいの?」

「はい……お口に合うか分からないんですが……」

「いや、君が作るものはどれも美味しかった。他のものも美味しいに決まってる」

「あ、えっと、ありがとう、ございます……そう言っていただけてうれしいです」

「それなら、唐揚げとしょっぱい系の卵焼きをリクエストしても?」

「はいっ、次来る時は唐揚げと卵焼きを作って持ってきますね」

「あぁ、ありがとう。その時を楽しみにしてるよ。じゃあ、そろそろ俺は行くよ。理桜ちゃん、またね」

「――はい……また……」


 彼は爽やかな笑顔を私に向けてから、公園を出て行った。


――夏目さんと、お弁当を一緒に食べるって約束しちゃった……。でも、いつ会うとか約束した訳じゃないから、会えるとは限らないか。

 私のこと、下の名前で……! ちょっと照れくさいけど、嫌な気はしなかったな。夏目さんって不思議な人だな。2人っきりでいても居心地の悪さを全然感じなかったし、話しやすかった。きっと私と違ってコミュ力が高いからなんだろうな。


「さてと、今は青海さんのメールに集中しなくちゃ。夏目さんから教えてもらったことを忘れないうちに文章を考えなきゃ」


 自宅アパートに帰宅し、さっそくノートパソコンを開いてリサーチから始めることにした。

 現社長のプロフィールを検索すると、先代の社長――旦那様――の生前、社長夫人という立場でインタビューを受けた時の記事を見つけた。その記事には、旦那様の会社や社員、顧客への想いを熱く語っているようだった。


――現社長のダリアさんは旦那様を本当に愛していらしたんだ。このインタビュー記事に掲載されている写真はどれも朗らかな笑みを浮かべていて、旦那様の話をされている時は特に嬉しそうだなぁ。


 その時、ふと浮かんだのは会社のホームページに掲載されている現社長の写真だった。インタビュー記事の時と比べて、どこか堅苦しくて冷たい印象を受けた。


――それもそうか、インタビューを受けた時はまだ旦那様は元気で、現社長が就任してからは会社の先行きも、全社員の生活も、彼女1人の肩に重くのしかかっていたんだ……。私だったら、きっと旦那さんの後を継ぐことはできなかったと思う。


 インタビュー記事の残りを読み進めると、最後の段落に、旦那様が生前大事にされていた言葉が書かれていた。


『家族が嬉しい時、楽しい時だけを共有するのではなく、辛い時、苦しい時も支え合うことが大切だと考えています。私にとって、会社や社員、お客様は、大切な家族です。私が常日頃大切にしていることは、家族の幸せです。お客様の笑顔が増えれば、社員も仕事にやりがいを持てます。社員のやる気が高まれば自ずと会社も発展していくものです――』


――会社や社員、顧客は大切な家族……大切にしてることは家族の幸せ、かぁ。そうか! これだっ。





「よしっ、完成した! これなら、ビジネスメールとして簡潔に纏まっているし、表向きの挨拶メールとは一線を画した、相手の心に刺さる言葉を最後に入れることができた。たぶん……きっと、大丈夫なはず。これで、青海さんにメールを送ろう」


 その夜、添削したメールの本文とともに、リサーチした時に参考にしたインタビュー記事や情報元のリンクも合わせて添付した。これなら、社長本人から「どこで知ったのか?」と質問されても、問題なく答えられるはずだし、嘘にもならないはず。



『件名:着任のご挨拶【ファーストスター株式会社・青海櫂】

Ētoile brillante 株式会社

代表取締役社長

石蕗 ダリア様


突然のご連絡失礼いたします。

ファーストスター株式会社 海外事業部の青海と申します。


このたび9月1日付で、前任の篠本に代わり、貴社を担当させていただくことになりました。

前任者同様、あるいはそれ以上に貴社のお役に立てるよう、誠心誠意努めてまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。


本来であれば直接お伺いしてご挨拶すべきところ、取り急ぎメールにて失礼いたします。

後日改めて、前任の篠本とともにご挨拶に伺わせていただきます。


最後になりますが、前社長の石蕗様が生前、大切にされていた「会社や社員、お客様は家族」というお言葉を伺い、深く感銘を受けました。

その想いを体現されているダリア社長と、近いうちにお目にかかれることを心待ちにしております。

暑い日が続きますが、どうぞご自愛ください。


今後ともよろしくお願い申し上げます。


(署名)』





 青海さんから、その夜返信があった。


『理桜さん、素晴らしい文章です。改めて確認させていただき、先方に送信するつもりです。来週の金曜日ですが、ご都合がよろしければ陽菜と3人で飲みに行きませんか? ぜひお礼をさせてください。』


 返信をどうしようか迷っていたところ、青海さんの恋人――友人の陽菜ちゃん――からもメールが届いた。


『理桜、櫂から聞いたよ! とても素敵なメールを作成してもらえたって。櫂からも連絡があったと思うけど、来週の金曜日、3人で飲みに行こう! もちろん、櫂のおごりでね。理桜は「お礼はいらない」と思ってるかもしれないけど、櫂のためにも食事を奢られるくらいの感謝は受け取ってくれるとうれしいな。』


「陽菜ちゃん、最初から私に断らせない気満々じゃない……でも、喜んでもらえたのなら良かった。メールを送った後の結果が気になるけど、さすがにそこまで立ち入ることはできないもの……」


 友人の強い後押しもあり、来週の金曜日の夜7時に駅前の居酒屋で会うことになった。

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