表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そのメール、代筆いたします  作者: 蒼井スカイ
PR
5/23

2.新たな依頼

『理桜~、この間は櫂へのメールを作成してくれて、ありがとう! あれからね、櫂から連絡があって、私の気持ちを分かってくれたんだ。櫂も私が夢を叶えるのを応援してくれるって言ってくれたの! フランスに行くのは今のプロジェクトが終わってからになったよ。

 退職後はフルリモートの仕事を探すことにしたの。フルリモートの仕事なら、フランスでも日本でも、どこの国にいても仕事を続けられるから。理桜、本当に、本当に、ありがとう!!

 それから、理桜に会わせたい人がいるんだ。理桜の都合のいい日でいいから、時間を作ってくれたらうれしい。連絡待ってるね。』


 学生時代の友人――陽菜ちゃん――から、大好きな彼に送るメールの文章を作成してほしいとお願いされた。結果的に、彼女の想いは彼にちゃんと伝わり、関係を修復することができたようだ。

 そんな彼女から、私に会わせたい人がいるという。うれしさのあまり、「私は暇だから、いつでもいい」と返信した。彼女からすぐに返信が届き、今週末に私と彼女ともう1人の3人でランチをすることになった。





 今週末のランチ時――。


「理桜~、こっちこっち~」

「陽菜ちゃんっ」

「理桜、座って座って」

「うん……えっと……」


 彼女の隣には私たちと同世代と思われる男性が座っていた。見るからにやさしそうな雰囲気を纏っていた。


「理桜、紹介するね。彼が、櫂」

「初めまして、青海櫂(あおみかい)です。理桜さんのことは陽菜からお話を伺ってます」

「あっ、初めまして、式部理桜です……」

「理桜、メールのこと、櫂に話してあるから、そんなに緊張しなくて大丈夫だよ」

「えぇ! あっ……そうなんだ」

「理桜さんが作成したメールが陽菜から送られてきた時、すぐに陽菜が作成した文章じゃないって分かったんです。陽菜とは子どもの頃からの長い付き合いですからね、陽菜に文章力がないのも分かってましたから……。でも、メールにしたためられていた言葉は、陽菜そのものでした。だから、メールを読んで陽菜ともう一度会ってしっかり話さないと、と思ったんです。

 本当は僕がもっとしっかりしていないといけなかったんですけどね……。理桜さんもご存知のように、海外で仕事をすることは僕の子どもの頃からの夢で、その夢が叶うところまで来た時、陽菜に、そばにいてほしいと思ったんです。

 でも、陽菜は今の仕事が楽しいと言っていて、直接会って話したら断られるんじゃないかと不安になって、メールで伝えることにしました。これが、そもそも間違っていたんです……」


 彼は隣に座る彼女を見て、やさしく微笑みかけた。彼女ははにかんだ笑顔になった。


「今は彼女の夢を応援したいと思っています。だから、彼女が仕事で納得する成果を得られた時、僕のところに来て欲しいと伝えました。幸い、今の時代、世界のどこにいてもオンラインで繋がることができます。暫くの間、離れ離れになるけど、それはお互いの夢を叶えるために必要な時間だと、陽菜と話し合って納得しました。理桜さん、この度は本当にありがとうございました」

「いえっ! お2人がちゃんとお話しすることができて良かったです」

「僕にとって陽菜はかけがえのない存在ですが、僕は危うく、陽菜を失うところでした。僕たちの縁は、理桜さんに結んでもらったと考えています」

「私からも改めてお礼を言わせてっ。私が櫂とこうしてお互いの夢を応援し合えるように話し合えたのは、理桜のおかげ。本当に、ありがとう!」

「うんっ、陽菜ちゃん、良かったね。本当に、良かった……」


 2人が微笑み合う姿を見て、自分のことのようにうれしかった。ほっこりした気分になったところで、食事のオーダーをすることになった。


「理桜さん、今日は僕に奢らせてください」

「そ、そんなっ、お気遣いな――」

「いえっ、ぜひ、僕がっ!」


 彼の頑なな決意に押し負けて、結局、ランチをご馳走になることになった。


「食事を奢らせてほしい、と言っておきながら、こんなことを言うのは心苦しいんですが……」

「……?」

「理桜、私たちのためにメールを作成してくれたでしょう? 櫂から、誰にメールの文章を作成してもらったのか聞かれて、理桜だと答えたの。そしたら、櫂も理桜に依頼したいメールがあるんだって」

「――えぇ!」

「はい、実は……」



 彼の話では、赴任先の海外事業部で重要な役割を与えられたそう。最初の彼の仕事というのが、取引先の社長の信頼を得ることだという。ただ、その社長はかなりの曲者らしくて、下手なごますりをすれば嫌われるそうだ。

 そこで、その社長の信頼を勝ち取るうえで、今からでもできることをしておきたい、そのために社長の関心を引くメールを送りたいとのことだった。そのメールの本文を私に考えてほしい、という。


「――つまり、櫂さんの会社の取引先である社長さんに向けたメールの文章を考えてほしい、ということでしょうか?」

「そうなんですっ! 自分でもメールの内容を考えてみたんですが、いまいちピンとこなくて……。その時、陽菜から理桜さんの話を伺って、僕もメールの代筆を依頼したいと思い、陽菜に相談したんです」

「――」

「こんなことを陽菜のご友人の方に頼むのはどうかとも思ったんですが、他にいい方法が思い浮かばなくて……、恥を承知でお願いします。どうか、僕に理桜さんのその才能をお貸しくださいっ!」

「――ちょ……青海さんっ」


 彼はそう言うと、テーブルに額がつきそうなくらい、深くお辞儀をした。すると、隣に座る彼女も彼と同じようにお辞儀をしている。


「理桜っ、私からもお願いっ! この通りだからっ」

「陽菜ちゃんまでっ……」


――困ったなぁ。陽菜ちゃんのメールを作成するのですら、悩んだのに、青海さんの会社での立場を左右するほど重要なメールの文章を考えるだなんて……私には無理だよ……。あぁ、どうしたら……陽菜ちゃんにまで頭を下げられたら、断れないよぉ。

 でも、こんなに私のことを必要としてくれているんだから、何もせず見過ごすことなんてできないし……。それなら、できる限りのことはしてみよう。


「――分かりました。だから、2人とも頭を上げてくださいっ」


 そう答えると、2人とも頭をすんなり上げてくれた。2人は顔を見合わせながら、安堵したように微笑み合っていた。


「私でお役に立てるなら、協力させてもらいます」

「本当に? 理桜さん、ありがとうございます!」

「理桜、ありがとっ!」

「でも、1ついいですか?」

「「……」」


 私の言葉を聞いた2人は、無言でコクリと頷いた。


「私がメールの文章を作成するにあたって、まずは青海さんがお相手の方に伝えたい想いを文章にしてください。私はあくまでも、青海さんが作成したメールを手直しするだけです。

 それから、私が作成したメールが使い物になるか、青海さんご自身が判断してから先方にメールを送るかどうかを決めて欲しいです。青海さんのお話を聞くからに、そのメールは青海さんの今後を左右する重要なメールになるかもしれません。

 もしも、私が作成したメールが青海さんの不利益になることがあっても、私に責任をとることはできませんし、陽菜ちゃんを悲しませることになります。それだけは避けたいです……」

「もちろんです。陽菜からも話を伺っています。理桜さんはあくまでもメールの添削をしてくださるだけ、メールを送る判断をするのも、送った後の結果も、当然、僕の責任です。ですので、理桜さんは気軽な気持ちで僕のメールを添削してください」

「――分かりました」


 こうして、友人の恋人からもメールの代筆を依頼されることになった。その後は、2人ともメールの代筆の件を切り出した後だからか、すっきりした顔になっていた。


 2人の前では笑顔を作れていたと思うが、他人の人生を左右しかねないメールの代筆を依頼されたのだ。内心は穏やかではなく、一抹の不安を感じていた。





「青海さん、食事を奢っていただいて、ありがとうございました」

「いえ、陽菜と僕、2人とも理桜さんにお世話になっているんです。これくらいのことじゃ、恩返しにもなりませんよ」

「そんな、恩返しだなんて――」

「櫂の言う通りだよ。私たちがこうして仲良く過ごせるのも理桜のおかげなんだからっ」


 私が謙遜したことで、再び2人から感謝の言葉のシャワーをたっぷり注がれてしまった。


 ようやく落ち着いたところで、青海さんとメールアドレスを交換した。後日、メールを添削することとなった。2人はこの後、今後の話をするため、お店に残るという。2人に挨拶をしてからお店を出た。



――まさか、陽菜ちゃんの恋人からメールの代筆をお願いされるなんて、思いもしなかった……。でも、陽菜ちゃん、とても幸せそうだったなぁ。それだけ青海さんのことを大切に想ってるってことだよね。青海さんの陽菜ちゃんを見る目もやさしかった。とってもお似合いの2人だなぁ。





 それから3日後、青海さんからメールが届いた。



『件名:着任のご挨拶【ファーストスター株式会社・青海櫂】

Ētoile brillante 株式会社

代表取締役社長

石蕗 ダリア様


初めてご連絡いたします。

ファーストスター株式会社 海外事業部の青海と申します。

この度、9月1日付で、前任の篠本に代わり、貴社を担当させていただくことになりました。

後日あらためて、前任の篠本とともにご挨拶をさせていただきたくご連絡いたしました。


貴社の拡大発展に大変尽力された石蕗様とご一緒に仕事できることを楽しみに存じます。

いち早く貴社のお役に立てるよう誠心誠意努めてまいりますので、何卒よろしくお願い申し上げます。


取り急ぎ、メールにて失礼いたします。

近日中にご挨拶に伺います。

どうぞよろしくお願いいたします。


(署名)』



――う~ん、定型的なビジネスメールね。少しだけ表現を変えて簡潔にまとめれば、もっとすっきりした文章になりそう。ただ、青海さんの話だと、メールを送る相手は取引先の社長さんで、かなりの曲者だって言うし……。

 このメールで気になるところは「貴社の拡大発展に大変尽力された~楽しみに存じます」かな……。もっと他にいいフレーズがあるといいんだけど。


 今回もまた、ノートパソコンの前で指の動きがピタリと止まってしまった。


――でもなぁ、ビジネスメールは簡潔、丁寧に、不要な情報を省くことがマナーだからな……。相手からすると、何気ない言葉が不快感に繋がる可能性もあるし……。それに、相手がどんな人なのか、分かっていない状態でメールを作成するのはリスクが高い気がする。ひとまず、社長さんのことを調べてみようかな。


「えっと、Ētoile brillante 株式会社ってどんな会社なんだろう?」


 会社のホームページには、自然派の食品からスキンケアまでを扱う会社だと記載されていた。15年前に創業した会社で、創業者は石蕗 哲氏。3年前に亡くなり、今はフランス人の奥様が社長に就任していた。


「今回メールを送るのは、代表取締役社長の石蕗 ダリアさん。3年前に創業者の旦那様が亡くなったんだ……。そういえば青海さんは、現社長は急死した旦那様に代わって経営が傾いていた会社を1人で立て直した人で、尊敬する人だと言っていたんだっけ。

 旦那様が亡くなられたばかりで、会社を立て直すなんて、どれほど大変で、辛かったことだろう……」


 一通り、会社のホームページを見て、どのような会社なのか、どんな経緯で現社長が就任されたのかは分かった。だが、初めての挨拶メールに入れることで、社長の関心を引けそうな内容は見つけられなかった。



 青海さんから頂いた紅茶をアイスティーにして一口啜ると、すっきりとした味わいが楽しめた。


「そういえば、この紅茶、たしか……あっ、やっぱり。メールを送る社長さんの会社の商品だったんだ。青海さんも、美味しくて自腹で購入して家でも職場でも飲んでいるって言ってたっけ」


 頂いたアイスティーは美味しく味わった。だが、肝心のメールの文章に入れたくなるようないいアイデアは浮かばなかった。


「仕方ない、今日もあの公園に行こうかな……せっかくだから、サンドウィッチでも作ってベンチで食べようかな」



 思いつきでお昼にサンドウィッチを作り、水筒にはさっき飲んだアイスティーと同じものを入れた。公園に行く身支度を整えていた時、ふと公園で出会った彼のことを思い出した。


――そうだ、あの人、今日は公園に来るかな? 陽菜ちゃんに頼まれたメールの文章をすらすら書けるようになったのはあの人のおかげだし、会えたらこの間のこと、お礼を言いたいな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ