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そのメール、代筆いたします  作者: 蒼井スカイ
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2/24

0.再会と出会い(後)

本日、2本目の投稿です。

不定期となりますが、随時更新していきますので、ぜひお楽しみください!

 陽菜ちゃんの話では、彼女には想いを寄せている幼馴染みの彼がいる。その彼が海外事業部への転勤が決まって、彼から「一緒にフランスへ来て欲しい」と言われたそう。でも、陽菜ちゃんは新プロジェクトのリーダーに抜擢されたばかりで、身動きが取れず、返答に迷っていた。

 陽菜ちゃんからの返信を待っていた彼は、「返信がないことが陽菜の答えなんだね」というメールを返してきた。そのメールを見て、自分の現状と彼への想いを伝えるために電話をするが、彼は出てくれない。

 仕方なく、陽菜ちゃんは今の現状と、彼への想いをメールで伝えたそう。それでも返信がないという。彼がフランスに出発するのは2カ月後だそうだ。彼が日本を発つ前に、何とか自分の想いを彼に届けたいという。

 でも、陽菜ちゃんは相手と直接会って話すことは得意だが、メールとなると苦手意識があるらしい。その時、頭に浮かんだのが、文章を書くことが好きな私だったという訳だ。




「つまり、陽菜ちゃんは彼のことが好きで、これからもずっと彼のそばにいたいと思ってる。だけど、今すぐ一緒にフランスへ行くことはできない。せめて、今のプロジェクトが終わるまで待って欲しい。この想いをメールで彼に知らせたいってこと?」

「そうっ、そうなの! 私、どうしても彼と別れたくないの! こんなことを理桜にお願いするのはどうかと思う……でも、他に手がないの……お願いっ、私に力を貸して!」





 ノートパソコンとにらめっこして、何時間が過ぎただろう。陽菜ちゃんと飲みに行ったあの日、彼女の想いの強さに押されて、協力すると返事をしてしまった……。

 幸い、会社を退職したばかりで今は有給休暇中。時間と暇だけは持て余していた。


――もうっ、何にも浮かばないんだけどっ。どうしたらいいんだろう?


 陽菜ちゃんの代わりにメールの文章を考えると言っても、他人の気持ちを代弁するのは難しい。私の解釈が間違えれば、彼との関係が終わってしまう可能性だってある。それだけは絶対に避けなければならない。

 そこで彼女に、彼に伝えたい言葉や想いをメールにしてもらい、私はそのメールを添削することにした。この方法であれば、陽菜ちゃんが伝えたいメッセージから逸脱したメールになることを防げると思ったからだ。


 とはいえ、陽菜ちゃんから送られてきたメールを見て、驚いた。コミュニケーション能力がずば抜けて優れている彼女だが、控えめに言っても、文章力というものが欠如していたのだ。



『私は櫂のことが好き。この先ずっと一緒にいたいと思うけど、今は仕事が楽しくて一緒には行けない。今任されているプロジェクトが終わったら、フランスに行きたい。だから、もう少し待っててほしい。』



「陽菜ちゃん、言いたいことは分かるけど、唐突すぎじゃ……。きっと、このメールを見た彼は『俺よりも仕事が大事なの? それなら1人で行くよ』なんて返信が来そうだよ。どうしたものか……」


 ノートパソコンのキーボードの上にある指は微動だにしない。諦めて、ノートパソコンを閉じ、メモ帳とお気に入りのペン、水筒を肩に掛けた手提げバッグに入れ、自宅アパートから少し離れた池のある公園へ歩いて向かった。





――やっぱり、今日は土曜日だから、家族連れやカップルが多いなぁ。どこか、ベンチ空いてないかなぁ。


 自宅アパートから徒歩で10分程の場所に公園がある。この公園は3つのエリアに分かれている。子ども向けの遊具が設置されたエリア、ボール遊びができる広場、そして、私が今目指している池のあるエリアだ。

 池と言っても面積は広く、その周りに敷かれた遊歩道を1周するのに15分位かかる。遊歩道の至る所にベンチが池に向けて設置されており、何か考え事をしたい時にいい場所だった。


――あっ、あのベンチ、空いてるっ! 周りに誰もいないし、私が座っても大丈夫そう。


 ベンチの右側に座り、手提げバッグを左隣りに置いた。水筒を取り出し、ルイボスティーを2口飲むと、乾いた喉が潤っていった。


――ふぅ~、それにしてもどうしよう。陽菜ちゃんのメールは、まるで同僚に送るみたいな簡潔な内容だったから、だいぶ手を加えないと彼を説得できるような文章にならなそう……。


 文章力こそ人並みに自信はあるものの、メールを代筆するにあたって気がかりなことが1つあった。それは、恋愛経験が少ないこと。

 いや、恋愛経験と言える経験は唯一1回きりで、その相手は先日退職したばかりの会社の先輩だ。仕事もできて頼りになる憧れの先輩から告白され、付き合うことになった。だが、大してデートもしないうちに、先輩には本命の彼女がいることを知ってしまった。つまり、私は先輩の浮気相手だったのだ。

 それからというもの、先輩の本命の彼女である受付嬢からは随分と嫌がらせを受けた。浮気の事実すらないのに、社内に私が先輩に言い寄っただの、付きまとっただの、有りもしない噂を立てられ、居場所を失ってしまった。

 浮気相手と言っても、デートもキスもしたことがなかった。だから、実のところ、恋愛経験はほぼないと言っても過言ではない。むしろ、付き合った事実すらなかったようにも思える。先輩の浮気相手として仕立て上げられることに理不尽さを感じたが、私の話を聞いてくれる人は1人もいなかった――。


 そんな恋愛経験のない私が、結婚を望む2人の架け橋となる文章を考えられる訳がない。せめて、友人である彼女のメールがもっと長く、詳細に書かれていれば体裁を整えるだけで、それほど苦労もしなかったのだろうが……。




 そんな思考を延々と巡らせているうちに、園内にいたカップルや家族連れの姿が見えなくなっていたことに気づいた。


――あれ? さっきまで子どもの声で賑やかだったのに、静かだな。


 辺りをキョロキョロ見回すと、誰もいない。思いついたようにスマホの画面を覗き見ると、正午を過ぎていた。


――あぁ、もうお昼かぁ。皆ご飯でも食べに行ったのかな。


 公園のベンチに座ること1時間。メールの書き出しすら浮かばないという状況は一向に変わらなかった。


「はぁ~」


 途方に暮れて溜息をついた時、頭上から声が振ってきた。


「隣、座ってもいい?」

「――」


 俯いた顔を上げると、息を切らしながら話す男性がベンチの前に立っていた。その男性は私と同世代のように見える。初夏というのに、薄手の長袖長ズボンのランニングウェアを着ていて、額からは滝のように汗が流れていた。首にかけたタオルで汗を拭っている。


「もしかして、ここ、誰か来る?」

「あっ、いえ……誰も来ませんっ」


 私は慌てるように、手提げバッグを膝の上に置き、彼が座れるようにスペースを空けた。


――他のベンチも空いてるのに、どうしてここに座ろうとするんだろう?


 ベンチに座った男性は背もたれに上半身を預け、片手に持っていた飲みかけのスポーツドリンクを一気に飲み干した。


「席空けてくれて、ありがとう。ここ、俺のお気に入りの席なんだよ」

「えっ、そうなんですか? すみません、私――」


 他の席に移るために立ち上がろうとした時、彼が意外なことを言った。


「君、よくここに来てるよね?」

「えっ?」

「あー、いや、俺もよくジョギングをしに来てるから、時々、君を見かけていたから」

「――」

「いつも1人だけど、ここで何してるの?」

「――いえ、ちょっと考え事を……」

「考え事? あぁ、悩んだ時は自然と触れ合うタイプ?」

「えっ?」

「あー、違った?」

「――その、ここに来ると何か閃くかな、って……」

「閃きを求めてここへ? ふ~ん……」


――何だか、変な人……。1人で考え事をしたくて来たのに、隣に人がいたら気が散って何も浮かびそうにない。今日のところは帰ろうかな。


 取り出したメモ帳とペンを手提げバッグに入れ、ベンチから立ち上がろうとした時だった。隣に座る男性がまた話しかけてきた。


「ねぇ、『三上さんじょう』って言葉、知ってる?」

「さんじょう、ですか?」

「そう、古代中国の偉人の言葉でね。アイデアや文章を思いつくのにいい場所や状況が3つあるんだよ。その3つが、『馬上ばじょう』『枕上ちんじょう』『厠上しじょう』。馬上は馬の上、つまり移動中ってこと。枕上は布団の中、厠上はトイレに入ってる時」

「トイレっ?」

「うん、面白いよね。詰まるところ、人はボーっと何も考えていない状況に置かれている時に閃きが降りてくるってこと」

「ボーっと何も考えていない時に閃きが……」

「君は何を思い悩んでいたの?」

「――私は……」


 偶然同じベンチに座ることになった男性から、何を悩んでいるのか、と質問された。相手のことをよく知りもしないのに警戒心はどこかへ飛んでいき、不思議と彼に胸の内を話してみたいと思ってしまった。


「――実は、友人からメールの代筆をお願いされて……」


 私は友人からメールの代筆をお願いされた経緯を、名も知らない彼に話した。


「なるほどね、恋愛経験がないから、その友人の気持ちを代弁するような文章が思いつかない、ってことか……」

「……」


 無言になった彼を見ると、顎に指を当てて何かを考えているポーズをしていた。


――こんなこと、この人に話しても意味がないのに。どうして見ず知らずの人に話しちゃったんだろう……。不思議……いつも初対面の人と2人っきりになると、緊張して何も話せなくなるのに、メールの代筆のこと、すらすら話しちゃった。


 彼の横顔をボーっと見ていると、突然、彼がこっちを向いて、視線が重なった。彼の顔は、真剣な表情からにっこり笑顔に変わっていた。不意打ちの笑顔に驚き、視線を正面の池に移した。すると、彼の発言に思わず背けた顔を左隣へと向けていた。


「それなら、1ついい方法があるよ」

「いい方法、ですか?」

「うん、聞きたい?」


――いい方法って何だろう? 話を聞くだけなら問題ないかな? でも、彼のいい方法とやらを聞いてしまったら、断りづらくなるかもしれない……。どうしよう。でも、このままじゃ、陽菜ちゃんの想いを代弁するメールの文章を考えられないし……。

 彼は人を騙すような人に見えないし、話を聞くだけなら大丈夫だよね? もしも、彼が言う方法が理に叶ったもので、メールの代筆がサクサク進むなら、試してみたい。うん、ここは彼を信じて話を聞いてみよう。


「――その話、詳しく聞かせてもらってもいいですか?」

「もちろん」

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