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そのメール、代筆いたします  作者: 蒼井スカイ
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16/23

11.架け橋に(後)

本日、2本目の投稿になります。

「さて、食事の前に話をしようか」

「――はい」


――来たっ、メール代筆の結果と今後の話だよね。合格はもらえたけど、代筆したメールの評価はまだ聞いてないから、ちょっと緊張してきた。


「理桜ちゃん、まずは3通のメール代筆、お疲れ様。かなり難易度が高いものを依頼してしまったけど、よく最後までやり切ったね」

「ありがとうございます。最後までやり切れたのは、これまで夏目さんがアドバイスをくださったからです。友人からメールの代筆を依頼された時はどうしようかと思ったんですけど、夏目さんに助けてもらいました。その時のアドバイスは今回のメールの代筆にも活かすことができました」

「そう、理桜ちゃんの役に立てたのなら俺もうれしいよ。それで、3通目のメールについての評価なんだけど……」


――夏目さん? 何だか言い出しづらそうな顔をしてる……。もしかして、合格はもらえたけど、実際は合格ラインのギリギリだったんじゃ……!


「夏目さんっ、覚悟はできてます。これからメールの代筆で起業するんですから、どんな厳しい意見でも受け入れて、依頼主の方が満足できるメールを作成できるよう頑張りますっ!」

「――えっ? 理桜ちゃん……」

「なので、遠慮せずに率直な意見を聞かせてくださいっ」

「――分かったよ。それじゃあ3通目のメールについて、いくつか聞いてもいいかな?」

「はいっ、もちろんです」


 彼はビジネスバッグの中から、私が作成したメール本文を印刷した紙を挟んだクリアファイルを取り出し、テーブルの中央に置いた。


 彼の表情は仕事モードに入ったのか、公園で見せるような柔らかな表情ではなく、その場が少しピリッとするような空気感を纏ったような気がした。そんな彼の変化を感じ、私も姿勢を正して緩んだ表情を引き締めて彼の言葉を待った。


「――あの手紙の内容だけで、このメールの内容を考えるのはとても難しかったと思う。理桜ちゃんはどうして……いや、どのように考えてこのメールを完成させたのか聞かせてほしい」

「はい……最初はこの依頼を受けると言ったものの、自宅に帰ってから改めて手紙を読んでも、手紙を書いた女性の気持ちが分からなかったんです。どうしてこんな手紙を学生時代の恋人だった依頼主に遺したのか、なぜ彼女は自ら命を絶ってしまったのか。

 私には恋愛経験もないですし、病気や自殺したくなるような辛い経験をしたこともありません。だから、彼女の気持ちを受け入れることができませんでした……」


――そう、だから私は普段しない晩酌を1人でして、そのまま寝てしまったんだよね。このことはメールと関係ないから、夏目さんには内緒にしておこう。


「最初は手紙の、彼女の気持ちを理解することが大事だと思っていました。なので、1文ずつ読み解いていくことにしたんです。事前にいただいた情報を整理したり、一般的な考えを理解したりするのにネットでもリサーチしました。

 その結果、やはり依頼主の方は女性に未練がないのだと分かりました。でも、手紙を書いた女性の気持ちだけは謎で、最後まで分からなかったんです。

 ただ、もしも自分が彼女のように余命を宣告されたらどうするんだろう? って考えてみました。私はたくさん未練があったので、最期まで生きる道を選んだと思います。もしも大切な人がそばにいてくれたら、最期の瞬間まで幸せを感じられるんじゃないかと思ったんです。

 だから、彼女が最後に思い出すほど好きだった依頼主に連絡を取らなかったことが不思議でした。私だったら、きっとそばにいてほしい……と思うんじゃないかと……」

「――」


 彼は視線を落とし、じっと私の話を聞いていた。どうやら私が話し終わるまでは聞き手でいるつもりなのだろう。


「結局、メールの文章を打ち始めたのは、依頼から半月以上経ってからでした。彼女の想いを汲み取ることはできないと分かった時、以前夏目さんから頂いたアドバイスを思い出して、手紙を別の角度から考えてみようと思ったんです」

「――」

「メールを送るのは依頼主ですから、当然、彼の視点に立って考えることが一番重要だと、ようやくこの時気づいたんです。手紙に込められた想いはどうやったって彼女、手紙を書いた本人にしか分からなくて当然だったんです」

「――本人にしか分からなくて当然?」


 その時、沈黙し続けていた彼が驚いたように口を開いた。私に視線を向け、説明の先を知りたがっていることが分かり、私は説明を続けた。


「はい、彼女が手紙にどんな想いを隠していようと、手紙を受け取った人はそこに書かれた言葉以上のことを受け取るなんて、最初からできる訳がないんです。だから、この手紙を受け取った依頼主さんも、彼女の想いをどうにか汲み取ろうと考えた結果、何年も苦しんでこられたのではないかと思います」

「――――」

「何年も彼女の過去の幻影に捉われていて苦しんだでしょうし、『いい加減開放して欲しい』と怒りを露わにしたこともあったかもしれません。

 事前情報では、彼女と別れたことを後悔しているというような趣旨の話は伺っていませんでしたし『今の苦しみを終わらせたい』、とその一心でメールの代筆を依頼してくださったんだと思いました。

 だから、このメールは彼女が期待するようなやさしく甘い言葉ではなく、彼の苦しみや怒りをぶつけられる内容にした方が、依頼主さんの心が少しでも晴れるんじゃないかと考えました。

 とはいえ、つらつらと恨み言を書くだけでは依頼主さんを苦しい現実から救い出すことはできないと思って、最後に、『天国で会うことがあったら、怒りをぶつける』『それまでは胸にしまっておく』、として忘れたい想い出も感情も全て棚上げする内容にしました。

 そうすれば無理に忘れることはないし、彼女を否定し続けたり怒りをぶつけ続けたりする必要はありません。彼女のことを忘れられない自分や怒り、恨みを抱く自分に罪悪感を抱いたりせずに済みますから」

「――――彼女の想いは誰も分かるはずがない、か……確かにそうだ。分からなくて当然だということか……」

「はい、でも、今自分で説明していて気づいたことがあるんですけど」


 彼はこちらを見て、無言のままコクリと頷いた。彼から「聞かせてくれ」と言われたようで、話を続けることにした。


「彼女は手紙の最後の方で、『悔いはない』と書いていました。この言葉には2つのメッセージがあるのではないかと考えました。もしかしたらこれが、彼女が依頼主さんに伝えたかった本当のメッセージなんじゃないかって思ったんです」

「彼女が伝えたかった本当のメッセージ? 2つあると?」

「はい、1つは文字通りの『人生に悔いはない』ということ、そして、もう1つは『美しい想い出の中の私を忘れないでいて』ということではないかと……。あくまでも私の推測にすぎないんですが……」

「――――」

「彼女は人生で一番幸せだった瞬間は依頼主さんと過ごした日々だと書いていました。でも、彼女は余命を宣告された後も依頼主さんに連絡は取らなかった。それに手紙にも『さよならは言わない』とも書いていました。

 それはきっと『さよなら』を言ってしまったら、依頼主さんが自分のことを忘れてしまうかもしれないって思ったんじゃないでしょうか?

 自分はいずれ病気で亡くなってしまう。離婚して愛してくれる人も子どももいない。死を前にした時、彼女は誰1人看取ってくれる大切な人がいない、という現実を目の当たりにして、死後に自分の存在も忘れ去られてしまうと恐怖を感じたのかもしれません。それで……遺していく人に忘れられない印象を残すために手紙を遺し、自ら……」

「――――」


 話終わり、彼に視線を向けると、彼はテーブル中央に置かれていたクリアファイルを手にしていて、顔の前で立てるように片手で持ち、メールの内容を確認しているようだった。彼の表情は一切見えなかった。


 暫くの間、沈黙が続いた。


「――理桜ちゃん、聞いてもいいかな?」

「はい」


 彼はクリアファイルを持ったままで、どんな表情をしているのかは分からなかった。彼はクリアファイルを覗きながら言葉を続けた。


「このメールで主語が『私』や『僕』ではなくて『俺』にしたのは何か理由が?」

「あっ、本当は主語を確認するべきか迷ったんですが、何となく文脈から『俺』がしっくりする気がして……すみませんっ、事前にちゃんと確認するべきでした」

「いや、『俺』で正解だよ」

「えっ……」

「それから、1通目と2通目のメールを代筆する時は修正箇所やメール作成のポイントを纏めた資料をつけていたけど、今回のメールにはなかったね。これには何か意図や理由があったのかな?」

「――1通目はビジネスメールで、依頼主さんが自分でも作成できるように、と資料をつけました。2通目はプライベートのメールでしたが、メール以外にフラワーボックスを提案したらもっと喜んでもらえるのではないかと思って提案書として資料を添付しました。

 3通目のメールは1通目と2通目のメール内容と全く違います。メールを作成する目的は良い文章を作成することではありませんし、この先、同じようなメールを打つことはありません。あくまでも、依頼主さんの気持ちを少しでも癒すためだと、私は受け取りました。

 なので、メールの本文以外に資料はつけませんでした。リサーチした資料は別にありますが、それは依頼主さんにお見せする必要のないものです。でも、夏目さんがメールを評価するにあたって必要でしたら、すぐお見せできます。今日、持ってきているので――」

「いや、その資料は必要ないよ」

「そう、ですか。分かりました」

「――――」


――夏目さん、どうしたんだろう? 急に静かになって……。何か間違ったことでも言っちゃったかな? クリアファイルで顔が見えないから、どんな表情をしてるのか全く分からないし……。


「理桜ちゃん、すまない。仕事の連絡が入ったみたいだ。少しだけ席を外しても構わないかな?」

「あ、はい。もちろんです。私のことはお気になさらず」


 申し訳なさそうに話す声が聞こえたと思ったら、彼はこちらを見ずに俯いたままスマホを片手に部屋を出て行った。


「はぁ~、緊張した~。夏目さん、いつもと雰囲気が違った気がするな……。私の説明を聞いて、やっぱり納得いかなくて起業のサポートは取り止め……なんてことにならないよね……。それとも、仕事で忙しくて疲れてるとか? ここに来た時は疲れてるように見えなかったけど……」


――私が作成したメールの内容が夏目さんを困らせているのかもしれないな。どうしよう……どうしたらいいんだろう?




 5分程経ってから、彼は部屋に戻ってきた。彼の表情は部屋を出て行った時よりも、明るいように見えた。


「理桜ちゃん、ごめんね。席を外してしまって」

「いえっ、お仕事の方、大丈夫でしたか?」

「――あー、大丈夫だよ。心配はいらない」

「――あの、それで……このメールのどこがダメでしたか? 今後のためにもちゃんと知っておきたいんです。お願いします、教えてくださいっ」

「えっ? あー、すまない。俺はまだ質問しかしていなかったね」

「……」

「理桜ちゃんを困らせるつもりはなかったんだ。このメールを読んだ俺の感想を少し話してもいいかな?」

「――はい」


 彼は深く呼吸をすると、私の目をしっかりと見てから落ち着いた口調で話し始めた。


「最初にこのメールを読んだ時、正直、驚いたよ。君は恋愛経験はないと言っていたし、どう考えても手紙の女性がした経験を理解できるはずがないと思っていたんだ。あー、でも誤解はしないでほしい。決して君が経験不足だとか、メール代筆ができないと思っていた訳じゃないんだ」


 彼は、私が変に感ぐったり誤解したりしないよう、言葉を付け足した。

 そんな彼の些細な気遣いがうれしかった。


「俺もこの手紙を最初に読んだ時、全く理解できなかったからね。だから、本当は別のメールの代筆を依頼するつもりだったんだ」

「えっ、そうだったんですか?」

「うん、さすがにこんな重い手紙への返信はね。それに、代筆したメールは相手に読まれることがないからね。けれど、2通目に依頼したメールと提案書を読んで考えを改めたんだ」

「――」

「メールの代筆はあくまでも依頼主に代わってメールを作成すること。けれど、君はメールを受け取る側だけでなく、贈る側の依頼主の言葉にならない想いまで汲み取って、最大限自分ができることをした。

 それは、メールの代筆という作業を超えて、それぞれの想いに寄り添った、両者の架け橋になっていた、と俺は思ったんだ。

 だから、3通目にこの手紙への返信を依頼することにしたんだ。それに、君がこの手紙から何を受け取り、依頼主に対してどんな風に寄り添うのか、俺はそれが知りたくなったんだ。君なら、この手紙に最適なメールを作成できるんじゃないか、彼を……過去の呪縛から解き放ってくれるんじゃないかってね。

 これはテストのはずなのに、俺は君に随分と無茶なお願いをしてしまった。そのことについてちゃんと謝罪したい。こんな気が重くなるような手紙を持ち出して、こんなに時間をかけてメールを作成するのは大変だったろう? 理桜ちゃん、本当にすまなかった……」

「――夏目さん……そ、そんなっ……うっ……うぅ……」


 夏目さんの謝罪を聞いたら、突然目頭が熱くなり、何故か涙が止まらなくなった。


「理桜ちゃんっ?」

「うっ……ヒック……大変、でした……ヒック……正直、辛かった、です……グスン……」

「――理桜ちゃん、すまなかった……」


 私はあろうことか、そのまま泣き崩れてしまった。




 どれくらい経ったのだろうか? 随分と長い間、泣いていた気がする。


――ん? あったかいなぁ。まるで、誰かに抱きしめられているみた……いっ?


 視界に入ったのは座席すぐ前にあるはずのテーブルではなかった。てっきりテーブルに顔を伏せて泣いていたのだと思っていたが、テーブルまでやけに距離がある。


――あれっ? どうしてテーブルから離れてるんだろう? それに、背中に何か柔らかくて温かいものを感じる。椅子の背もたれにしては柔らかすぎるような? それに、この香り……どこかで嗅いだことがある匂い……!


 恐るおそる顔をあげると、すぐ目の前に彼の顔があった。


「――! な、夏目さんっ? どうして……!」

「泣き止んだみたいだね」


 彼はやさしい微笑みを返してくれたのだが、私は自分が置かれている状況をようやく把握したため、微笑み返すことはできなかった。

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