10.お見合いの席で(後)
本日、2本目の投稿です。
東雲さんは突然、座ったまま頭を深く下げてきた。彼の突然の行動に私は慌てふためいた。
「東雲さん? 頭を上げてくださいっ! どうして私に謝るんですか?」
「お恥ずかしいのですが、僕はてっきり今までのお見合い相手と似た女性が来るのだと思っていたので、わざと相手に好感を持たれないように不愛想に振る舞っていたんです」
「さっきの態度はわざとだったんですか?」
彼の本音を聞いて驚いた。まさか、お見合い相手に好かれないためにわざと不愛想に振る舞っていたとは思いもしなかった。
「実は、これまで何度もお見合いを強制されておりまして。相手の方は僕の内面を見ようともせず、僕の外見や職業、収入にしか興味のない方ばかりでした。仕事が多忙だったこともあり、すぐに結婚するつもりがなかったので、全てお断りしてきました。
ですが、お見合い相手の中で、しつこく僕に交際を申し込んでくる女性がいたんです。それならば最初から性格の悪い男を演じれば、向こうから断って来るだろうと思って、あのような態度を取ることにしました」
――そういうこと……。確かに、東雲さんはかっこいいし、笑顔も素敵な男性だから、お見合い相手の女性は放っておかないだろうな。
なんだぁ、東雲さんも私と一緒で、結婚するつもりがないのに断れず、形式的にお見合いを受けているだけなんだ。それなら、話は早い。私も結婚するつもりはないと伝えよう。そうすれば、私も東雲さんも、このお見合いから解放される。
「あのっ、実は――」
「僕はこのお見合いを先に進めたいと考えてます」
「――――えぇ! ど、どうしてですか? 東雲さんは結婚するつもりはないんですよね? それなら、このお見合いは……」
「確かに、最初はそのつもりでした。ですが、あなたを見ていて気が変わりました。僕はあなたと、いえ、式部理桜さんと結婚前提でお付き合いしたいと思っています」
「…………」
――そんなぁ~、てっきり、東雲さんもまだ結婚するつもりがないものだと思ったのに……。私のどこに気に入るところがあるの? 困ったなぁ、どうやって断ればいいんだろう……。
その時、東屋の外から聞き覚えのある声が耳に届いた。
「理桜ちゃん?」
自分の名前を呼ぶ声がどこから飛んできたのか、と周囲をキョロキョロ見回した。すると、ちょうど東屋の脇にある石畳の遊歩道で止まってこちらを見ている男性がいた。
「夏目さん? どうして、ここに?」
スーツ姿の夏目さんの姿を捉え、つい席を立ち、足早に東屋の階段そばまで移動し、大声で彼に返答した。夏目さんも階段下まで歩いてきた。
「やっぱり理桜ちゃんだ。いつもと雰囲気が違うから自信がなかったんだけど、こうして近くに寄ると、すぐに分かったよ。俺は少し所用でね。理桜ちゃんは……俺、邪魔してしまったかな?」
「いえっ! そ、そんなことないです!」
緊張で張り詰めていた中で、顔見知りの人と出会えた安心感からか、ついついお見合い相手の存在を忘れていた。すると、その彼が私の隣に移動してきて、会話に割って入ってきた。
「理桜さん? お知り合いの方ですか?」
「えっ、あ、えっと、はい……」
「これは失礼。ご挨拶が遅れました、夏目樹です」
夏目さんは東屋の階段を上り、ジャケットの内ポケットから取り出した名刺を差し出しながら東雲さんに挨拶をした。東雲さんは差し出された名刺を片手で受け取っていた。
「これはこれは、Transform top社CEOの夏目さんでしたか。お噂は聞いています、とても優秀な経営者だと。僕はAKATUKI社の東雲春之介です」
東雲さんは挨拶をすると、自分の名刺をジャケットの内ポケットから取り出して、彼に手渡した。
「――AKATUKI社……あぁ、経済界で今注目を集めていて、次期社長と言われている東雲さんでしたか」
「私など、夏目さんと比べたら、足元にも及びませんよ」
「そんなに謙遜なされなくてもいいのでは? 東雲さんは経営手腕だけでなく、名誉や外見まで全て揃っている方ですから、結婚相手も引く手数多という噂をお聞きしていますよ」
「――まさか、それは噂にすぎません。本当に引く手数多というなら、とっくに浮いた噂の1つや2つでも流れているでしょう。
僕よりも、夏目さんの方が引く手数多では? 婚約者候補が列を成すほどだと。大企業の会長たちは自分の娘をあなたの婚約者にするために水面下で動いている、とか。そんな噂を聞かない日はありませんよ」
「――それは初耳です。私の耳に入ってくるのは『氷の魔王』といった揶揄いの陰口くらいですよ。きっと、どなたかと勘違いされているのでしょう」
「「――――」」
挨拶から相手への敬意、噂話まで、一通りのやり取りが終わると、2人は張りつけた笑顔のまま互いに視線を逸らさずに見つめ合っているようだった。
――何だろう? 背中がぞわぞわする……。2人とも笑ってるけど、少し怖い気がするのは気のせいかな……。
「そうだ、理桜ちゃん、ちょっと耳を貸して?」
「あっ、はい」
夏目さんに1歩近づくと、彼の顔は私の顔に近づいてきて、ささやくような声で耳打ちしてきた。
「3通目の結果を話したいんだけど、今夜の都合はどうかな? 忙しいなら、別の日でもいいんだけど……」
「いえっ! 大丈夫ですっ!」
「それなら良かった」
私が大丈夫と答えると、彼はにっこり笑顔を見せてくれた。さらに、耳打ちされた。
「理桜ちゃんが望むなら、この場から連れ去ってあげようか?」
「えぇ! だ、大丈夫ですからっ!」
「そう? じゃあ、俺は行くよ。あっ、そうだ」
夏目さんは私に背を向けようとした時、またこちらに近づいてきた。彼の表情から、まだ内緒話があると分かり、再び耳を彼に向けた。
「理桜ちゃん、メール代筆のことは他言無用だよ。どこで競合相手が耳を澄ましているか分からないからね。これは君と俺の2人だけの秘密だ。また後で連絡する」
「……!」
夏目さんは自分の口を私の耳に寄せると、再び耳打ちしてきた。先ほどとは全く違う、艶めかしい色気のある声についつい恥ずかしくなってしまった。頬に手を伸ばすと、顔の温度が急上昇していることが鏡を見ずとも理解した。
「理桜ちゃん、じゃあね。東雲くん、お邪魔して悪かったね」
「――いえ、まだ時間はあるので問題ありません」
「――そう、では失礼するよ」
「えぇ、お気をつけて」
「――」
夏目さんは東雲さんと別れの挨拶を交わすと、1度私の方を見て、微笑んでから無言のまま、その場を去って行った。
――びっくりした。まさか、お見合い場所で夏目さんとばったり会うなんて思わなかった……。夏目さんは所用って言ってたけど、どんな用だったんだろう? もしかして……夏目さんもお見合いを?
まさか……でも、東雲さんもさっき引く手数多だって言ってたし……。夏目さん、かっこいいし、やさしいから、きっと女性にモテるんだろうな……。って、私、何を考えてるんだろう。夏目さんと私は依頼主と受注者の関係なのにっ。友人でも親しい間柄でもないんだし……。
「理桜ちゃん、か……理桜さんは夏目さんと随分親しくされてるんですね?」
「えっ? いえっ、私と夏目さんは……私が、夏目さんにいつもお世話になってるんです」
「――何だか妬けてしまうな……」
――もしかして、今、お見合いを断る大チャンスじゃない? 今なら、言えそうっ。
「あのっ、私やっぱり、東雲さんと――」
「次は、いつ会いましょうか?」
「へっ?」
「今日はこうして理桜さんとお会いできて、本当に良かった。僕は幸運でした。ぜひとも、このご縁を大切にしていきたいと思っています。当然、仲人の方には、このまま結婚前提のお付き合いを続けたいと伝えるつもりです」
――えぇ! 何で? 断ろうと思ったのに……東雲さん、結婚したくないんじゃ?
「理桜さん、さっきも言いましたけど、僕はあなたとの結婚を真剣に考えています。最初こそ無礼な態度を取ってしまいましたが、あなたと短い時間でしたが一緒に過ごして、真剣にお付き合いしたいと思いました。お返事は今すぐでなくても構いません。僕は待ってますから、ゆっくり考えてください。
でも、このまま別れてしまったら、きっとあなたと二度と会えなくなるのではと不安です。ですので、デートの約束をしてくれませんか? 僕とデートをして、それでも僕と結婚するつもりがないと理桜さんが判断されたなら、その時は、すっぱり諦めるつもりです。どうか僕にチャンスをください」
――ぐうの音も出ないというのはきっと、こういう時のことを言うのね……。お見合いを先に断るつもりが、東雲さんに先手を打たれてしまった……私に逆転できるような手札はない。ここは東雲さんの提案に乗るしかないみたい……。
「――分かりました。でしたら、1度だけデートを……」
「本当ですか? 良かった……それなら、連絡先を交換しましょう!」
――連絡先を交換……連絡先なんか交換したら、それこそ相手の思う壺じゃ……それこそ、断りにくくなる。それだけは絶対に避けなきゃっ。
「あの、連絡先の交換はちょっと――」
「すみません、僕は少し舞い上がりすぎてしまったようです。理桜さんがデートの誘いを受けてくれて、うれしくてつい先走ってしまいました。でも、そうでしたね。お見合いには順序というものがありますからね。では、今後のことは僕の方から仲人の方に連絡を入れておきます。その方が仲人の方にも手間を取らせずに済むでしょうから」
「――えっと、そう、ですね……」
「では、次のデートの日程は仲人の方を通して、ご連絡させてもらいます。今日は良いご縁をいただけて本当に良かった。ご自宅まで送ります」
「いえっ、この後予定があるので大丈夫ですっ」
「――そう、でしたか……これは余計なお世話でしたね」
「いえ……」
「では、今日はここで失礼させていただきます。理桜さん、またお会いできるのを楽しみにしています」
「――はい……また……」
東雲さんとは東屋で別れた。カフェに戻ってウェイターに「借りた振袖を返したい」と伝えると、すぐにホテルのスタッフが着て、着替え場所まで案内してくれた。
振袖から私服に着替え、ホテルを出てそのまま自宅に帰ることにした。
――家ってこんなに落ち着く場所だったんだ~。それにしてもお見合いに行って、どっと疲れたなぁ。結局、断ることもできない上に、デートの約束までしちゃうなんて……私の、バカ……。
自宅アパートに着き、夏目さんからの連絡を待っている間、お見合いでの出来事を反芻していた。
――それにしても、東雲さんって、最初は無口で大人しい人かと思ったけど、突然性格が変わったみたいに、コミュ力高い人になったんだけどっ。あぁ~あ、せっかく簡単にお見合いを断われると思って喜んでたのに……。結局、東雲さんのペースに乗せられて断ることができなかったな。
東雲さん、何で急に考えが変わったんだろう。私は面白みがなくて、どこにでもいる平凡な女なのに……。
でも、正直あんな風に強引に進められるの、ちょっと苦手だなぁ。まるで、私の意思を無視してるみたいで……。誰かに似てると思ったら、前職の上司だ。あの人も私の話を一度も聞いてくれなかったな。
「止めやめっ! 嫌な記憶はもう思い出さないようにしたのに! 一先ず、お見合いのことは後回しっ。今重要なのは夏目さんの依頼の結果だもの」
私がメール代筆で起業できるか否かのその結果が今夜分かる。
――代筆した3通目のメールが、私の今後の人生を変える。どうか、夏目さんに認めてもらえますようにっ! 夏目さんのサポートで無事に起業して、成功を収めて、夏目さんに恩返しできますようにっ!!
時刻は午後5時半を回ったところ。彼は連絡をすると言ったが、ホテルの中庭で会ったのがお昼前で、私が着替えてホテルを出たのは正午過ぎ。それから5時間が経ったが、未だ彼からの連絡はない。次第に不安が募っていく。
暗い気分を切り替えるため、今夜の夕食はどうしようか、と考えていた時だった。スマホから着信を告げるメロディーが聞こえてきた。




