10.お見合いの席で(前)
本日は2本に分けて投稿いたします。
お見合い当日――。
――はぁ~、ついにこの日が来てしまった。
2日前に母からお見合いの日程と場所を一方的にメールで伝えられた。断ろうにも、母は私からの連絡を一切無視し続けた。お見合い当日の朝、母からリマインドメールが届いた。
『理桜ちゃん、今日はお見合いの日よ。村上さんからのご紹介だから、必ず行ってね。相手の方、外見もいいし、ちゃんとしたお仕事もされているし、性格もいいんですって。理桜ちゃんにお付き合いしている人がいないなら、せっかくのご縁だから、お付き合いしてみるのもいいんじゃないかしら? くれぐれも1度会っただけで、お断りしないでね!』
母には私の考えがお見通しだったようだ……。お見合いだけして、お断りしようと思っていたが、それもお見合い当日に届いた母からのメールで、その作戦も失敗に終わりそうだ。
――はぁ~、お母さん、普段はおっとりしているのに、どうしてこういう時だけ、詰めが甘くならないんだろう……。
今日はスキンケアと歯磨きだけして、一足先にお見合い会場に行く予定だ。何と、仲人の村上さんがお見合い会場のホテルのヘアメイクアーティストと着付けの先生を予約しているようで、お見合いの時間よりも2時間前に到着しなければならない。
お見合い会場のホテルは自宅アパートの最寄駅から電車を乗り継いで30分の場所にある駅直結だという。以前、どこかで話には聞いていたが、このホテルはお見合い会場として名高い場所だそうだ。
「式部様、ヘアメイクが完成しました」
「――私じゃないみたい……!」
「とてもお綺麗ですよ。では、次は着物の着付けをいたしましょう」
「――はい」
そう、お見合いと言えば、振袖。古き伝統を大切にするのはいいが、傍から見ればホテルで振袖なんて、いかにもお見合い中だと周囲にアピールしているようなものだ。それでなくても人前に出るのが苦手だというのに、周囲に人がいるホテルのカフェでお見合いとは……。次第に、胃がキリキリと痛む。
――この感じ、久しぶりだ。
前職で上司や同僚から毎日のように嫌味を言われ、いつからか胃が痛むようになった。ある日、どうしても我慢できずに会社を休んで病院に行くと、慢性胃炎と診断された。それから暫くの間、医師の処方薬を飲み続けることになった。
仕事を退職すると、嘘のように胃痛は消えていた。この時、強いストレスのある環境に身を置くことほど、心と体に良くないと悟った。
「式部様、とてもお似合いですよ」
「本当だわ、まるでお人形さんのようにお綺麗だわ」
着付けの先生の言葉に、周囲のスタッフやメイク道具を片付けていたヘアメイクの人たちは手を止め、こちらを見た。彼女たちは着付けの先生の言葉に同調し、私は褒め言葉のシャワーを浴びることとなった。
着付けの先生から姿見の前に来るように言われ、鏡に映る自分の姿を見て驚いた。まるで自分じゃなく、全くの別人のようだったからだ。
「――これが、私……?」
振袖は淡いピーチ色とグリーンのグラデーションのある小花柄で、クリーム色に金糸の入った帯に、差し色になるえんじ色の帯締め。着付けの先生は柔らかな雰囲気を纏う清楚な女性をイメージしたと明かしてくれた。
髪は退職後にばっさり切って肩につく位の長さ。着物にぴったりのアップにするには長さが足りなかったため、上部のサイドの髪を後ろで結ぶことになった。結び目には、オレンジや赤、黄色などの華やかな色の髪留めが飾られた。
別人に変身した自分の姿に魅入っていると、後ろからホテルのスタッフらしき女性が声をかけてきた。夢見心地の気分に浸っていた私は、あっという間に現実へと引き戻されてしまった。
「式部様、ではカフェまでご案内いたします」
「――はい……」
「式部様、こちらのお席でお待ちください。お飲み物は何になさいますか?」
「えっと、アイスティーをストレートでお願いします」
「はい、承知いたしました」
女性スタッフは私をホテルのカフェにある一番眺めのいい席に案内すると、オーダーしたアイスティーを持ってきた。
「こちら、アイスティーのストレートでございます」
「はい、ありがとうございます……」
「他にご用はございますか?」
「――いえ、大丈夫です」
「では、ここで失礼させていただきます。お帰りの際はカフェのスタッフにお声がけください」
「――はい、分かりました……」
女性スタッフは背筋が伸びたまま、丁寧に一礼し、その場を去って行った。
暫くすると、ウェイター姿の男性が声をかけてきた。
「式部様、東雲様がお見えになりました」
「あっ、はい」
「東雲様、こちらのお席になります」
「ありがとう」
その男性の後ろから姿を現したのは白シャツに濃紺のスーツ姿の眼鏡をかけた青年だった。整った顔で、スタイリッシュな眼鏡が聡明な雰囲気を醸し出していた。お見合いをしなくても、多くの女性が放っておかないだろうと不思議に思った。
「初めまして、式部理桜さん。僕は東雲春之介です」
「あっ……、初めましてっ……ボコッ……うっ……あの……し、式部理桜と申します。本日はよろしくお願いいたします……」
――あぁっ! 慌てて、急に立ったから、テーブルに膝をぶつけちゃった……恥ずかしい!
恥ずかしさを堪えつつ、東雲さんはきっと呆れているだろう、と思い、顔をそっと覗くと、彼は微笑みもせず、無表情だった。
――気まずいっ……。笑うこともなく、かといって呆れた様子もない。この人、何を考えてるのか分からない……ちょっと苦手だなぁ、こういうタイプ……。
「東雲様、お飲み物はいかがしましょうか?」
「コーヒーを」
「はい、承知いたしました」
ウェイターの男性はその場を後にした。
「「…………」」
――どうしようっ。お見合いって、何を話したらいいんだろう? 東雲さん、全然目線が合わないし、何も話そうとしない……。もしかしたら、私と同じで無理やりお見合いをさせられて、嫌々来たのかもしれない。それなら……やっぱり、私から断ってもいいよね。
長い沈黙が続いている。その沈黙を破ったのはコーヒーを持ってきたウェイターだった。
「お待たせいたしました。他にご用はございますでしょうか?」
「いや、大丈夫です」
「では、ご用の際はお声がけくださいませ」
ウェイターは自分の持ち場に戻って行った。
――ど、どうしようっ。会ってすぐに「あなたと結婚できません」と断ってもいいのかな? それとも少し会話をしてから、断るべき? でも、会話って……コミュニケーション力が皆無な私から話しかけるなんて……できないし……。
「ズズッー……!」
無言が続き、乾いた喉を潤すためにひたすらアイスティーを飲み続けると、気づかないうちに全て飲み干してしまったのか、音を鳴らすという失態を犯してしまった。
――あっ! 何を話そうって考えるのに必死すぎて、音を鳴らしちゃった。恥ずかしすぎるっ!! どうしようっ。
「――式部さん、場所を変えても?」
恥ずかしさで彼の顔を見れず、俯いたまま「はい」と答えた。
私が席から立ち上がるのをモタモタしている間に、彼はウェイターと話をしていた。席に戻ってくると、再び私を中庭に誘った。
「では、中庭に行きましょう」
彼はずっと無言を貫いている。余程、このお見合いが気に入らなかったのだろう。ホテルのカフェを出て、中庭に出ても尚、無言のままだ。
――もう、無理っ。こんな沈黙耐えられない! まともな会話はしてないけど、お茶もした訳だし、もう断ってもいいよね。
「あのっ、私、やっぱり――」
「くっくっくっ……あはははっ……」
前を歩く彼は私の言葉で後ろを振り返り、視線が合うと、あろうことかお腹を抱えて大笑いしだした。
――何? 今、何が起きてるの? あんなに不愛想だった人が笑ってる……。もしかして、お見合いが嫌すぎておかしくなっちゃったんじゃ! ちょっと、この人、怖いかも……。
暫くして彼の笑いが収まり、カフェでの無表情から一転して、柔らかな微笑みを浮かべ、こちらに視線を向けた。
「すみません。笑うつもりはなかったんだ。ただ、君があまりにも可愛いことばかりするから、我慢ならなくてね……」
――可愛い? えぇ~!!
「ほら、その顔……くっくっくっ……」
「えっ?」
――顔? 私の顔がおかしいの? 顔に何かついてる?
「――あの、私の顔が、何か?」
「くっくっくっ……ごめん、表情がコロコロ変わるから、初対面の僕でも、君の感情が手に取るように分かるよ」
――表情……私の感情が手に取るように……! は、恥ずかしすぎるっ……! これじゃ、まるで子どもみたいじゃないっ。
「失礼しました。あそこの東屋でゆっくり話しましょうか」
「――はい……」
彼の後を追って東屋の前に着くと、階段の手前で彼が振り返って私に手を差し伸べた。
「え、えっと……」
「ここに段差があります。着物では上りづらいと思いますので、私が支えましょう」
――あぁ、そういうことか。男性にしてもらったことがないから、何で手を差し出してるのか分からなかった……。
「す、すみません」
彼が差し出した手に自分の左手をそっと乗せると、私が階段を上るのを手助けしてくれた。階段を上り終えると互いに手を放し、それぞれ目の前の椅子に座った。
「式部さん、お飲み物は何を飲まれますか?」
「いえ、私は先ほど飲みましたので、結構です……」
「――そうですか」
すると、いつ呼ばれたのか、先ほどのカフェのウェイターが東屋に来て、アイスコーヒーとアイスティーをオーダーした。
――東雲さん、2杯も注文してたけど、そんなに喉が渇いてるの? それとも、これから話が長くなるのかな……。話が長くなる前に、早めに断った方が良さそう。
「お待たせいたしました。アイスコーヒーでございます……アイスティーでございます」
「それは彼女に」
「えっ……」
「では、失礼いたします」
――えぇ、アイスティーって私の分だったの? でも、私はさっき断ったのに……。
「すみません、勝手にオーダーしてしまって。ですが、お話し中に喉が渇くかもしれませんから……いらなければ、残していただいて構いませんから」
彼はやさしい微笑みを浮かべながら、そう言った。
「――お気遣いいただき、ありがとうございます……」
「いえ、僕が好きでしたことですから。それより、式部さんはコーヒーよりも紅茶の方がお好きなんですか?」
「えっ?」
「いえ、さっきカフェでもアイスティーを飲まれていたようですし」
「――どうして私がアイスティーを飲んでいるって分かったんですか?」
「あー、実は僕の実家は老舗の茶商なんですよ。店は兄が継ぐのですが、幼少からお茶に関する教育を受けてまして、色や香りで銘柄が分かるんですよ。ですので、失礼ながら、勝手にオーダーさせてもらいました」
「実家が老舗の茶商……色や香りだけで銘柄を……すごい、すごいですっ。私、コーヒーは体質に合わなくて、紅茶の方が好きなんです」
「そうでしたか、それならアイスティーを頼んで正解だったようですね。それにしても、僕のお見合い相手があなたのような可愛らしい方だったとは……先ほどの無礼な態度を許してください。この通りです」
彼はそう言うと、頭を下げて謝罪してきた。




