Accordatura〜調律〜
本番が始まる前、ルルーシエは一体どこに行っていたのか!
1話が始まる30分ほど前のお話です。
1話の最後に出てきた術者について言及しています。
私も空飛びを使えるようになりたい
試験が始まる半刻前、私は会場から少し離れた場所にある校舎の裏にいた。
「来たか」
まだ葉が無い枝だけの木の下、よく整えられた芝生に座っていた人物が、読んでいた本から顔を上げた。
赤みを帯びた黒髪に深い青の瞳。均整のとれた顔立ちは、成人と言うにはまだ少し幼さを残している。
短く整えられた髪が風に吹かれる様は、ファンの生徒が見れば何人か卒倒することだろう。
「お待たせしました。テスタリオさん」
「恐れをなして逃げだしたかと思ったが、杞憂だったようでなによりだ」
……相変わらず、ひと言もふた言も多い!
大いにムカつくが、魔術の師であり現ワルツである彼の顔に拳をめり込ませるわけにはいかない。ここは我慢だ。大人を見せるんだ、ルルーシエ。
(私の方が1歳年下だけれども!)
夏に偶然出会ってからというもの、テスタリオは折を見ては私の魔術の指導をしてくれたのだ。なぜ多忙なワルツがそんなことをしてくれたかというと、まあ、売り言葉に買い言葉としか言いようがない。
なかなかに面倒……いや、大変なこともあったけど、さすがは最年少ワルツ。教え方も分かりやすいし、魔術の扱いも上手いんだよね。
もともとワルツは高い実力が求められるうえ、その職務は多忙を極める。
学業と並行してそれらをこなすとなると、努力したくらいでそう簡単にできるものではない。
そのこともあり、ワルツに選ばれる学生は5、6年の高学年ばかりだった。そのため、他の楽章と比べて入れ替わりが激しいことも特徴の1つといえる。
だからなおのこと、初の選定で2年生にしてワルツに選ばれるというのは、前代未聞、空前絶後、とんでもない快挙なのだ。
「最後に一度見ておこう」
「はい!」
いつもの特訓の通り、自分の杖——タクトを出し、今日披露する予定の魔術を展開する。
といっても実際のサイズではなく、かなり小さい、2、3人が入るくらいの大きさのものだ。
場所も限られているもんね。本番直前に体内魔力を空にするわけにもいかないし。気を抜くと勝手に巨大化していくから、気を付けないと。
魔力の出力に苦心する私をよそに、テスタリオは魔術の光に手をかざしたり、いろんな方向や角度から見え方を確認していた。
そのうち満足したのか、顔を上げ、こちらに視線を合わせる。あいかわらず、表情は分かりにくい。
「うん。良いだろう。初めのころよりも格段に良くなってる」
欲しかった言葉に肩の力が抜ける。なんせ、基準を満たせなかったが最後、思い出すのさえ恐ろしい特訓が待っているからなのだが。
「まだ少し迷いがあるが、まあ、それも味になっていると思えば……」
「迷いですか?どのへんに……」
「いや、あまり構成を決めてしまわない方がいい。アクシデントがあった時に対応しにくくなるし、魔術とはもともと場にあったものをその時々に考えるものだからな。元々お前の強みは発想と底力だから、そっちの方が性に合っているだろう」
仕事は済んだとばかりに、本を抱えなおし、さっさと去ってしまおうとする。
え、結構ドライだね!最終選定当日だよ?別に感動的なシーンとかは期待していないけどさ!
あわてて彼の制服の裾をむんずと引っ掴む。力加減を間違えたのか、珍しく体幹が強いテスタリオがよろめいた。
「んぐっっ」
「あの、今までありがとうございました。授業ではここまでやらないし、独学も限界がありましたから……本当に、助かりました」
唐突な言葉に面食らったのか、少し迷うように視線をさまよわせたのち、ようやく口を開く。
「いや、礼を言われるようなことは……こちらも……」
「今日から私がワルツとして後を引き継ぎます!まかせてください!」
「はぁ?寝言を言うにはまだ日が高いな。それともまだメンセの元にいるのか?」
「1年間お疲れさまでした。元ワルツ様」
「誰が元だ。まだ現役だが」
「ところでテスタリオさん、指導に合格したらワルツの光界を見せてくださると約束してくださいましたよね?」
光界とは、私たちが練習で作る魔術の光の楽章担当者バージョンのことだ。神に選ばれた者は祝福を受け、光界を展開できるようになり、正真正銘の楽章となる。
だが、私たちのような一般生徒が光界を見ることができる機会は非常に限られる。
中でもワルツはレア中のレアなんだよね。
それぞれ楽章ごとに披露される場面は違うのだが、ワルツは主に夜会やパーティーなどの社交の場で披露される。
そして、この国の社交界は基本成人してから、18歳になった年の次の春からとなる。まだ16の私はワルツを見たことが無いのだ。
お酒が出るからしょうがないとはいえ、あんまりだと思う。
「はっ、あれで合格といえると思ったのか?」
「な、「良いだろう」と仰ってではないですか!」
「最終選定を受ける基準としては、だ。合格の基準は1年前の俺。あまり甘く見てもらっては困る。もっと限界まで絞りきった状態で言うんだな」
「そんな……」
打ちひしがれる私を前にテスタリオは軽くため息をつく。
「どうせこの後の選定で見られるだろう。今日はあきらめろ」
「そういう問題ではないのですが……」
これで話は終わりだとばかりに、掴んでいた裾を奪い返される。歩みを進めたテスタリオは「ああそうだ」と振り返った。
「あと10分ほどで選定の開始時刻だ。遅れないようにしろよ」
満足気に笑った彼は今度こそ振り返らず……飛んでいった。木の枝や屋根の上を蹴りながら、ものすごいスピードで離れていく。
「え、ちょっと!ずるいですよ!まだ空飛びは習っていないのに!」
あと10分?!ここからじゃ走って間に合うかどうか……!無力な後輩を置いていくなんて。
「なんでこんな直前に呼び出したのかと思ったら!このためだったんでしょう!!」
待てど騒げど、あのひねくれ者が戻ってきてくれるはずもなく、ただ1人走って会場まで向かうことになってしまった。
とまあ、これが親友2人に怒られることになったことの顛末だ。
そして、何度も見てみたいと願い、夢にまで見たワルツの光界が今、目の前に広がっている。
(想像よりも、はるかに……)
持ち時間は他の受験者と同じ時間のはずが、あっという間に時が経っていた。術者——テスタリオは展開していた術を収め、お手本のような丁寧な礼をし、舞台を降りていった。
早速ワルツが登場!彼はなんでルルーシエの指導をしてくれていたんでしょうねぇ。
そのうち判明しますので、ワクワクしてお待ちください。
私も空飛びやりたいなあ!




