【第7話】世界は遠くで回る
思考と気持ちが変わるタイミングがある。
それは、自分でも気づかないくらい小さな変化のときもあれば、誰が見てもわかるほどの大きな変化のときもある。
実は、私は少し鈍いところがあるのだ。
思い出すのは、まだ社会に出る前、専門の学校に通っていた頃のこと。
その学校には、同級生と言っても、私より歳が上の「お姉さん」や「お兄さん」たちばかりが揃っていた。
大人になってしまえば、2つや3つの年齢の差なんて、気にならない。
けれど、学生の頃の2年や3年の違いというのは、ものすごく大きく感じられるものだ。
それは、どこか憧れてしまうほどの差である。
そんなお姉さんたちが、ある日、私の道具を勝手に広げて、楽しそうに使っているのを目にした。
気のせいかと思ったけれど、私の持ち物がどんどん減っているのだ。
今になって振り返れば、それは間違いなく、その場でちゃんと注意すべきことだったのだと思う。
なぜなら、その道具はどれも、私のために両親が生活を切り詰めて、高い学費と一緒に買い揃えてくれた大切なものだったからだ。
きっと、その人たちは、そんな風に周りに感謝すべきだということを知らないまま、大人になってしまったのだろう。
ただ、当時の私にとって救いだったのは、そのこと自体をそこまで深く考えなかったことだ。
怒ったり悲しんだりするよりも先に、単に「自分のものを使われないようにしよう」と思って、置き場所を変えたのだ。
それだけのことで、それ以降、私の私物が使われることはなくなった。
彼女たちは、私の道具がなくなると、今度は別の誰かの物を見つけて、同じように使っていたようだった。
その様子を見ていて、私はひとつのことを学んだ。
人は、そう簡単には変わらないのだ。
誰かに怒られたからといって、他人の性質が変わることなんてない。
自分で「これはおかしいな」と違和感を持って、初めて変化が起きるのだ。
それがない限り、人はずっと同じことを繰り返す。
私は、昔から人と上手く話すことができない。
コミュニケーションがとても苦手だ。
だけど、それを補うように、周囲の変化やその場に漂う空気感には、ものすごく敏感に気づくことができる。
誰がどんな気持ちでいるのか、周りの空気がどう動いているのかが、言葉にされなくても分かってしまう。
私は、誰もがみんな、私と同じように周りの空気を察して生きているのだと、ずっと疑わずにいた。
それが普通のことなのだと信じていた。
けれど、色々な経験を重ねるうちに、どうやらそうではないらしい、ということが分かってきた。
多くの人は、もっと大雑把に、周りのことなんて気にせずに生きているようなのだ。
人と言葉を交わすのが苦手で、いつも周りの目を気にしてばかりいる私にとって、この世界はどこか遠い場所にあるように思える。
みんなが楽しそうに動かしている社会という世界は、私の手の届どかない、ずっと遠くの方で回っている。
でも、それで良いのだ。
無理をして、その輪の中心に入っていく必要なんてない。
それでも良いと言ってくれる出会いが間違いなくあることを私は知っている。
だから遠くで回っている世界の様子をただ眺めているだけでも、それで十分に生きていける。
第8話へ続く。




