【第8話】見えない翼
どこへ行こうと自分の居場所は、ここではないどこか遠くにあるのだと、ずっと思っていた。
周囲の空気に怯え、言葉を失い、ただ世界の外側に佇んでいた私に、その人は静かに微笑みかけてくれた。
「そのままで、良いんだよ」
その一言が、どれほど私の心の重荷を軽くしてくれただろう。
無理に「あわせる必要」はない。
上手く話せなくても、傷つきやすくても、それが私という人間なのだと、丸ごと認めてくれる存在。
そんな温かな出会いが、灰色だった私の世界に、ほんの少しだけ光を差し込んでくれたのだ。
けれど、その優しさに包まれながら、私の中でまた、小さな違和感が首をもたげ始めていた。
それは、決して相手に対する不満ではない。
むしろ、その温もりが心地よければよいほど、自分の内側から湧き上がる、かすかな焦りのようなものだった。
私は、ずっとこの「守られた場所」にいるだけで良いのだろうか。
これまでの私なら、きっとそこで思考を止めていただろう。
傷つかないための境界線を引き、そこから一歩も出ないことが、唯一の正しい生き方だと信じていたからだ。
だけど、誰かに肯定されたという事実が、私に小さな勇気を与えてくれていた。
人は、そう簡単には変わらない。
それは、あの学生の頃から変わらない真実だ。
けれど、自分の手で置き場所を変えたあの日のように、ほんの少しだけ行動を変えてみることは、今の私にも出来るかもしれない。
遠くで回っている世界を、ただ眺めるだけではなく。
もしも、その風を全身に受けて、この足を地面から離してみたとしたら。
不器用な歩みの先でも、何かしらが形になってきた。
それなら、この背中に畳んだままの翼を広げて、空を飛べたなら。
その先にある景色を、私は自分の目で見てみたいと、初めて願ったのだ。
第9話へ続く。




