【第5話】独白
予定通りに退院の日を迎え、私はそのまま、しばらく実家でゆっくりと養生させてもらうことになった。
懐かしい匂のする部屋。
どこか時間が止まったかのような空間は、擦り切れた心身を休めるにはこれ以上ない場所のはずだった。
けれど、横になっていると、どうしても胸の奥から濁った感情が湧き上がってくる。
いい歳をして、結局はこうして親の元へ逃げ帰ることしかできなかった。
そんな頼りない我が子の姿を見て、きっとがっかりさせてしまっているだろう。
そんな申し訳なさが、心の底に溜まっていく。
同時に、ここしか居場所がないのだと周囲に甘えている自分は、一体何をしているんだろうという、激しい自己嫌悪に陥るのだった。
皮肉なことに、病床にいる私には、考える時間が無限にある。
そうして思考の余白が生まれれば、頭の中の「もう一人の私」が、また饒舌にしゃべりだすのだ。
私はもともと、人の前では極端なほどの無口だ。
けれど、頭の中だけは違う。
脳裏では、ずぅーっと言葉が途切れることなくしゃべり続けていたりする。
それは、誰かと対話するような一人二役の会話ではない。
本当に、たった一人で、果てのない独白を繰り広げているのだ。
これがこうなら、あれはこうで、それがここなら、あれはもっと前に。
もしこれをそのまま文字に起こすことができたなら、きっと限りなく書き連ねることができるだろうという、自信さえある。
それなのに、私はこれまで、自分の意見を表に出さないようにしていた。
私は、華々しく前に出るような役目の人間ではない。
わざわざ口を開いてまで主張する必要もないし、そもそも私の言葉を聞きたい人など、この世界にいないと思っていた。
けれど、それは違ったのだ。
どんな小さなことであれ、人から役目をもらい、それをきちんとこなすためには、どうしても声に出して意思を伝える必要がある。
そんな、あまりにも当たり前の事実を、私は三十代後半という人生の折り返し地点にきて、初めて知ることになった。
いい歳をして、いかにこれまで「コミュニケーション」というやつを学ばず、避けて過ごしてきたのか。
だが、不思議なことに「後悔」という言葉だけは、私の人生には存在しないのだ。
よく周囲の大人たちは、「あの頃に戻りたいよ」なんて、過去を懐かしむ。
けれど、私には、その過去のどこを探しても、もう一度やり直したいと願うような時代がなかった。
あーそうか。
私なりにやり残したことがないのだろう。
やはり私はわがままなのだな。
そもそも私は、幼い頃から「早く歳を取りたい」とばかり願う、奇妙な子供だったのだ。
大人ではなく歳をとった大人になりたかった。
子供という不自由な環境から一秒でも早く抜け出したくて、ただただ時間が経過することだけを待っていた。
大人から見れば、可愛げも何もありゃしない、扱かいづらい子供だったのだろうと、今なら分かる。
無限に広がる実家の天井を見つめながら、頭の中の私は、また語り続ける。
戻りたい過去はない。
だがこんな私でも誇りとなる大切なものは確かに存在している。
ただ、進みたい未来はないのだ。
第6話へ続く。




