【第4話】わがまま
腕の皮膚を突っぱるようにして固定されていた透明なテープが、剥がされ最後の点滴が外された。
気付けばいつのまにか三食しっかりとした献立へと切り替わっている。
病院ならではのベッドでの食事。
設置された小さなテーブルで、ゆっくりとその食事を終える。
ごちそうさまでした、と誰にも聞こえないように小さく呟き、トレイを両手で持ち上げる。
病室を出て、廊下の隅にある返却棚へ、丁寧に収めた。
廊下を往復するだけの僅かな距離だがまだ少し、体に鉛があるような重だるい感覚がある。
けれど、何より、窓の外を眺めた時に「散歩へ行きたい」と、思うようになっている自分に気がついた。
(人は、わがままだな……)
改めて、人間の身勝手さに呆れるような気持ちが湧く。
いや、きっと、こんなにわがままで、諦めが悪いのは、世界中で私だけなのだろう。
勝手に傷つき、次の欲を出す。
そんな自分の浅ましさを、胸の奥でひっそりと反省するように息を吐いた。
あと数日もすれば、私はこの白い部屋を去り、退院することになっている。
まだしばらくは、実家でゆっくりと養生させてもらおう。
誰の目にも触れない、あの慣れた部屋で、少しずつ回復していくしかない。
しばらく実家で過ごして、それから、その先は。
考えを巡らせようとした瞬間、頭の奥でパチンと、ブレーカーが落ちるような音がした。
ああ、考えるのはやめよう。
私は強制的に思考を停止させる。
常に明日を、明後日を、その先の未来を予測して生きるなんて、今の私には到底無理なのだ。
そうやって、先々の不安を切り捨てて、目の前のほんの僅かな時間だけを見つめて生きる。
そうやって生きるようになってから、どうやら私の頭も「それでよい」と、この思考の停止を正当に受け入れるようになってしまった。
ある日、料理をしようと台所に立っていた。
野菜を刻み、お鍋に必要な分量の水を入れ、調味料で味をつける。
そうして味見をしてあとは煮込むだけ。
料理を始めてから、どれほどの時間が経った頃だっただろうか。
そろそろいいかなと蓋を開けて驚く。
火が、ついていなかったのだ。
料理を始めてから、すでに一時間が経過していた。
何度も蓋を開けて味見をしていたのに、熱さに全く気付いていなかったのだ。
その事実を理解した時、自分のあまりの頓馬さに、小さく苦笑いをしたものだ。
明日を考えられなくても、火のつかないコンロの前に立ち尽くす日があっても、それが私なのだ。
第5話へ続く。




