34 男達の夜
サイモンは全てが終わった時、珍しくも放心状態でぼうっと突っ立っていた。
アレックス隊長がサイモンの肩を叩き、よくやったな、と声を掛けた時、サイモンは初めて終わった事に気が付いたかのように辺りを見回した。
セオドラ国王陛下もサイモンの前に立ち、お前の策は素晴らしかったぞ、と言った。サイモンは慌てて、もったいないお言葉でございます、と深々とお辞儀をした。
しかし、サイモンは心の中でいくつかの危なかった場面を思い返していた。
(もし、あの時…、あれがこうなっていたら…。
危なかった。
もう少しこうすればよかった。
いや、違う。
あれになぜ気づかなかったのか…)
精神感応力を持つショーンがそんなサイモンに笑いながら言った。
「サイモン。今日ぐらいはそんな事考えるなよ。たまには、終わりよければ全てよし、でいいじゃないか。
なっ?そうだろ」
サイモンは泣きそうな顔で笑って、頷いた。
陽がすっかり落ち、謁見の間の出来事はなかったかの様な夜が来た。
落ち込んだ風情のサイモンを心配したディック、ショーン、ティムが家まで送ると言うと、サイモンが珍しくも3人を家に誘った。
「一緒に住んでる恋人のミミが、カレーを作って待っているんです。ウチで一緒に食べませんか?」
3人は一様に目を見張り、サイモンを取り囲んだ。
「え〜っ!なになに?サイモン!お前、もう彼女と一緒に住んでんの?」
「な、何だよ、恋人って!」
「あっ!俺、覚えてる。俺達の卒業パーティーの時、一緒に踊ってたあの子だろ!くそっ!めっちゃ、可愛かったし!」
行く気満々のくせに、一応3人は言ってみる。
「でもなぁ、悪いよな」
サイモンがニコッとした。
「食べ物が足りないといけないので、何か調達して帰れば大丈夫です。さあ、行きましょう。腹が減りました!」
4人はエメリーの兄の店で残っていたパンや惣菜を全部買い取り、アップルパイの店で大きなパイを丸ごと買ってサイモンの家へと飛んだ。
ピンポン…とサイモンがドアベルを押すと、はぁ〜いと物凄く可愛い返事が返って来た。
ドアを開けたミミはサイモンの首筋に飛びついて、頬にキスをした。
「サイモンさま、お帰りなさい」
そして、とてつもなく可愛い声で、きゃっ!と言って更にサイモンにしがみつき、後ろに立つ3人の男達を見た。
「えっと…お客様だよ。仕事が無事に終わったんで、我が家で打ち上げなんだ」
ミミはサイモンに抱きついたままで、みなさま、いらっしゃいませ、と言った。
「わたし、嬉しいです。だってサイモンさまが職場の方をここにお招きするのは初めてなんですもの!」
「えっと…ミミ。抱きついていては何もできないんじゃないかな?」
サイモンは3人の男の手前、ちょっと恥ずかしそうにミミにチュッと口付けをした。後ろに立つ、彼女のいない3人の男達は、おぉ〜っと声を出した。
ショーンは精神感応力に蓋をし、ディックは透視能力を封じ込めた。ティムはニコニコニコニコと笑った。
ミミのカレーは美味かった。男達はたらふく食べた。
普段のサイモンはごくごく普通の17歳の青年で、16歳のミミもかわいいだけではない、しっかりと将来を考えている女の子だ、と3人の男達は感動にも似た気持ちになった。
5人の夜は楽しく更けていった。
ミミは3人の男達に、ぜひまた来てくださいね、と最後に言った。
「だって、サイモンさまがお友達と楽しそうにお話ししている姿を見ていると、私まで楽しくなるんですもの。
それに、今夜はカレーでしたけど、他にもサイモンさまのお好きなものをたくさん作れるんですよ。だから、それもみなさまに食べて頂きたいなって…」
サイモンはミミを見てにこっと笑った。
「そうだね、今度はパエリアにしようか」
3人の男達は羨ましそうな顔を隠そうともしなかった。
「よしっ!来る、絶対に来る!来てあげる!ミミさんが作る料理を食べに来る!友達の俺達が片っ端から食べる」
「そうだな。俺たちが食べ尽くしてあげよう」
「サイモンが、もう来ないで、って言うまで来てあげるよ。いや、そう言っても来るからね」
「こんな奴等は友達じゃないって言っても、もう遅いぞ、サイモン!」
サイモンは嬉しそうだった。
(友達…。
職場で友達と呼べる仲間ができるなんて、思いもしなかった)
サイモンは職場で初めてできた '友達' の言葉に笑って答えた。
「俺、そんな事、言わねぇよ!」
3人の友が帰った後、サイモンはミミを抱きしめた。
「ミミ、俺の帰りを待っていてくれてありがとう。
大好きだよ。愛してる。
これからもずっとそばにいて欲しい」
ミミはサイモンを見つめた。
「サイモンさま。ミミは愛するサイモンさまのそばを離れないですよ。ずっとずっと一緒にいます。だから、サイモンさまもミミのことずっと愛してくださいね」
サイモンはミミに口付けをして微笑んだ。
「離れないし、離さない。いつまでも一緒にいような」
2人の夜は始まったばかりだった。
サイモンの家から宿舎に戻ろうとした3人の男達は、誰が言うともなく酒場へと足を向けた。サイモンが酒を飲めない年なので夕食では酒を飲んでいなかった、というのもあるが、何となく酒が呑みたかった。
「正直、羨ましいよな、サイモンが!あんなに可愛い恋人がいるなんて。しかも、しかもだ!一緒に住んでるんだぞ!」
ディックの言葉にショーンも大きく頷いた。
「ああ、そうだな。俺達の春はまだ遠い!」
2人は大きなため息を吐いた。するとティムが2人を見て呆れた顔をした。
「んん?お前達?もしかして、まだエメリーの事、諦めてないのかよ?
もう諦めろ。いい加減に諦めろ。
マイケル司令官に勝てると思うな。無理だ。
大体、お前達はエメリー以外の女の子に対する興味がなさすぎる。恋人が欲しいというオーラが全く感じられない。そんな事で恋人ができるものか!」
ティムは椅子にふんぞり返って言った。
「俺は見つけたぞ。すごく良い子なんだ。修行をさせてもらってる医務官の所で働いている子で、これから交際を申し込むつもりなんだけど、イケると思ってる」
えっ!とディックとショーンはティムを見た。
「マジか!」
「ショックだ!」
項垂れる2人にティムは酒をガンガンと勧めた。そして、呪文のように、諦めろ、エメリーは諦めろ、と言い続けた。
夜がすっかり更けた頃、千鳥足となったディックとショーンは、エメリー、諦めらんねぇ!エメリー、愛してるぞ!と叫び続けていた。
ティムはそんな2人を抱えて宿舎へと飛んだ。3人の男達の夜は長かった。
そんな頃、クインスはシュメールの城に戻っていた。
自室のベッドにローズマリーをそっと横たえてキスをしたクインスは、乱れたローズマリーの髪を撫でてつぶやいた。
「お帰り、ローズマリー」
それから、クインスは父シュメール伯爵の部屋のドアをノックした。セオドラ国王からは、シュメール伯にだけは今回の出来事を話して良いと許可を得ていた。
長い長い話を、クインスの父は言葉を挟まずに聞いた。
「私は国王陛下にお詫びをせねばならんな。私がレイモンドとジェラルドの管理をしっかりしていれば、こんな事は起きなかっただろう。
それに…クインス、お前が愛する人を取り戻すために何かをしたいと考えていた時も、私はお前の気持ちに気付きもしなかった。いや、気づこうともしなかった。
この辺境と言われる土地は、厳しい土地だが平和な土地でもある。私はそこに胡座をかいていたのだな。領主失格だ。
クインス、辛い思いをさせて済まなかったな。
私は国王陛下にこの身の処分を願い出よう。
ローズマリーは長い間、療養していた事にする。目覚める前にローズマリーの家に連れて行きなさい。そこでお前がローズマリーの世話をしていた事にすれば良い。
お前達の結婚のことは、国王陛下にお任せしよう。
ローズマリーを幸せにしてあげなさい」
シュメール伯はそう言うと、ポンポンとクインスの肩を叩いた。クインスは唇を噛み締めて、父の言葉に頷いた。
シュメール領の夜の大地には暖かな風が吹いていた。花の咲き乱れる春が近かった。
男達の夜は静かに更けて行く。
夜空に輝く赤い月と青い月は、男達の幸せを祈るように明るく街を照らしていた。




