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30 エメリーは覚悟を決めた






 エメリーは自衛軍の自室の窓辺に座っていた。


 部屋の隅には騎士服に身を包んだショーンが肩幅に脚を開き、手を後ろで組んで立っていた。 

 

 ずっと何も言わず、赤い月と青い月を泣きながら見つめるエメリーにショーンが声をかけた。


「エメリー大佐、落ち着かれましたか?」


 いつもと違う言葉づかいは、ショーンが今、任務の最中である事を示していた。


 うん、と頷くエメリーに、ご自宅に戻られますか、とショーンは聞いた。


「いつから?いつから私を見ていたの?」


「俺…私はエメリー大佐の護衛です。それでお分かりいただけますね?」


(何で?なんでなの?)


「エメリー大佐だけではありません。クインスにはディックが護衛としてずっと付いています。なぜ、と言う問いにこれ以上の事を答える許可を与えられていません」


(誰から?)


「それも許可されていません。」


 エメリーは泣き腫らした眼でショーンを見た。


「私はもう大丈夫よ。さっきは助けてくれてありがとう。

 ショーンもゆっくり休んで」


 エメリーはふわっと消えて、御屋敷に戻った。




 御屋敷の中は静かだった。いつもと変わらない時間が御屋敷には流れていた。


 エメリーは熱いシャワーを浴びた。


 何もかも洗い流してしまいたい。マイケルのあの顔も、2人の吐息も。流せるなら流して消してしまいたい。


 でも、その記憶は流れていかないし、消えたりはしなかった。

 

 2人の絡み合う舌先。

 ローズマリーの胸に置かれたマイケルの手。

 2人の熱い吐息。

 あの2人はあれからどこに行ったのだろう。

 2人の夜を甘く過ごすのだろうか。


 そして、私に向けられたあの指先…。

 私を攻撃しようとした。


 エメリーはシャワーで止まらない涙を洗い流した。


 


 シャワーの後、エメリーはマイケルの部屋に入りマイケルのベッドに潜り込んだ。


 洗濯されたリネンなのに、微かにマイケルの香りがする。

 甘い香り。優しい匂い。


 マイケルの香りに包まれていると、マイケルがローズマリーに口付けをしていたあの姿を思い出してしまう。


(あれはマイケルだった。マイケルの顔だった。

 会いたかったのに。声が聞きたかったのに。

 辛い。悲しい。寂しい)

 

 涙が出て来て止まらない。

 

(マイケル、戻って来て。いつものマイケルに戻って。

 そして、私にキスして。私を抱きしめて。

 お願い。私のマイケルに戻って。

 帰って来て。お願い!私を愛して。

 私だけだと言って。お願い。

 元のマイケルに戻って。

 お願いだから…)

 

 そして、つっと起き上がると自室のクローゼットの奥から布に包まれた物を取り出した。はらりと布を取ると眩しい程に輝く短剣が現れた。


 それは2日前にサイモンから手渡された魔剣だった。




 

 2日前、サイモンから連絡を受けたエメリーは自衛軍の、マイケルの執務室に行った。


 ソファにはクインスが座っていた。クインスの向かいにはサイモンが座っていて、エメリーにクインスの隣に座れとソファを指差した。

 

 エメリー大佐、シールドを張ってください、と言った後、サイモンは微笑んだ。


「準備が整いました」


 サイモンはおもむろに布に包まれたモノを2人に差し出し、布から出す様にと言った。現れたのは眩しい程に輝く短剣だった。


「マイケル司令官とローズマリー嬢を助けるにはこの魔剣を使わねばなりません」


(………えっ?)


「この魔剣は願いを叶えてくれます。

 願いを唱え、この魔剣でエメリー大佐には司令官を、クインス隊員にはローズマリー嬢を刺していただきます。

 心臓を、一突き」


(えっ?今、なんて言った?)


「2人の体から出て来たミハエルとイザベラの事は自衛軍の騎士達にお任せいただきます。

 ジェラルドはこのサイモンが責任を持って対応します」


(何を!何を言ってるの?)


 エメリーは沸々と怒りが込み上げて来た。

 

「サイモン、何を言ってるの?

 マイケルとローズマリーを私とクインスに刺し殺せと言うの?冗談じゃない!そんな事できるわけないでしょう?

 付き合いきれない。私は帰る!」


 サイモンは怒った顔をしなかった。

 戸惑ったり、悲しそうなそぶりも見せなかった。

 くるりと背を向けたエメリーをサイモンは止めることもしなかった。


「いいですよ。帰ればいい」


 表情も変えずにサイモンはそう言った。


「出来ないなら、帰ればいい。

 でも、エメリー大佐。あなたに司令官を取り戻す方法がわかるのですか?どうすれば良いのか、知っているのですか?

 このままだと司令官もローズマリー嬢もあの2人に乗っ取られたまま、永遠に出て来れない。

 罪に問われて刑に処せられたら、肉体が無くなって2人もそのまま消えますよ。

 それでいいなら、どうぞお帰りください。

 私は止めません。

 でも、何があっても私は知りませんよ」


 その時、オロオロと狼狽えていたクインスがエメリーの顔を見た。


「わたしは、どうすれば良いのかわからない。わからないまま、時間ばかりが過ぎてしまった。

 でも、このまま何も出来ずにローズマリーを失ってしまうなら…わたしは何でもする。何だってやってやる。

 何をしてでも、わたしはローズマリーを自分で取り戻す。

 エメリーだってそうなんだろう?司令官に戻って欲しいんだよね。

 今回の出来事を全て把握して計画を立てたのはマイケル司令官とサイモン秘書官の2人だ。マイケル司令官は全ての事を了承しているはずだよ。

 司令官はサイモン秘書官を信頼している。そのサイモン秘書官がわたし達にそうしろと言うなら、それはマイケル司令官の言葉なんだよ。

 そうですよね。サイモン秘書官。

 だから、エメリー。まずは話を聞こうよ。聞いて嫌ならやめればいい。出来ないなら、何か他の方法を皆で探すんだ。

 わたしはサイモン秘書官の話を聞きたい。

 エメリー、君も一緒にサイモン秘書官の話を聞こう」

 

 涙目のエメリーは唇を噛み締めて、クインスに頷いた。




 サイモンに詳しい話を聞いたエメリーは決心がつかず、しばらく考えさせて欲しいと魔剣を預かって帰って来ていた。


 魔剣を手にエメリーは泣いた。部屋にシールドを張り大声で泣き叫んだ。

 魔剣はその輝きを増し、部屋中に光が溢れた。




 そして翌日、エメリーはサイモンに一言だけ言った。


「やる」


 


 それからエメリーは何事もなかったかの様に仕事を始めた。


 侍女として2人の姫達のお世話をし、大佐としてノア副司令長官に従って自衛軍に行きノアの身辺に眼を光らせた。


 サイモンと会っても事務連絡以外の事は話さなかった。


 夜はマイケルの部屋で月の姫君に語りかけ、マイケルのベッドで眠った。


 泣く事は無くなった。心の中で、ただただマイケルのことだけを想っていた。

 


(私を愛していると言ってくれた。私だけだと言ってくれた。抱きしめてくれた。 キスしてくれた。


 マイケル、愛してる。愛してる。愛してる。あなただけを愛してる。

 お願い。私の所に戻って来て。その為なら、私は…)







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