25 嫌な予感
2週間ほどたったある日の事、エメリーはショーンから連絡をもらった。
エメリーのお兄さんのカフェで待っているというので、何事かと慌てて行くとショーンとディック、そしてシュメール領で騎士として仕事をしているはずのクインス シュメールまでいた。
クインスはスカーレット国の北の果て、辺境の地と呼ばれる領地を治めるシュメール伯爵の第5子。騎士の貴族枠ではなく実力で騎士学校に入って来た男だった。
常日頃から周りへの心優しい配慮を忘れない人柄は皆から好かれていたし、丁寧な言葉遣いはクインスのほんわかとした性格を現していた。
クインスには心に決めた女性がいた。騎士学校にいる間、その相手の名前などは誰にも話していなかったが、卒業したら結婚しようと2人で決めているのです、と恥ずかしそうに話していたのをエメリーも知っている。
クインスは騎士学校を卒業後、自衛軍本部にしばらく所属して実力をつけ、領地にある自衛軍支部へと異動していったばかりだった。
クインスは青ざめた顔で、不安げにエメリーに挨拶をした。
「やぁ、エメリー。久しぶりですね。わたしのためにわざわざ来てもらって申しわけありません」
「休暇で来た、と言うわけではなさそうね。何があったの?」
「実は…。皆さんの力をお借りしたくて…。図々しいのはよく分かっています。
でも、わたし1人ではどうしたらいいのか、よく分からなくて…」
エメリーは、これはただ事ではない、と分かり、兄のカールとデュークが新しく2階に作った個室に案内してもらい、外に声が漏れない様に、シールドを張った。
クインスは、忙しいのに済みません、申し訳ありませんを何度も繰り返した。そして、ぽつりぽつりと何が起きたのかを話し始めた。
「私は領地の自衛軍支部に移動になった日に、恋人に会いに行ったんです」
そうしたら、相手の女性は短い間に別人のようになっていたのだ、という。
「本当に優しい女性なのです。なのに、同じ顔なのに顔つきが違うのです。話し方も変わりました。態度もおかしいのです。
彼女は久しぶりに会ったわたしを見て、本当に驚いた顔をして、『誰だ、お前は?私に近寄るな』って言いました。
私が彼女に一歩近づくとその女性は私を睨みつけて言ったんです。
『消えろ。消え失せろ。煩わしい!』
私に…彼女が、そんな事を言うはずがないのに」
その彼女の斜め後ろには、なぜかモノクルを付けた男がいて、彼女にお辞儀をして言った。
「イザベラ様の御心のままに…」
モノクル男は何の躊躇いもなくクインスに雷を落とした。クインスはかろうじてそれを避けて彼女の前から逃げ帰った。
「そりゃ、お前の恋人とは別人なんじゃないか?」
ディックが口を挟むとクインスは首を振った。
「彼女には黒子があるんだ。うなじに…。」
「そんなのぐらい誰でも…」
「違うんだ。違うんだよ。
星型なんだ。本当は星型の刺青なんだ。
だから、見間違える事はない。」
(えっ!それって…)
星型の刺青は国家叛逆罪で刑を受けた一族の印。国王自らがその一族につけるもの。
そして、国王以外、誰にも消せない。
モノクル男の雷をかろうじてかわしたクインスは、屋敷に戻ると父の所に彼女の話を聞きに行った。
2人の恋愛を知らない父は、なんの疑問も持たず答えた。
「彼女は家にいるだろう」
クインスはもう一度その女性に会いに行ったが、彼女はいなかった。それっきり、誰にも行方がわからない。
クインスはその女性を愛していると言う。その人もクインスを愛していると言ってくれた。
「だから、彼女がわたしに黙っていなくなるなんて、ありえません。きっと、モノクル男に何かをされて、悪事に利用されているのです。連れ戻して元の優しい彼女に戻してあげたい。
わたしは彼女を助けてあげたいのです」
でも、なんの手立ても見つけられない。困り果て、仲間を頼ろうと決めたのだと言うと、エメリー達に頭を下げた。
「お願いです。どうか、わたしを、わたし達を助けてください。彼女を見つけるのを手伝って欲しいのです」
椅子から立ち上がり、深々と頭を下げるクインスにエメリーは聞いた。
「聞いてもいい?
その人の名前は?」
「ローズマリー。
…ローズマリー スカーレット」
「えっ?スカーレット?
スカーレットは王族だけが持つ名前だよ?
そんな方が、なんで星型の刺青をされてシュメール領にいらっしゃるの?」
「殆ど知られていない事なんだけれど…」
セオドラ国王がまだ王太子だった頃、王弟だったロイが国王と王太子の暗殺計画を企てた。息子のレイモンドを国王にするために。
計画は失敗して、一族はシュメール領にある古城に幽閉された。
ロイとレイモンドの額には大きな星型の刺青が入れられて、ロイは幽閉されていたシュメール城の牢で憤怒の末亡くなった。
「レイモンドは亡くなった、ということしかわたしは知りません。
レイモンドの娘、ローズマリーは姓を変えて学校に行く事だけは許され、わたしと出会いました。学校ではスカーレットの名は名乗れず、シュメールを名乗っていたので誰も本当の事は知りません。
ローズマリーの刺青はセオドラ国王陛下の配慮で小さなホクロの様に見えたました。ローズマリーはいつも一族の罪を恥じていて、刺青を隠す様に黒い髪を下ろし、首の周りにはスカーフやリボンを巻いて見えない様にしていたんです。
なのに、イザベラと呼ばれたローズマリーは髪を結い上げ、堂々と刺青を見せていた…。
おかしいでしょう?」
祖父も父も母も亡くなったローズマリーは一人きりになり、学校に行く以外は幽閉されていたが、18才になった今年、罪を許されて幽閉を解かれている。星型の刺青も、まもなく国王に謁見して消してもらえることになっていたのだとクインスは言う。
「なのに…。
やっと、自由に動ける様になったのに…。
それなのに…。
どうしてこんな事に…。
いつまでも一緒にいようって約束したのに…」
目に涙を浮かべるクインスにエメリーは言った。
「クインス、泣いたら今までの幸せも涙と一緒に流れ落ちて行ってしまうよ。泣くのはローズマリーさんをクインスの腕に取り戻した時にしようね。
どうすればいいのか、みんなで少し考えよう。今すぐローズマリーさんの命がどうなるっていうことはないはずだから」
「そうだよ、クインス。俺たちが都での情報を集める。ローズマリーさんの特徴は?」
「彼女はシュメールで幽閉されていたので、余り太陽に当たった事がありません。直射日光には弱いんです。だから、肌の色は透き通る様に白い、真っ白です。彼女の母親から受け継いだ髪の色は漆黒。瞳は焦茶色。」
そして、そして…
「ローズマリーの胸には…赤色で 'クインス' とわたしの名前が刻まれています。わたしの胸には、黒色で 'ローズマリー' と。
騎士学校に入る前にこっそり会って…2人で初めて一緒に夜を過ごして結婚の約束をしたんです。その時、わたしが魔力を使って胸に刻みました。これで離れていても、いつでも一緒にいられるね、って言って。
そして、それはわたしでなければ消せません」
クインスは涙を堪えてエメリー達にもう一度頭を下げた。
「どうか、どうか、力を貸してください。他の誰にも頼めない…」
エメリーの頭の中には、森の中のホテルでちらっと見た黒髪の美しい女性とモノクル男が浮かんでいた。
(あの2人は何を企んでいるのだろう?
何のために?)
連絡を取り合いまた集まろうと約束をして、クインスはシュメール領へと戻って行った。




