15 2人の闘い
サイモン秘書官は自分の上司であるマイケル自衛軍司令官のスケジュール表を睨みながら、チラチラとマイケル司令官を盗み見していた。
(あれから2ヶ月ですよ、司令官!
司令官がエメリー嬢にキスしたって
皆知ってんのに!
…どうするんですか!
このまま放っておいたらどうなるか、
…わたしは知りませんよ!)
そんなサイモンの心の声も知らず、当のマイケルは今日も忙しく動き回っている。
隊員たちは皆、優秀ではある。多くは魔力を持つ騎士で、いざとなった時の力は強い。しかし、スカーレット国はとても平和で争い事はほとんどない。
そのせいか、隊員は自分たちの存在価値を見失うことも多く、ともすれば楽な方にと流れていってしまう。
「サイモン、演習場に行くぞ。ついてこい!」
カッカッカッと長靴の音を響かせ、演習表を片手にマイケルは歩き出す。
「隊員に喝を入れねばならん!」
演習場では隊員達が訓練に励んでいた。しかし…どうにも覇気が感じられない。副司令官や大佐達を集めて会議をし、対策を練ってはいるのだが効果は薄い。
どうすればいいのだろうか、と考え込むマイケル司令官を見ていたサイモンが閃いた。
「司令官!親衛隊の騎士達にここに来てもらい、自衛軍の騎士達と試合をする、というのはどうでしょうか?
お互いの実力を見て、刺激し合えるのではないでしょうか?」
「それは妙案かもしれんな。アレックス隊長に相談してみよう」
マイケルはアレックス隊長にすぐさま連絡を取り、1週間後、自衛軍の演習場で親善試合をすることになった。
その日、アレックス隊長はエメリーを連れてやってきた。
「皆の士気を高めたいのだろう?だったらエメリー1人で充分だ。
エメリーもそろそろ自分の実力がどれくらいかを知りたいだろうから、良い場を提供してくれてありがたいと思っている」
アレックス隊長はそう言った。
エメリーは以前と変わらない細身の体で、黄紅色の髪の毛を一つの長い三つ編みにしていた。どう見ても可憐な女の子、としか見えない。
ただの女の子ではない証は、アレックス隊長の斜め後ろに立ち、手を後ろに組んで親衛隊隊員の印である赤いマントを纏っている事だった。
マイケルがエメリーの前に立ち、今日はよろしく頼むと言うと、エメリーは敬礼をして、よろしくお願いしますと答えた。
その蜂蜜色の瞳がキラキラと輝いていて、マイケルは心拍数が上がってしまった。
300人の自衛軍本部に所属する騎士全員が演習場に集まり、親善試合は始まった。
初めはエメリーの姿を見て隊員に微かなどよめきが起きていたが、やがてそれは訝しむ声に代わっていった。
「試合の相手はどこにいるのですか?」
アレックス親衛隊隊長がこう答えた。
「諸君の相手はエメリーだ。まだ新人だから、胸を貸して鍛えてやってほしい」
エメリーも敬礼をして、よろしくお願いしますと声をあげた。そして、ふと何かに気づいたエメリーはマイケル司令官にこう願った。
「マイケル司令官。私は自分の力がまだよく分かりません。ですので、最初の相手は自分で選ばせていただけませんか?」
うむ、いいだろう、とマイケルが頷くとエメリーは一歩前に進んで微かに微笑んだ。
「ディック、ショーン、ひさしぶりです。わたしに胸を貸してください」
エメリーは辺りを見まわした。
「ティムはいますか?
マイケル司令官、ティムは治癒魔力を持っているので、私が怪我をした時に見てもらいたいのです。なので、闘いのメンバーから外して頂いてもよろしいですか?」
アレックス隊長がティムを前に呼び出して、どの程度の治癒魔力かと尋ねた。
「軽い外傷は治せます。骨折などは時間がかかります。内臓にまで及ぶ傷はまだ治せません」
「よし、わかった。ここで待機してほしい。頼んだぞ」
その言葉に誰もが怪我をしているエメリーの姿を想像して、胸を痛めた。
ディックとショーンが前に進んで来た。どちらと先に勝負したいかと聞くディックに、アレックス隊長がにやりと笑った。
「2人一緒にかかってみろ。エメリー、それでいいか?」
「はい。隊長がそう仰るなら、私はかまいません」
エメリーの眼は、もうディックとショーンを捉えていた。
「言っておくが、エメリーは騎士学校にいた頃のエメリーではないぞ。
では、マイケル司令官、始めていただきたい」
頷いたマイケルが、始め!と号令をかけた。
その瞬間、ディックとショーンの体が吹っ飛んだ。
えっ?という顔をする隊員達の前に、ゆっくりと2人の体が浮かんで戻ってきた。
「ティム、お願い。怪我を治してあげて」
演習場はしばらくシーンと静まり返っていた。
「エメリーと戦いたい者は名乗りをあげてみよ」
マイケルの言葉に、次々と騎士達が手を挙げ前に出る。しかし、皆、瞬時に転がり、吹っ飛び、気を失った。
アレックス隊長がマイケル司令官に言った。
「ん…これでは試合にならんなぁ…。
5、6人いや10人まとめてかかってみろ」
その声に隊員達は、怒りを爆発させた。何十人もの隊員が魔力を発動させてエメリーを一気に襲った。だが、エメリーは片手を挙げただけで、全員が演習場の片隅に飛んでいた。
ティムが忙しく走り回り怪我を治しているが、ティムの力では限界だった。怪我人多さに追いつかず、あちこちで呻き声が上がっていた。秘書官のサイモンもティムの指示を仰いで、かけずり回っている。
怪我が回復した隊員がエメリーを睨んでいるが、エメリーは最初に立った場所にそのままいるだけだった。
そして、試合が始まって30分も経たない内に、自衛軍は全員地面に転がっていた。
それを見たアレックス隊長はニヤリと笑い、マイケル司令官を指差した。
「最後の1人がいるけど?
どうする?エメリーに降参か?」
マイケルはエメリーをじっと見つめた。
「……いいえ。
我々は自衛軍です。自衛軍は、このスカーレット国に住む人々の幸せを守るのが使命です」
マイケルの声が一段と大きくなった。
「その使命を遂行するために
いついかなる時でも
たとえ…自分が最後の1人になっていても
相手がどんな敵でも
たとえ…その敵が…惚れた女であったとしても
私は…いえ、自衛軍はその敵と闘います。
そして、負けません。負けるわけにはいきません。
今日の戦いが親善試合でも、自衛軍は絶対に降参などしません。
自衛軍はこのスカーレット国を守る為にあるのですから」
エメリーがそれに応えて言った。
「私は国王陛下の親衛隊員です。命に代えて国王陛下をお守りするのが私の仕事です。
私も敵がマイケル司令官でも躊躇せず攻撃します。手加減はしません」
「よかろう。私もそのつもりだ」
そういった瞬間、2人の姿は目まぐるしく飛び交った。雷鳴が轟き、稲妻が走り、風が舞い上がり…
やがて、エメリーの三つ編みが解けた。赤いマントと黄紅色の髪がエメリーの体の周りにたなびいて、その姿はまるで炎に包まれたようだった。
自衛軍の隊員は、いつの間にか全員が立ち上がって2人を見ていた。
小1時間が経った頃、2人が地面に降り立って再び対峙した。
「エメリー、なかなかやるじゃないか…。
でも、これまでだ」
そう言ってマイケルが走り始めたとき、アレックス隊長が叫んだ。
「エメリー、仕留めろ!」
はい!とエメリーが答えて、2人の姿が消えた。
しばらくして、マイケルが地面に降り立った。そして、真っ直ぐ前に走り出して、エメリー!と叫んだ。
マイケル司令官の走り出した先にエメリーが落ちて来て、マイケルがその体を抱き止めた。
「エメリー、エメリー!しっかりしろ!
エメリー!目を開けろ!
おい、ティムはどこだ。
エメリー!」
エメリーは、うっすらと目を開けた。そして、マイケルの頬に震える手を伸ばし、小さな声で、マイケル…と言った。
「会いたかったの。
…やっと…会えた…嬉しいのに…
負けちゃって…くや…しい…」
エメリーは意識を失った。マイケルはその体を抱きしめてエメリー、エメリーと名を呼び続けていた。
しばらくしてアレックス隊長がマイケルの肩をポンポンとして言った。
「もういいだろう?
エメリーは親衛隊の医務官に診てもらう。
大丈夫だ。エメリーは、そんなにヤワじゃない」
そして、マイケルにだけ聞こえるように囁いた。
「エメリーに会いに来い。
エメリーが目覚めるまで、そばにいてやれ」
アレックス隊長はエメリーを抱きかかえ、それでは失礼する、と消えていった。
隊員達は敬礼をしてエメリーに敬意を表した。
長い時間、静寂だけが自衛軍を包んでいた。
マイケル司令官は呼吸を整え隊員を見渡した。
「申し訳ない。見苦しいところを見せてしまった。
司令官ともあろうものが、恥ずかしい。
今日の親善試合は終了だ。
明日からまた、職務に励んでもらいたい。
解散!
サイモン、行くぞ!」
マイケル司令官はサイモンを連れて、サッとどこかに飛んで行った。
マイケルの消えた後には小さな風が巻き起こった。自衛軍の隊員は皆、茫然とその風を見ていた。
それから、自衛軍は変わった。
司令官の言葉が心に響いた隊員たちは皆、自分達の使命を心に刻み仕事に励むようになった。
ディックとショーンはよほど悔しかったのだろう。2人で鍛錬に精を出し始めた。すると、他の隊員も一緒に鍛錬するようになり、自衛軍全体の士気が上がっていった。
ティムは司令官に願って、治癒魔力を強める為に医務官の元に行く事になった。
そして…丸一日意識がなかったエメリーは、3日の入院と1週間の静養で体調を戻した。
病院でマイケルはエメリーのそばにずっといて、手を握っていた。
エメリーが目覚めた時、マイケルは頬を優しく撫でてそっとキスした。そして、エメリーの眼から溢れてきた涙を拭った。
しかし、その事は誰も知らない。
あの男以外は…。
その男、サイモン秘書官は今日もチラチラとマイケル司令官を盗み見する。
(司令官!
スケジュールをめちゃめちゃ頑張って調整したのは、この、私ですからね!
そのおかげで司令官はずっと入院中のエメリー嬢のそばにいられたのです!
わたしに感謝してくださいよ。
そうじゃないと…
これから2人に何が起きても
…わたしは知りませんよ!)




