M-372 国税調査ってことかな
ウエリントン王国の第2離宮前の広場に、2機の戦姫が降り立つ。
降り立つというよりも現れたというのが正しい表現だろう。アリスとアテナはともに座標が明確であるなら、亜空間移動を瞬時に行えるからね。
第2離宮に顔を向けると、ヒルダ様がエントランスの扉前まで出て出迎えてくれている。
お后様だからなぁ。そこまでしなくても良さそうに思えるんだけどねぇ。
足早にエントランスの階段を上り、先ずはヒルダ様に頭を下げて出迎えてくれたお礼を告げた。
俺達に笑みを浮かべて頷くと、直ぐにリビングへと案内してくれた。
豪華なソファーに腰を下ろしたところで、ヒルダ様達に余分な心配をさせてしまったことを詫びたのだが、ヒルダ様は小さく、首を振って溜息を吐いている。
隣に座っている恰幅の良い老人に見覚えがあるんだが……。さて、誰なんだろう?
「リオ殿から連絡を受けて、陛下に耳打ちしたのですが……。目を丸くしておりましたわ。民政には力を入れているという自覚を持っていたのでしょうね。王国の民の総数とその内訳は、内務を司る大臣でさえ知らなかったようです」
ヒルダ様の隣に座っていた老人がその言葉に顔を俯けている。
内務大臣だったのか!
だけど実質の内務はお后様達が行っているから、実質名誉職になるのかな?
とはいっても、少しは実務を行っているのだろうけどね。
「聡明な陛下の事ですから、直ぐに調査を開始したと思うのですが……」
「神殿の代表者と貴族筆頭を呼び寄せて話を聞いたようです。ですが、どちらの答えも推定値でした。貴族でさえ所領の住民の数を正確には知らないというのですから驚きです。王国直轄領の代官達も似た答えでしたね。神官も届け出を受理しているだけとのことですから、やはり正確な数字は誰も知らないということになるのでしょう」
ヒルダ様の言葉に、俺とアオイが顔を見合わせる。同時に溜息を漏らすのはお互い呆れているんだろうな。
「概数で政治を行っていても、特に問題は無かったという事なのでしょう。それだけ善政が続いていることを喜ばしく思えます。とはいえ、国民と食料、さらには生活の状況を調査することで、より詳細な将来計画を立てることも可能かと考える次第。西の国境近くで大規模な開拓を行っていますが、そこでの生産物はなるべく民衆の求めるべきものを作りたいと考えております。またアオイが農学を広めるとなれば、現在の食料生産量が今後増えることは確実でしょう。過剰な生産は農家の収益を減らす可能性もあります」
この世界の住民は、生まれてから亡くなるまでどのように暮らしているのだろうか?
騎士団という組織の中では、クロネルさんが団員の面倒をみてくれている。団を去った後でも功労金として、ある程度の補償金を支払っているようだから貧民街で暮らすようなことにはならないだろう。
組織的には問題が無さそうだから、同じような形で王国民の状況を確認すれば計画性を持たせることが出来るんじゃないかな。
あまり厳しく管理すると、その抜け穴を探す輩も出てくるだろうからね。
「リオ殿達が必要とするのは、住民の数だけなのでしょうか?」
ヒルダ様の言葉に、またしても俺達が顔を見合わせる。
それだけでは不十分だ。世代的な数や性別も必要だろうし、どのような職業についているのかも知りたいところではある。出来れば収入やどのような衣食住環境でいることも知りたいところではあるんだよなぁ……。
「王国民の数とその状況は詳しく分かるほどに、今後の計画を立て易くなります。現在それがおざなりになっているということは、俺から見れば今を生きているということですね」
アオイの言葉は少し言い過ぎに思える。現状に満足しているなら、特に何もしなくても良いということなんだろうけどね。
そうならないようにしたいという意味を込めて、アオイに視線を向ける。
本人も気が付いているみたいだな。あえて言葉を悪くして告げたみたいだ。
「直轄領を管理している代官達から毎年の経営状況を聞いてはいるのですが、運営に問題はないとの報告が続いているのです。たまに豊作を伝えることはあっても凶作が報告されたことはありません」
基準がいい加減なんだろうな。豊作を報告する時には、目に見える形で通年とは異なる量が収穫出来たということになるのだろう。
「リオ。ひょっとして国政調査をしようなんて考えているのか?」
「それが一番だろうな。出来るだけ詳しい調査を行いたいところだけど、行き過ぎると反感を持たれそうだ」
王国内に住む全ての住民に対して行いたいけど、さすがに海賊は無理だろう。海賊ギルドがあるらしいからギルドに任せられるかな? 傭兵団は何とかなりそうに思えるな。
「下手に調査を行わせたなら、自分達の都合の良いように報告して来るぞ」
「陛下が必要と認めてくれたなら、軍を使うことで公平性を保てると思うのですが」
アオイの呟きに、大臣が汗を拭きながら答えてくれた。
それも1つの方法だろう。王国軍の行動に表立って文句を付けることは無さそうだし、邪魔をしようものなら破滅の道をたどるだけだ。
「さすがに毎年行うのは大変でしょう。数年ごとに同じ調査を行って、変化を確認して行けば王国の状況を理解できるはずです」
ここまでは、ヒルダ様も賛成のようだ。
次は調査項目ということになるんだが……。
夕食は国王陛下と一緒に取ることになった。
気さくな王様ではあるんだが、今回の問題についてかなり自分を恥じているようにも思える。
部下任せであったことが悔やまれると言っていたぐらいだし、必要な調査は王国軍が行うと宣言してくれた。
「さすがに代官や貴族に任せては、いい加減な報告が届きかねない。住民の規模で王国に上納する税が決まるのだからなぁ。今までの不正を正したいところだが、我等にも責任はある。今回までの件は見過ごすことで彼等の罪は暴かぬことにするぞ」
「過去は過去ということですね。心機一転という言葉もあるぐらいですからら十分に思えますが、貴族達に陛下の配慮が伝わるでしょうか……」
「伝わらねば、その時じゃな。2度は見逃すわけにもいくまい」
強行策を取るということかな? 廃位もあり得るだろうから、俺も気を付けておこう。
「リオ達とヒルダ達で上手く調整してくれ。調査はワシの発案として軍を動かして行うぞ。同盟国の王族に内々で今回の話をしたら、2か国とも驚いていたな。我が王国で上手く結果が出るようであれば、かの国々でも行うに違いない」
国力が明確になるのは国王たちにとっても喜ばしいことになるのだろう。
陛下からフリーハンドを受け取ったから、明日はアオイと一緒に調査項目と調査方法について考えてみよう。
概論を取りまとめて、ヒルダ様とフェダーン様に確認してもらい。詳細化はアリス達に手伝って貰おう。
迎賓館で一泊して、翌朝1階のリビングに顔を出した。
ソファーで優雅にアオイがコーヒーを飲みながら一服していた。
俺と違って早起きなんだよなぁ。
「おはよう。よく眠れたかい?」
「いつもぐっすりさ。睡眠導入コードを起動するからね。熟睡していても危機管理はアテナが行ってくれるからね」
それは俺も欲しくなるな。アオイに確認してみたら、アテナ経由でアリスに送ると言ってくれた。これで何時でも安眠出来る。
「国政調査の項目と方法は、朝食後で良いだろう? この部屋を使おう」
「そうだな。だけど、あれって既に形があるんじゃないか? 俺達の基地があった惑星でも、標準化された国勢調査が行われていたぞ。期限内に提出しないと利用できる施設に制限があるからなぁ。俺の居た惑星では100%近い回収率だと聞いたことがあるぞ」
そう言えば、俺も何度も国勢調査の確認リストの記入を行ったな。あれって期限までに出さないと罰則が付いていたんだ。いつも直ぐに回答していたから、そんな罰則があるとは気付かなかった。
「確かに使えそうだ。それなら簡単に終わるだろう。アリス! 俺達が最後に暮らしていた惑星の国政調査リストがあれば出して欲しいんだけど……」
直ぐに俺達の横に仮想スクリーンが現れて、調査項目が表示される。
ほとんどが該当する部分にチェックを入れる形だな。記載する部分は名前と住所だけのようだ。
「名前に性別と年齢は基本だな。何処に住んでいて、どんな職についているか……。さすがに収入額はどうかと思うが、これは年収を5段階に分けているのか。正直に答えてくれれば良いんだが」
「国税調査と税は別物だ。一応払った税も確認できるようにしておきたいところだけどなぁ。国税調査は王家が厳重に保管しないといけないだろうな。これを欲しがる輩が大勢出そうだ」
「国王直属の独立機関という事か? それも面白そうだな。本来なら領主や代官が知らなければならないんだけどなぁ」
「案外並行して調査するんじゃないかな。どんな調査をするのかまでは分からないけど、比較調査をしたいところだね」
アオイも人が悪いなぁ。かなり乖離した結果になると思うぞ。2つの数字を見た国王陛下はその時どういう判断をするのだろう?
待てよ……。ヒルダ様から聞いた話では『2度目は無いぞ!』と貴族達に告げていたらしい。俺達が企画する調査と、貴族達が領民に対して行う調査結果を比較するのは既に決定事項なのかもしれないな。
「また貴族の幾つかがなくなるんだろうな。政争に明け暮れて本来の役目を殆どしていないようだからね。何度も引き締めを行っているようだけど、再び始めるんだから困った話だとぼやいていたよ」
「俺達もその対象にならないようにしないといけないね。出来れば貴族は止めたいところだけど、そうなると嫁さん達の立場を考えるとなぁ……」
アオイも貴族は性に合わないらしい。まぁ、俺と同じ貧乏性でお人好し、それでいて正義感が強いときている。貴族には向かない人間というのは俺達に違いない。
「その嫁さんの為にも、この計画はしっかりしたいところなんだけどねぇ。良かれと思ってやったことが逆に人を困らせるような事になっては大変だ」
「その時は農業を園芸に変えるよ。風の海を花畑に変えてみたいね。もっとも、ただの花畑ではないぞ。蓮華を一面に栽培するんだ。そうすれば土壌の改良に繋がるからね」
蓮華を土にすき込んで肥料にするなんて考えていそうだな。蓮華の群落を風の海に沢山作るなら、将来的には良い畑になるかもしれないけど、それには水が是非とも必要になる。乾燥に強い蓮華を作ることは出来たとしても限度があるだろうからなぁ。
規模の大きな用水路。それこそ運河のような水路を川から敷かねばならないだろうな。




